第4話 嫌いな目線
私はカラカラに乾いた笑いすぎの喉を潤すため、この4階建てのカラオケ店のドリンクバーが設置されている2階のコーナーに降りてきた。
ヨッコちゃん命名「レインボードリンク」をいそいそと作成する。
コーラにジンジャーエール、そこにオレンジジュースをたして最後にソフトクリーム。
これをぐちゃぐちゃにかきまわして、その溢れる泡をまず楽しむというしろもの。
このメンバーときて、まともな飲み物を素直に持っていけば、それはそれは良い笑顔でいじられる。
どっちを選択するかっていったら、だんぜん何とか飲める飲み物を作る!だよね。
私がこのレインボードリンク作成の微妙な量の加減を頑張っている時、どこからか強い視線を感じた。
何気にその視線の先をたどればコットンの半袖の白いセーターと綿パン姿の40すぎぐらいの全体的にでかい、という印象の男の人がカウンターにもたれて立っていた。
クスクス笑いながら目で問うてくる視線の先の私のグラスからはソフトクリームをいれた為に出た白い泡が零れる勢いだった。
「すごいね。」
そう笑う男の人に、愛想笑いを返して私は一言もしゃべらず、軽く会釈してその場を離れた。
私は皆の元に戻る為、背を向けて歩き出したが、私はまたその強い視線が私を追いかけてきているのがわかった。
自意識過剰などではなく、私は人の視線には敏感だから。
その人が意識するにしろ、しないにしろ、私は幼い頃からひどく他人の視線に敏感だった。
私はその視線が自分にとって良いか悪いかすぐにわかる。
人に言ってもどう説明すればいいのかわからないし、その説明をするには、幼いあの頃の話しをしなければならない。
ひどく面倒で厄介な話を。
そんな私が今私に向けられるこの男の視線は悪い、と判断した。
周りから見れば、どこにも不自然さも、まして初対面の話しと言う話しもしないうちからと思うかも知れないが、私の信じる「カン」が告げる。
「危険・危険、近寄るな。」と。
私は務めて自然に歩きながらエレベータ前まできた。
エレベーターがついたので、急いで乗り込もうとしたら、気配もなくもう一人続いて入ってきた。
あのサマーセーターの男だ。
今も熱唱中の皆がこの男を見れば十中八九、うっとりとして、「できる自信にあふれた大人の男」とため息をつくだろう。
けれど私のむき出しの手や足は一瞬で鳥肌がたった。
・・・・・・・危険な猛獣に会ったらどうしたらいい?・・・・・・
幼い頃に良く聞いた優しく響くあの声がよみがえる。
私はあの時なんて答えただろう?
過去が一瞬で蘇り、私の鼻先には、あの埃や砂煙の匂い、香水やいろいろな匂いがどっと押し寄せてきた。
めまいにも似たそれらを、すぐに現在の自分である意志が怒りでもって押えつける。
そして現実に戻った私の目の前には、全てを排したような色のない眼差しで私を見つめる男がすぐ触れられる距離にいた。
私が驚いてみじろぐと、目の前の男は私のいつのまにか傾いていたグラスを持つ手から、そのグラスを当たり前のように自然に取り上げていた。
声も出ず男を見る私に男が何かいいかけた時、四階についた。
私は開くエレベーターから勢いよく駆け出して後ろも振り返らず皆のいる部屋に戻った。
危険、やっぱりだ。
何が何だかわからないが、あの男はダメだ。
何が目的だろう?
よくあるカラオケ店でのナンパなんかじゃない。
あの目は、そんな簡単なもんじゃない目をしていた。
私があわててドアを大きくあけて入ってきたので、皆はどうした?って風に見てきた。
私は大きく一つ息をすると、
「レインボードリンク失敗したぁ~。」
と二ヘラっと笑った。
べとべとする手をおしぼりでふいて、あの男の事を口では笑いながら、頭の中では、しばし考えていた。
けれど、私はあまり一つの事に執着する事はしない悪い癖があるので、一人ではドリンクバーにいかなきゃいい、と最早二度と会う事もない男だと、「自分の嫌なリスト」から綺麗にさっさと消去した。
私は「嫌なもの」は作らない主義で、どうしても嫌なもの、それが人であるならば、悪いが自分の記憶や感情から消去してしまうという得意技がある。
もちろん、それでも消去できない「つわもの」も数人いるけど、おおむねその消去はうまくいっている。
私はまたまたノリノリでカラオケを楽しんだのは言うまでもない。
俺が監視の部屋に戻ると、側近の一人が俺の手を汚すグラスに視線を向ける。
俺はニヤッと笑い、なかなかいけるぞ、とグラスに口をつける。
監視カメラの映像には、初めはその目の奥にその年頃の子供が持つにはきつく冷たい温度を感じさせるものが、ある一瞬で綺麗に消え去ったのが見て取れた。
確かにこの子供だろうと、俺はそれを見て確信する。
長い間追い続けた子供達。
今までその子供の一人一人を探すために、どれほどの金を使ったか?億ではきかないだろう。
そして徐々に俺の執念に比例するように、ある程度の事実が一つ、また一つとわかってきた。
そしてその中で、「光」と呼ばれた子供の存在を知った。
俺はその「光」を探し続けた。
慟哭と共に。
ニューハンプシャー、プラハ、ベルリンなど子供を一人一人追跡した。
けれど、子供の中で最年少ながら「光」と呼ばれるあの子供らの中心だった子は未だ謎のままだった。
その情報がやっと入ったのが三か月前。
そして何人かの候補の子ら。
だが俺は今日会って確信した。
この子が「光」と呼ばれた子供だと。
俺の監視カメラに向ける表情がどんなものだったかは知らないが、この部屋にいる人間は息もするのもはばかられるようにひたすら慄いている。
「待ってろ、なぁ。嬢ちゃん、楽しいか?俺も会えて楽しいぜぇ。」