第34話 必要な死
誤字教えて頂いて素直にめんどくさがらずに初めて直しました!
クロと手をつなぎながら歩く。
あの残りの刑事さん達を葬るために。
私は知っている。
「逃げて」なんて、クロの前じゃ意味がない事を。
幼い頃、何度も試した、何とか逃げてくれるように。
たとえばクロの関心をずっと私に縛り付けておこうとしたり、正直にそのままクロにわからないように「逃げて」と口パクで言ってみたり、他にも幼い私にできる事はいろいろやってみた。
その結果は、余計な死を呼び込む事だと知っただけだった。
クロの関心を引くため、クロがひどく喜ぶわがままを急に言いだして一晩中クロを私に拘束し続けて、助けたと思った老夫婦がいた。
ニコニコと一晩の宿を借りて自分の家に帰っていく老夫婦に私は子供ながら「助けた!私が助けた!」そう思い、仲間のみんなもアイコンタクトで嬉しそうに「良かったね」と喜んでいた事があった。
それからしばらくして夜の農場の片隅でいつもの鬼ごっこのあと、そのまま野外で夕食になった。
たまに夜の遊びの後、クロが機嫌がいいとそのまま夜のピクニックをしてくれる時があった。
私達は久しぶりの月明かりの下のピクニックにちょっと気持ちが浮上して、いつもするアイコンタクトも繁雑にかわしあっていた。
その頃農場のはずれの小川にそった大きな木々には蛍が乱舞し鈴なりになっていた。
蛍というのだと教えてくれたのは私達の最年長だった男の子で呼び名はスターという子だった。
この時期特有の蛍の繁殖行動だと後で知った事だが、はじめてそれを見た私達はまるで天の啓示のように思い、それを見始めた3日ばかりは遊びの後にその光り輝く木々を神聖な気持ちで大事にそっと見上げ、つかまって以来はじめてじゃないかというくらいの安らかな眠りについていた。
それを見ていると目には見えない神様が「大丈夫ですよ」と言ってくれているように私達には思えたから。
ピクニックをはじめる前に私達はいつものようにそこに駆け出した。
まるで救いのようなその蛍の光に近づくときは、いなくならないでとそっと歩いて。
けれどその時、その木々で見たのは、綺麗に光る蛍と、同じようにその木々にぶらさがる幾つもの血まみれの首だった。
クロが硬直して見上げる私に、いつのまにかそばによってきて私の頭をなでながら言った。
「綺麗でしょ、嬉しい?」と。
大きな木と光る数千の蛍。
そうしてクリスマスツリーのように、オーナメントとしてぶら下がる首達。
首から滴る血が、地面ではまだ固まっていなかった。
それがどういう事か私は経験で知っていた。
首を切り離されてまだそれほど時間がたってないんだという事を。
私達が鬼ごっこを月の光で楽しんでいる時、クロもまた同じように楽しんでいたんだ。
誰かが、仲間の誰かがかん高い声を、久しぶりに声を出すのでかすれているけど、そういう声を出した。
その声に蛍の群れが静かにふわりふわりと瞬きながら飛びあがった。
蛍に覆われて見えなかった顔が、苦悶に歪んでいる顔がその時はじめて見えた。
おじいちゃんの顔、おじいちゃんの顔、おばあちゃんの顔、それにおじさんの顔、おばさんの顔、お兄さんの顔、お兄さんの顔、お姉さんの顔、子供の顔、子供の顔。
それに赤ちゃん、赤ちゃん。
ああ、あのおばあちゃんは、あの髪の毛の色を私は知っている。
紫に黒に青、どうしてそんないろいろの髪の色なのか不思議に思ったから。
あの時、わざとわがままを言って逃がしたと思った老年夫婦の奥さんの顔だった。
その夜私達が寝る時には、もはや蛍は、あの木は救いの象徴じゃなくなったのを思い知った。
だってあの蛍はあの首達に平気で隙間なく覆いかぶさり、それなのに綺麗に光っていたから。
誰かがやはり久しぶりに聞こえるか聞こえないかのかすれた声を出した。
「光はやっぱりライトだけだね」と。
皆は私をきづかって何も言わないけど、5才とはいえ私はちゃんとわかっていた。
あの木々の死体で作ったオーナメントはどこか皆似ていたことに。
クロは一度懐に入ったエモノは自分のものだと思っている事も知った。
あの老年夫婦を助けたと思っていたけれど、2人を助けたつもりで喜んでいたけど、もっともっと人がその家族たちが死んじゃったのはきっと私のせいなのだということも。
彼らの為に泣きたくても泣けなかった。
それは私が選んだせいでおきたことだから、それだけはわかった。
クロは茫然と木々を見る私を見てその体に抱き寄せながら嬉しそうにいった。
「好きでしょ」と。
確かに私は好きなんだ、生きている人が、だったけど。
私が逃がした人を「逃がすほど好き、ならこうして飾ってあげる」
クロの言わない言葉がすんなり入ってくる。
一つも悪気がないそれを思い、私は小さな手を握り締めておバカな自分にようく言い聞かせた。
「もう決してクロの邪魔はしちゃいけない」と。
あの犬の時まで私はそれを守ってきたし、今も守ろうと思う。
必要以上の死など「いらない」から、見たくないから。
回想にふける私は突然ひょいと体を持ち上げられた。
そして自分の目線に合わせて私を片手で持ち上げると、至近距離の目線に合わせクロが私に言った。
「抱っこだよ」と。
どうやら彼らを見つけたらしい。
あの頃も私を片手に抱いたまま、器用に人を殺していた。
私が先を見つめると1人の刑事が見回りをしているのが見える。
私の唇に自分のひとさし指をくっつけて静かに笑うクロ。
わかってる、声なんか出さないよ。
これから目の前ですぐそばで殺される人を見て、声を出すなんて人間らしいことをする権利なんて、5才ですでになくしてるもの。
クロの復活を思いお風呂のお湯の中で泣いたのは、この日本に戻ってこれて普通に穏やかに暮らせると、自分がまだ人間なんだと思い込んだ愚かな私のサヨナラの儀式だった。
私はいつまでも指を私の唇から放さない5センチも離れてないクロの顔を見た。
待ってる、何を?
私は苦しみながら一生懸命隠した記憶の片隅から思い出したそれをした。
ぺろりとクロの指を舐めるとクロは蕩けるような笑みをその唇と瞳に乗せ、私を片手で抱えているのを感じさせないスピードで走り出す。
その刑事の元に気配もなく近寄りいつの間にか取り出したあの見覚えのあるナイフで一瞬で相手の喉と何が起きたのかわからないまま体がのけぞる瞬間には、その体に心臓を一突きにして止めをさした。
私の耳には久しぶりのなじみのある恐ろしい音が聞こえた。
喉から噴き出る血とそこから聞こえる不思議な笛を鳴らすような音が。
それもまた一瞬でクロの落としたかかとにふまれ消えていたけど。
できれば必要最低限の死を、そう思う私もまたすでに人ではないんだろう。