第33話 保護
今日は午後から久々のフリー。
全部の話しを更新するぞ、という目標で。
更新です。
高橋さんの部下に連れられてやってきたのは、何と地方の別荘群の一角にある大きなコテージだった。
大人しく車に揺られてここまできて、これにはどう反応すればいいんだろう?
まだ彼ら警察の方々が私を保護すべき子供であるという認識ならば、ここは手を叩いて、「素敵!」とか「こんなとこにきてみたかったんですぅ。」とかのリアクションをした方がいいんだろうけど。
これが、この騒ぎがおこる前ならば、私は喜んでその可愛いリアクションを連発したと思う。
ところがいかんせん、連れてきてくれた同乗者3名+もう一台の車の方々は、苦虫をかみつぶしたなんて目じゃない、それはそれはこれが私じゃなければ、それだけで泣くよ!的な雰囲気と態度なのだ。
本当に大人げないったらありゃしない。
で、結局どうしたかというと、ぽけ~っとその大きなコテージを見上げる、それが私のとった反応だった。
それすらも許さないとばかりに容赦なく、私をさっさと建物の中に腕をとって連れ込む刑事A。
なんか迎えにきてくれた時に初めに名乗ってたけど全然覚えてない。
ねぇ、痛いんですけど!私の腕!そんな力いれて握るって何なの?
本当にこれ私が犯人みたいな扱いが続いている。
良く我慢してるよね、私。
そんな余裕がないんじゃ何事もうまくいかないよ、絶対に。
そう刑事Aに言いたいけど、ほら今ここで言うなんてそんな恐ろしい事とてもとても言えない、私空気読む人ですから。
同乗していた彼らに腕や背中をグイグイと押されながら、コテージの中に入る。
車から降りる時も、コテージに入る時も凄い警戒ぶりだ。
耳元のイヤホンみたいなのはマイクみたいで、彼らはぼそぼそと私にはわからないように会話をしている。
だ・か・ら・もう一度言います!私は犯人じゃないんですけど~!
コテージの入口のドアの所には先に準備をしていた人間がいるみたいで、簡単なやりとりの後その人が迎えに出ていた。
もう一台の車の人達は、コテージの周囲を見回りするらしく続いて入ってこない。
私は出迎えてくれた人にちゃんと挨拶をした。
「お世話になります」と。
初めはぺこりと頭だけを下げりゃいいかって思ってたんだけど、その人を見て挨拶する事にした。
その時になって私の腕を強引につかんでいた刑事Aがやっと私の腕を離してくれた。
本当に痛かったんだからねっ!絶対あざになってる。
私はにらんでやろうかと思ったけどこれもやめた。
めんどくさいし必要もなさそうだもの。
出迎えてくれた人は、全てあきらめたような、その癖ギラギラと何かを渇望する欲求とを交互にその目にあらわしていた。
それは、遠い遠い昔によく見た表情だった。
私はさりげなく、私の腕をつかんでいた刑事Aと背後にいる2人の刑事との間をほんの少しだけ不審に思われないくらいの距離をあけた。
コテージの内装を見る無邪気さで徐々にそれを広げていく。
手を伸ばせば彼らが触れられるか触れられないか、迎えに出た人にはより近くに移動していく。
そうしてはじめて私は目を天井に向けた。
そこには、高い吹き抜けの天井には蜘蛛のように片方の体をはりつけているクロがいた。
そして自由な半身にある手には手の平からはみ出している黒い物体。
空気が動く気配と共に私が次に見たのは、ゆっくりと血を流して倒れていく私と共にこのコテージにきた刑事たちだった。
拳銃の音はしなかった。
そうして彼らが倒れていくのを、玄関まで出迎えた刑事はあの空虚な目でみていた。
それと同時にいつのまにか4人ほどの男達がいずれも異国の男達が素早くどこかからあらわれ、あのイヤホンもどきのマイクに何かを素早くつけていった。
私が玄関に迎え入れられて、迎えの男を見た時確信したのは、ここにクロがいることだった。
その男の顔には、あのひどくギィギィなる風見鶏のあの場所で、初めのころにみた、クロにとらえられた人間が浮かべる特有の表情があったから。
最早クロが入り込んでいるこのコテージで、「逃げろ」は最早意味がない事を私は知っている。
だから私は何も言わず離れた。
けれども突然あらわれたこの異国の男達の存在は、さすがの私も驚いている。
いつからクロはチームとして動いていた?
わからない、元々クロはわからない人だったけど、誰か仲間を作るなんて思ってもみなかった。
彼ら4人は陽気にワイワイやりながら話している。
けれどやっている事は死んだ人間の処理。
他にも刑事はいるのに何でこの余裕があるの?
私の疑問を感じ取ったようにクロが天井から笑いかけてきた。
まさかここでどう反応しようか、この私が戸惑う事になるとは。
クロ以外仲間がいる事に驚きすぎだ。
そうして目の前にクロが体重を感じさせない動きで飛び降りてきた。
普通あの高さから飛び降りるなら自殺志願者じゃなきゃおかしい。
さすがクロやっぱり人外だ。
高所恐怖症の私は見ているだけで無理。
骨にも異常がないようで、そのまま着地の為低く沈んだ体は綺麗に立ち上がった。
この間ミスドから見たクロは遠かったから、これが本当の10年以上ぶりの再会になるのか。
私は極力感情を出さないように、目の前にいるクロを見つめた。
クロはあの時のままに見える。
これが大人と子供の違いなのか。
髪は長くなって、ひょろひょろとしていたはずの体は見事に鍛えられていた。
まったくあそこの国は何をしていたんだろう。
最恐なクロに最強を身につけさせて。
私の知るクロは、あのミスド前の道で行ったように武器はそのありえない力とナイフだけだったはず。
そのクロに他の武器の使い方を教え、体を鍛えさせ、とても危険な生き物を更に危険な生き物に変えたあげく、それなのにクロに逃げられる始末。
これこそ世界中で非難すべきだよね。
「僕のお姫様とても大きくなったね、やっと会えた」
クロは昔のように私を抱き締め、流暢な日本語を話しながらやがて涙を静かに流した。
私に言える事は反対に何もない。
「大きくなった、大きくなった」
そればかり言いながらそっと私をその体からはがし、私の顔を見つめてはまた抱きしめるを繰り返すクロ。
昔は抱きしめられてもクロの腰にまで届かなかった背も、今はその胸に届いている。
確かに私は大きくなった。
あの頃の私じゃない。
それがどうクロの中で落ち着くのか、これはこれでデッド・オア・アライブな気がする。
クロが私の手を握り、あの頃のように楽しそうにする。
それはあの頃時々あらわれたヒッチハイカーや一夜の宿を求めてきた旅行者を狩る時のクロの仕草だ。
私の手を握り締め、時折ブンブンと楽しそうに大きく手をふりながら嬉しそうに歩くクロについていくのは幼い私。
私は風見鶏の家で待つ私の仲間の為にその手を振りほどいてはいけないと知っていた。
あの部屋にいる、やっとシャワーやごはんにまともにありついた私と同じように閉じ込められていた仲間の為に、私はその手をちゃんと握った。
幼くてもそれが今から襲われる人を見殺しにする事だと難しい事はわからないなりに、自分たちが生きるため他の人が死ぬ事だとわかっていた。
あの部屋で待っているみんなは、広い農場での夜の鬼ごっこが突然終わりになることは、これから行われる事のためだとわかっていた。
子供が夜になっても遊んでいる農場に暗い夜道で迷いこんでくる人は、はじめ怪訝に思うものの、遊ぶ子供達とそれを優しく見守るクロに安心してよってくる。
まあ、夜に遊ぶ、そんな時もあるんだろうと。
その子供の顔をちゃんと見ればいい。
その目には顔には殆ど表情がないことに。
そうして私だけをその手につなぎ、本当の鬼ごっこがはじまる。
私というお荷物をかかえながら、それでもクロがそれをやり遂げなかったことはない。
絶望する人の目に最後に映し出されるのは、なぜかいつもこの私だった。
私に懇願や何やらの感情をこめた、もはや声も出ない血まみれの人達のあの最後に私に向ける眼差しを覚えている。
何で、何でとあの頃何度も思った。
今思えばクロに殺されていく人にとって、人として扱われずに死ぬ人たちにとって、子供の私の姿は自分がせめて人として死ぬために必要なものだったんだろう。
それが憎しみであれ懇願であれ、向ける先に人外と幼児がいて、ならば幼児に向かっただけの事だ。
けれどそれは私にはきつかった。
ギィギィと嫌な音を立てる風見鶏と真っ赤な血とそのねっとりとしたひどい匂い、死ぬ間際の人の最後に私に向ける眼差し、これが私のあそこでの思い出だ。
そうしてクロはあの頃のように楽しそうに笑って、私の手を握りしめながら玄関を出た。