第32話 怖いもの
私は大橋の大挙押しかけてきていたらしい弁護士の方々のおかげもあって、いまだ報道規制のあるという中、3日で大橋の本家に帰ってきた。
ただしこの家の周りは警戒中らしいけど。
ご近所まるっと殺しちゃうなんて、さすがというのか、ちょっと違うだろうそれ!と突っ込むところなのか悩むところだ。
こりゃあ、ばれたら世界中で騒がれるな、なにせ相手はクロだもの。
その狂信者達がおこしたクロが死んだとされた時の、事件の数々を思い起こす。
ありゃあ、ていのいいクロをだしにした只の犯罪の一つ一つだったけれども。
数は少ないけど、本当にクロへのオマージュでそれをおこした人もいるにはいただろうけど、ほとんどのは違った。
クロへ、と冠をつけただけで騒がれるものだから劇場化犯罪をおかすもの特有の「めだとう」精神でクロの名前を出してそれらを行った愚か者たち。
クロはこの国に私を追いかけてくる前に、あの愚かな人達で遊んでいれば良かったのにと本当に思うんだ。
彼らもそりゃあクロに遊んでもらえれば本望だろうから、自分は死ぬけど。
そうすりゃ今しばらくは私はのんびり平凡な10代を日本ですごせたはずだ。
まぁないものねだりしてもはじまらない。
私はゆっくりお風呂につかり、夕食は懐石料理を堪能させてもらった。
そこに高橋さんから電話が入った。
なんと海外のニュースに今回の騒動が出るという。
アメリカ、続いて韓国などじき始まるらしい。
日本でも急きょ会見がはじまるという、そりゃあ急がなきゃだ。
それで私の身柄は正式に警察の方がおさえるとのことだった。
迎えの車と刑事がともにこちらに到着するから待てという高橋さんに、私は適当に返事をかえした。
しばらくしてテレビの画面は、どのチャンネルも緊急会見に順次切り替わっていった。
他人事のようにリビングの大型テレビを見る私の背後できつい煙草の匂いがした。
振り向くと大橋がタバコを片手に立っていた。
「あなたとちゃんとお話しをしたいと思っていたけど、時間切れみたいね。」
私がそう言うと、大橋は窓の方に向かって歩きだしカーテンを開けて外を見る。
外をみながら私に聞いてきた。
「お前、怖くないのか?マスコミの餌食だし、いわゆる一般大衆のヒステリーはお前に向かうかもしれない。」
私はクスクス笑った。
「魔女狩り?」
そう言ってなおも笑う私をいぶかしげに見て次にひどく冷えた瞳でにらんでくる。
「警察が守ってくれるなんて思ってんのか?甘いもんだな!」
それに「警察?」
私はさぞやあんたバカ?みたいな声を出したのだろう、更に大橋の怒りに火をつけたみたいだ。
「あなたは、とてもまっすぐなちゃんと生きている人間なのね。それは素敵な事だわ。」
大橋が馬鹿にされたのだと思ったのかひどく更に険悪になる。
「馬鹿にしてるんじゃないわ。本当にそう思ってる」
「あなたは何が知りたいの?もし私が私達があなたの妹さんがあそこに捕らえられていた時期に一緒だったならって思ってる?」
「妹さんが同じ時期にいたのなら助けたか?それとも見捨てたか?」
「ああ、違うわね、何で私達だけが生きてるのかって?」
私は大橋を見つめて言った。
「そんな事知らないわ!それが答えよ」
「あなたはせっかくちゃんと人として生きているのに、自分でそれに罰を与えたいのね。別にそれをとやかくいう気もないけど・・・」
パトカーの音がする、高橋さんが言ってた迎えだ。
私は高橋さんからの電話を受けて急いでまとめた小さなボストンバック一つを手にして部屋を出る。
ドアを閉める前に、
「もしよ、もしパニックになった誰かや、家族の仇って事で殺されるなら、とても素敵な死に方だと思うわ。簡単には殺されようとは思わないけど人が心を込めて殺してくれるなんて、とても最高だと思わない?」
「私が見てきた死に方は、人としてなら最低だわ。あなたの妹もあそこで死んだならそうよ。だから妹に対して贖罪の気持ちでいっぱいいっぱいで、そこから動けないでいる事で少しでもと、どこかで思っているんなら足りないわよ、たぶん全然ね。あの死に対しては足りないと思う」
私はそのままバタンとドアを閉めて玄関に向かって歩きながら、自分で穴を掘ってそこに埋まり続けている人に更に重石をつけてやるという自分の優しさに、これで一宿一飯の恩てやつはしっかり返したなと思った。
玄関から外に出て何気に見上げた夜空には綺麗な月が出ていた。