第26話 困ったもんだ
この無駄に広い家に帰った途端、そこにはお客様として、ええ、周りの方々の、殺気だった視線など、歯牙にもかけず、警視庁の星、高橋さんが部下の方を引き連れて、私を待っておりました。
うっ、お願いです、高橋さん。
次回は、素直にあなたのご好意という名前のウザい提案の一つくらい受け入れますから!
応接間の壁にズラリと並ぶ方々など、本当に相手にもしていない、と、それをわざわざわからせるような態度はやめてくださ~い!
私の義理の叔父の、ここの実質当主様に、視線もくれず、あまつさえそのお方を無視して、私にニコニコ話しをふってくるのはやめてくださ~い!
私は心の中で、それらを叫びながら、私を見る高橋さんの、「知ってんよ。」という、きっちりとした確信犯ぶりに、綺麗に白旗をあげた。
そりゃあ、こんなとこ、もうじき出ていけるはず、いや、出ていくけどね、その「もうじき」の期間、少しでも心穏やかにすごしたい、と思うのよ。
そんな大それた望みじゃないよね。
今の所、いい感じで暮らしてるんだからさぁ、何なのよ。
けれどさすがに早いな~というべきか。
あの若い男の人が救急車で運ばれて、まだ1時間半くらいしかたっていない。
「クロ」に関して、どんな嗅覚してるんだろう。
久しぶりに見る、義理のオジサマも、なんか飛んで帰ってきたっぽいし。
この人の情報網もあなどれん。
ここを出る時は、ようく考えねば。
けれど、慌てて帰ってきても、ここに高橋さんがきた事でだいなしだけど。
私は全ての事柄に「私わかんな~い。」的にアピールしつつ、目の前におかれた、珈琲にゆっくり口をつけた。
何で、こういう時って、ドラマでもリアルでも誰も飲み物に口をつけないんだろう?
そういう決まりが、あるのかしら、定番なの?定番って大事よね、今度一度確かめなきゃ。
ゆったりと珈琲を飲みながら、そういえばミスドの景品取り換えてなかったな、と思い出す。
うん、現実逃避っていってくれてもいいよ。
高橋さんが、新しい家、学校の話しを白々しいノリで話しかけてくる。
私も間違ってるよね~、と思いつつ、それに白々しく答えていく。
そんな間に、とうとう我がオジサマの堪忍袋が切れたらしい。
ドカッと目の前のテーブルが思い切りけられた。
それに一斉に壁の方々が反応して動こうとするのを、すかさずオジサマが手で制する。
・・・・・バカね、なら最初からやらなきゃよかったのに。
こういう所が、この人が私達と違う所、まだ「明るい所」に生きているって、私たちに知らしめること。
高橋は、少し私達に近い。
ちゃんと壊れている自分を楽しんでいる、えらい迷惑だけれども、ええ迷惑ですけれど。
我が義理の叔父上が、壁の警護の人間達を部屋から出した。
同じように高橋が部下を、いつもの柔和さは何なんだっていうくらい、その冷たい視線と命令で同じように外に出す。
本格的に私へくるわけですね。
しばしお互い様子を探る。
なんでこの年寄り連中と、花の十代の乙女の私が、腹の探り合いをしなきゃいけないの?
おかしくない?おかしいよね!
そんな中、初めに腹黒陰険な警視庁の星、高橋さんが、ニコニコ笑いながらその口を開いた。
聞いた瞬間、あんたやっぱ黙っとけ!と思った私を誰も責められない。
だって、
「ねぇ、春ちゃん、彼、何して遊んでいるのか、教えてくれるとうれしいなぁ。」
「いやぁ、見たかったなあ、今回はマジもん。そこのお方をやった時は、ぜ~んぜん気合も何も入っていないのが丸わかりでさ。そこの人をかばって死んだ連中の傷も、そりゃあおざなりでさ。やる気がまったく見えなかったんだよねぇ。」
「その点、今回は完璧だよ、こう、お腹のスパッと切れた傷がね、無様に腸がはみでないように、いやぁ外科手術でもこうはいかないような見事さで殺していたよ。さすがだね。」
うん、うん満足そうに肯きながら、笑いながら私に話しかけるんだもの。
「ふざけんな!」と怒りの声をあげたのは、義理の叔父だった。
・・・・・どう見ても言ってること立場的にも、ま逆だよね。
片や裏の世界の人。
片や警視庁の星なのに。
まともに見えるのは裏の人、なんて・・・。
その怒鳴り声に、モノホンの職業の人のビビッてもおかしくないそれに、高橋さんは、ひょうひょうとしたまま、何?って顔を向けた。
「えっ、何なに?ああ、そうか!」
ポンとわざとらしく手を打って、高橋さんは、我が義理の叔父を見た。
その目は優しく細められ、唇も柔らかに弧を描き・・・あっ、やな予感、皆さん憧れの警視庁の星モード降臨!
「ああ、大橋社長の妹さん、亡くなられたんでしたね。あの骨の中のおひとりでしたね。当時何歳でしたか?」
その言葉に辛そうな表情をする叔父上様に、高橋はシレッと、頭に手をやって、
「いやぁ、さすがの私もまだ、ロリは未経験でしてね。そこまではまだまだで、さすが大橋社長です。半分だけ血がつながっていたんでしたよね。近親そう・・・」
そう言った瞬間、しゅっと空を切る拳を器用によけ、その手を高橋はなんなくおさえた。
これで見た目によらず、高橋は武道一般、段持ちだという。
それに冷静さをなくして殴りかかるのは、無意味だ、ほんと我が叔父上は・・・・。
お互い至近距離で睨み合う2人。
高橋さんは、ふざけるな!と再び怒鳴る男に、今まで聞いたことのない低い恫喝するような声をあげた。
「それは、こちらのセリフです。そっくりそちらにお返ししますよ。」
「あなたが一人、過去と遊ぶのは勝手です。いつまでも楽しく嘆いて遊んでいればいいですよ。」
「けれど春ちゃんを、自分のそれに引きずろうなんて、もっての他です。」
「春ちゃんは、あの当時何歳だったか知っていますか、おバカなあなたに、この優秀な私が教えてさしあげます。」
「5才、です。あなたの妹より、もっと小さかった。」
「あなたが子供のように愚かなままに、ないものねだりに地団太ふんでも別にかまわないのですよ。いつまでも、その金と力で好きにやっていればいい。」
「人間の嗜好は、いろいろありますからね。それこそいろいろと!。でも、基本、ご自身のみか同じ友好の士で楽しんで頂きたいものです。」
「いい迷惑ですよ。つきあわされる方にしたら。もう一度いいます、一人でお楽しみ下さい!。」
2人、からめあった視線はひどく危険をはらんでいた。
息をするのも怖いようなその空間を、携帯電話が破った。
懐から携帯をだし、我が叔父上はこちらを睨みつけながら部屋を出て行った。
しらず、私も緊張していたらしい。
はぁっと息を吐きだし、そりゃそうだ、ほんの少し前、あの彼が自首して以来、初めて現実に彼の姿をまのあたりにして、帰ってすぐこれだから。
ほっと一息ついて、珍しくいい事言った高橋の顔を見た。
「まったく、春ちゃんを引き取るなんて裏ワザ、僕は家裁で却下されたのにさぁ、さすが君の叔母さんと結婚なんてねぇ、ぼくの美意識が考える事さえ許さない事柄だよ。ありえない!」
「あの男、次は何でいじめてやろうかな?何かいいネタない?大橋の経営する風俗に不正ピザの女の子とか期待したんだけどねぇ、大がかりにガサ入れやったのにいなかったんだよ。金貸しの方も法律ギリギリだし・・・。」
「あいつ、暴力団の風上にもおけないくらい、なかなかキレイな商売してるんだよなぁ。」
何か弱みないかと、私を期待に満ちた目で聞いてくる高橋に、そりゃあ、あんた、あんだけ壁にいた護衛の皆さんに睨まれるはずだよ、としみじみ思った。
それに、私あんたに引き取られるとか、家庭裁判所なんて話し初めて聞いたけども、とか思って高橋を、うろんに見つめてやる。
ソファーにのけぞってブツブツ言う高橋をみながら、結局あんたを少しでも見直した私の純情を返してくれ!と、別の意味で座っているソファーから、私もがっくりとのけぞってしまった。