第25話 とりたてて事もなし、のはず。
新しい編入先の高校は、都心の校庭のない、五階建のしゃれたビルのような建物だった。
一番上に体育館兼講堂があり、それまで窓からキラキラ光る青い海が見えていた前の高校から比べて、何とも味気ない学校だと思う。
ただし授業のカリキュラムはユニークで、レポート中心で、それさえきちんと出していれば、楽ちんな感じ。
ええ、成績など悪い方から数えた方が早い私にも何とかなりそうです。
退学者も多いけど、編入者も多い高校で、ありがたい事に、私がかまえるまでもなく、普通に受け入れられた。
今日も授業が終わり、私が誘われて入った同好会のメンバーがワラワラと集まり、今日はどこで遊ぼうか?との話しになった。
結局ミスドのポイントがもう少しだというのが何人かいて、帰りは駅前のミスドによる事が決定した。
私の入った同好会は「ゲッタークラブ」という。
うん、言わないで、ひどいネーミングセンスだよね。
雑誌の付録やら、サンプル、クーポン、そして色々なお店のポイント、それらが大好きだと言う人間達の集まり。
おつきあいで入ったのだけれど、これほど単純な事が、なかなかにおもしろいとは思わなかった。
今日も学校の話しからはじまって、どこぞのクーポンが買いだの、あの付録ついたの買った?などととワイワイやっていた。
私は視線をその時感じた。
店内のガラス越しに、外の通りをせわしなく歩き去る人達の波。
その中に、その波の中にあってさえ一瞬で私にはわかった。
フードつきのトレーナのポケットに手を突っ込んで、ゆったりと歩み去りながら、こちらを見る人。
フードをかぶっているため顔は暗くわからないはずなのに、にっこりと私をみているとわかった。
私が気がついているのは当然とばかりに、視界のすみから消える時、片手をポケットから出して小さくひらひらとさせた。
そして、彼が歩み去ってすぐに、悲鳴が聞こえた。
それに何事かと店内の人間もまた外に目をやる。
人の波が一か所だけぽっかり空いて、それが徐々に大きく広がっていく。
そこには今時のはやりの服をきた若い男が、自分のお腹を茫然と両手でおさえ、その目は何がおきたのか自分でもわからないという顔をして、やがて両手でおさえる手の平から漏れる赤い血をもう一度確認し、信じられないという驚愕の表情のまま、そのままくずおれた。
店内も外の通りもひどい大騒ぎになる中、私はひらひらとふる、あの手の平と優雅に揺れる指先を脳裏に思いだしながら、クロが何故ここに出現したのかを考えた。
少し距離があるとはいえ、何年ぶりだろう、彼を見るのは。
それにしても、カフェオレのおかわりは、今頼んでも大丈夫だろうか、とお店のお姉さんもまた大騒ぎしているのを眺めながら思った。