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閉じた環  作者: そら
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第22話 距離

大橋の家は大勢が暮らす「外」と呼ばれる大橋興業に携わる人間達が出入りする建物と、「内」と呼ばれる大橋家の人間が暮らす建物が長い渡り廊下でつながれた大きいものだった。


我が叔母が妻となったはずだが、本当に顔合わせ以来、顔も見たことがない。


例の高橋さんに,報告がてら今回の件を電話した時、大爆笑してたな。


「春ちゃんの叔母さん、そのまま消えちゃうんじゃない?」って言って。


あのさあ、君曲がりなりにも警察関係者でしょ、って言おうとしたけど、バカらしくてやめた。


それと、春ちゃんって呼ぶなと何度言ったらわかるんだ。


私に張り付くのは2か月で終わったけど、その報告をかねた電話以来、私の事を気安く「春ちゃん。」と呼ぶようになった。


いい加減に私の「嫌だ」という心底からの言葉を、その出来の良い頭で理解してほしいと思う。


でも強く言えない、ホラ日本人だから私。


大橋潤もとい、我が親権者である叔父はいつも忙しくしているようで、うん、ワルい事っていっぱいあるって事だね、それなりに平和にこの家で暮らしてる。


大橋の側近たち以外、「外」に出入りしている人間は、私に対して恭しく接してくるけど、私にはそれらには何の関心もないから、これといって今までの暮らしと急に様変わりしたという事もない。


ああ、一つだけ変わりがあるとすれば、ここの「内」と呼ばれる建物の庭がとても静謐で夜はここにいて、ぼーっとしているくらいだろうか。


叔母に関して言えば、生きていようが死んでいようが、どうってことない。


「何か」を選択したのは自分なんだから、結果もまた自分のものだから。


私はすっかり肌寒くなったのに、今夜もこの庭でぼーっとしている。


ここには人の気配がたくさんある。


夜一人でこの庭にいても、そこかしこに生きているものの気配がある。


この庭だけでも、この静謐な混沌を許さぬ見事な日本庭園で夜をこうして過ごせる、それだけでも、この家にきて良かったかもしれない。


あの男、大橋潤もそうだが、この家の人間は生きている気配が濃い。


暴力で生きている人間達の方が、より人間らしいなんて、本当に笑っちゃう。


言わないけどね、ほら、私って空気読める子だもの。


大橋は何に囚われて、あのクロに執着してるのか知らないけど、とてもその闇はまだ人間らしい温みを持っている。


私達の持つそれや、ましてやクロの持つそれは人が持つ温度などない、理解も及ばないそれだ。


祖母の家では、夜の外に出ようなど思えなかった。


あの家は生き物の気配がとても薄く、自分もまた生きているのか夜の中、何度自分の体を触りつつ確認したかわからない。


触ったそばから、ほっとしつつ、そうしてまた、自分の存在があやふやになる。


そんな風だったから、夜の静かな外に出ていくことなどしなかった。


混乱を呼ぶだけだったから。


けれどここは、気持ち良いほど生き物の気配に溢れている。


私は両手を天の月に向けて、伸びをするようにかざす。


何て贅沢なひととき。


うっとりと、ひたすらうっとりと、私は至福の時を過ごした。



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