第20話 妄執
あの男が再び現れた。
私についている監視など、ものともせずに。
私の母の姉の夫としての立場を持って堂々と。
さすがに、さすがにこれには驚いた。
海外で働いている私の両親もびっくりだろう。
いや、日本には、私には、目も耳も向けようとはしない人達だから、自分の姉の結婚話しにも関心もないか・・・・・。
でも、母の姉、私の叔母であるその人は、確か50をとうにこえていたはず、バツ2の3人の子持ちだったはずだ。
しかしまあ、こうきたか。
そういや、叔母の子供達とは会ったことないなあ、とか、友人のヨッコちゃんがおこづかいの全てをつぎこんで、現在はまりにはまっている「年下攻め・たぶん鬼畜バージョン」が、マジきた!リアきた!と、教えてあげたら身悶えて喜ぶだろうになあ、とか、現実逃避をしていた。
弁護士事務所の人間から連絡があり、叔母が入院している祖母の代わりに、私の親権を得たいという。
なんじゃそりゃ、と、そのままにべもなく断って数日後、未成年である私に拒否権はない、まして現在の私の親権者である祖母の親権移行の認可もとってある、との強硬姿勢に、とりあえず話しでも、という事で初顔合わせがこの高級ホテルの一室で現在進行中。
私は何の酔狂で、この面倒な時期に、また面倒を!と怒り心頭でホテルまできたのはいいけど、目の前の状況にちょっと現実逃避してしまった。
かりにも新婚ほやほやのはずの叔母は、おどおど、きょろきょろ声も出せずに、その顔色は最早まっ白、震えていることも隠せないでいる。
その夫となった例の男は、あの人に襲撃されて入院していた様子を露ほどもみせず、更に凄みをバージョンアップしたまま、ただひたすら私を見つめている。
いやいや、私ではなく20は年上の、どうぞ新妻の奥様を見つめてやって下さい、と私は言いたい。
ちょっとは空気読める子の私は口に出しては言わないけど。
そこに、その空気をスルーする弁護士が私の親権に対するあれこれを、誰一人聞いていないのに、ぺちゃくちゃ言っている。
ここに来る途中で見た空はとてもいい空だった。
明るくてその空の下には、な~んにも悪い事なんてありません、みたいな綺麗な空だった。
けれどここにいる男は、そして私も、そんな事なんてありゃしないって知っている。
まだぺちゃくちゃしゃべっている弁護士も叔母も無視して、私は初めて本当の意味で初めて、わざとクロに生かされたこの男に目を向けた。
クロがやる気だったら、生き残るわけがない。
それなりに闇を手掛けて生きてきたという男の目は、まだまだちゃんとした人間の目だった。
それを見て私は自分が久しぶりに微笑んでいる事に気がついた。
この国に戻ってきて私は初めて微笑んだ。
失礼な事に男は私が向けた微笑みに、威嚇といえる態度で返した。
そりゃそうだろう、この男に向けた、私の素の微笑みはとても歪んだものだったろうから。
クロが何故、私の関心をこの男に向けさせたかったのかは、わからない。
この男は自分がうまく動いたつもりでいるのだろうけど、その腕も足もクロの見えない糸で操られている。
私は?・・・・・。
私は、ちゃんと空が青く綺麗だと知っていればいい。