第2話 楽しき我が家
「ただいま~」
私は庭先を横切って、いつものように縁側から家に入る。
いまどき縁側がある家って貴重だよね。
私はこの小さな庭と、この縁側のある家が大好き。
6歳からこの家に住んでいるけど、この縁側でほとんど過ごしているっていってもいいくらい。
物騒だという人もいるけど、四方を開け放っているこの空間が、一番落ち着くの。
縁側に猫はつきものっていうけど、残念ながら猫はいない。
私が猫が苦手だから。
あれは異界の生き物に違いない、うん、絶対そう。
「おや、春、またあんたって娘は庭先から入ってきて。」
「もう学校から帰ったの?今日は早いね。さあ、とっとと制服を着替えておいで。」
私は制服のまま縁側で寝転がっていたけど、お婆ちゃんのその声に、どっこらしょって立ち上がった。
お婆ちゃんはそんな私を見て、また何か小言をいいそうにしていたので、触らぬ神に祟りなし、とばかりに自分の部屋に退散した。
私はこの母方のお婆ちゃんちで6歳の頃から世話になっている。
この平屋建てのこじんまりとした庭に囲まれた家で二人暮らしだ。
生活費は毎年まとめて父から振り込まれている。
半年前の、どこの労働組合だという賃上げ交渉は、父の全面的妥協の末めでたく大幅のアップになった。
だってねえ、高校生ともなれば、こづかいアップは当たり前だよね。
勿論、駅のそばのファミレスで週に三回ほど夜の10時までアルバイトはちゃんとしている。
けれどそのバイトもそろそろ他をみつけたいとマジに思っている。
何せその店の30代の店長、女癖が悪くて、バイトの子にすぐちょっかいをかけてくる。
一応子持ちの妻帯者だよ、まったくあきれてしまう。
で、その店長はバイトの古株の女子大生とくっついてるわけ、絶賛不倫中。
そして、その子のうざいこと、うざいこと、誰があんな男相手にするかってーの。
うちら女子高生組の3人のバイトに、それはそれは良い態度で毎度からんできてくださるわけで。
誰もあんな不誠実な男いらんちゅーのに嫉妬の嵐なの。
マジであほらし。
それよりうちらに隙あらばちょっかいかけてくる、あのバカ店長を何とかしてくれって思う、頼むからさ。
だからここのバイトもそろそろやめようか、って思ってる、バカくさいし。
初めての夢見たバイトがこれだもん、なえるよね。
だけどね、我が友人のヨッコちゃんいわく、こんなからかいがいのある人間がいるバイトやめるのはもったいない、そうおっしゃるわけ。
うん、女子高生組みのその2は我が友人でありクラスメートの田中洋子なの。
この友人、くだんの女子大生とバイトがかぶると、いつもは冷たくあしらう店長に、態度をころっとかえ、「いやだあ~。店長ったら~。」な感じに受け答えもガラっとかえてしまう。
それで女子大生をあおるあおる、ボウボウと。
・・・私の女子大生さまから受ける嫌がらせは、どう考えてもヨッコちゃんに原因がある気がするんだけど?どうよ、これ。
私、友人選ぶの間違えたっぽいよね、今さらだけど。
今日はバイトの日で6時から入る。
私はシャワーを軽く浴びて、軽食をとってバイトに行くギリギリまで、縁側に座り遠く空をみつめる。
こうしていつも通りの日々が続くと思っていた。
バイトから帰ってからパソコンで遊んでいた時、そのメールがきた。
誰からかと見ると、年に1度か2度くる古い友人からのそのメールには、あるサイトを開け、と書いてあった。
私はそのままサイトを開いた。
それは、海外のある有名な連続誘拐殺人犯についてのサイトの一つだった。
この殺人鬼は一部熱狂的なファンが多く、このようなサイトは星の数のようにある。
私はなんで?と疑問に思いながら、そのサイトを開いた。
そこにはその殺人鬼のおかしたと思われるわかっているだけの範囲ではあるが年表などが作られており、別段目新しいものはないように見えた。
だがわざわざ送られてきたメールに何もないはずがない。
念入りにそのサイトを調べて見つけた。
それは掲示板形式のものだったが、新たな都市伝説として語られていたもので、我らの殺人鬼の復活では、という内容のものだった。
ここ数か月でかの殺人鬼にかかわった人間が1人、また1人と行方不明になっている、というものだった。
それぞれ違う人間が書き込んでいた。
私はこのメールを送ってきた人物を思い浮かべた。
その行方不明になっているという人物の実名は上がっていなかったが、その幾つかの地名は心あたりがある。
ただの偶然か、それとも・・・・じわりじわりと腹の底に黒い不安が渦巻く。
かの友人も不安に思ってメールをよこしたんだろう。
けれどこの殺人鬼は特別刑務所に収容された後、自殺をしたと発表されて、この遠い日本でも数年前にワイドショーを騒がせたはず。
ありえない、どうせいい加減なあまたある与太話しだとメールを返して安心させたい。
けれど、幾つか出ている地名が、私の不安をあおる。
念のため、そう念のためだと言い聞かせながら、私は可愛い兎の絵をつけて、その古い友人のメールに送り返した。
こんな遠い日本にいるのに、その夜はなかなか寝付けなかった。