第1話 いつもの日常
授業終了のチャイムであわてて起きて、う~ん、と手を上にあげて大きく伸びをする。
それに教卓の五十にもうじき手が届くという男性教諭は、別段咎めるわけでなく、さっさと教室を出ていく。
やる気のない生徒に、やる気のない教諭、ここは進学率もそこそこ、同じようにフリーター率も就職率もそこそこの、三流どころの上の方に位置する公立の女子高。
校舎の窓からは遠く太平洋の海が見渡せ、晴れた日にはキラキラと輝いて見えるまばゆい波の照り返しや、潮騒もかすかに聞こえる高台に位置していた。
とはいってもその景色に感動したのも入学間もない最初の1~2か月ぐらいまでで、今はその感動もちょいと薄れてしまっている。
何事も「慣れる」という悲しい証拠の一つだ。
私は隣の席の田中洋子の未だ眠りこけてる頬っぺをピンピンと指でつつき、
「起きろ~、おっきろ~!お昼だよ~。」
と声をかけた。
まあこの時間、バイトまみれの私達には、特に数学1という授業は悪魔のゆりかごになるわけで、ちらほら教室を見渡しても、撃沈したままの姿の方が多い。
教師たちはやる気のない私達には何も望まない。
私達もそれをきちんとわかってて、お互いこうしてなあなあとやっているわけだ。
高校1年ともなれば、クラスの中も学年の中も綺麗にすみわけがなされていて、幼いときのようなぶつかり合いもない。
この気薄と呼ぶにふさわしいクラスメートたちとの立ち位置が私は好きだ。
寂しい?それはない、皆それぞれ抱えているものが違うのに、濃い関係を作ろうと思うほど今の私はマメじゃないから。
親しい友人の一人二人がいて、放課後その時々に遊ぶメンツがいて、それで充分楽しい事にかわりない。
私はこの気楽な軽い空気の中を漂うのが好きだ。
「お~い、ヨッコちゃん、購買にいくよぉ!おいてくよ~、今日の限定コロッケパン売り切れちゃうよ~。」
そう声をかければ我が友人はガバリと机に伏していた顔をあげ、そのままガタンと立ち上がる。
「みっちゃん、いくよ!」
みっちゃん?誰よ、それ?いつも適当に名前を呼んでくる彼女に、それに何か意味があって毎度毎度適当に名前を呼ぶのか聞いてみたい。
けれど彼女はそう言って私を振り返る事もなく、寝ていたのが嘘のような身軽さでひらりと駆け出していく。
クラスメートのお弁当持参組が手をひらひらと振りながら、無責任にも
「がんばれ~。」
との声援を受けて、私もそれにゆるく手を振りながら、駆け出す洋子の後をおいかけていく。
どうも私はこのクラスではボケのゆるキャラだと思われている節がある。
何故に?入学してからの数々を思い起こす。
きっと先ほど駆けていった猪突猛進女の印象が強いせいなんじゃなかろうか?
一度ここらでそれを訂正したい、そう思っているのだけれど、毎回こういう展開のまま終わってしまって、未だそれをなしとげていない。
私は恒例の購買の販売へと猛ダッシュする洋子の後を追いかけながら、教室の窓から見える明るい海の色に、もうじき夏がくるなあ、と、ふと思った。
私、広瀬春の高校生活は可もなく不可もないけれど、それなりにその年頃の女の子らしく明るさに満ちていた。
これからもそれが当たり前に続くものだと信じていた。