09 ういんういんがぴよぴよ
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翌朝。厨房が動き出す頃にハーグレイヴ伯爵邸に向かう。門衛の男性とは昨晩の退勤以来。
早朝に来ることは伝えていたけれど、新鮮に驚いた表情を見せてくれてなんだか嬉しい。
門衛さんの前に立つと、小さくぺこりと頭を下げた。
「おはようございます」
「おはようございます。どうぞ」
敷地内に入り、改めて防犯魔道具の設置場所を確認する。普段は検知用の魔道具を使うけれど、今日は心強い味方がいる。
「植え込みの灯りに五つ、門とポーチにふたつずつは確認してるの。他にあるかしら」
みてくるー
ふよふよと精霊が庭に出ていく。私はそのまま邸の裏口へ。ちょうど厨房の若い子が野菜の皮剥きをしていた。
「おはようございます」
「お、おはよう!今日もよろしく!」
「はい、よろしくお願いします」
なるべく印象に残らないように気配は抑えている。いつ行方を眩ませる必要があるかわからないからだ。
『なんか仕事ができる子がいた気がするけど……』くらいが最善。
中に入り急いで着替えを済ませる。寝癖は朝のシャワーでリセットしてきたので直っている。……今朝の寝癖はひどかった。
ミリィーあったー
精霊が戻ってくる。
少し離れたところに他の人がいるため、目を合わせるつもりで光の粒を見て小さくうなずく。
うえこみのなかーういんういんするやつー
ういんういん……?
「……見張ったり、何かと通信してる感じ?」
人のいない方に顔を向け、小声で尋ねる。
ちがうーなんかいやなぴよぴよがでてるー
嫌なぴよぴよ……何か音波か魔力波が出ているのかもしれない。
「具合は悪くなってない?」
だいじょぶー
「わかった、ありがとう。髪の中で休んでて」
うんしょ、うんしょと言いながら、精霊がもそもそ髪の中に収まる。
おやすみぃ
とこもった声が聞こえた。
「……おやすみ」
何かが仕掛けられているのは確定した。警備系ではなく通信もしていないとなると、単純に何かを発するだけのものだろう。
でも、何のために……?
胸の奥がざらつく。想定外の第三者も、考えなければならない。
「……予感が外れるのが一番良いことなんだけど」
ひとつ小さく息をつき、ロッカールームを出た。
「おはようございます、マルセラお嬢様」
最近のお嬢様は、侍女を下がらせた後も部屋で遅くまで起きているらしい。そして、朝も遅い。
「おはよう……なんだっけ、あなたの名前」
ベッドから起き上がったお嬢様が開ききっていない目でこちらを見た。なかなか焦点が定まらない。冷えているのか、唇が心なしか青い。
「ミリィでございます、マルセラお嬢様。果実水とお白湯、どちらがよろしゅうございますか?」
「……は?」
「身体が目覚めますよ」
「……白湯を」
「かしこまりました。すぐお持ちいたします」
精霊がいうもやもやの正体はわからないが、毒抜きが必要な可能性がある。まずは排出させること。
壁際に置いたワゴンで白湯をカップに注ぎながら、軽くお嬢様に目をやる。確かに落ち着きがない。
侍女長は荒れているのは最近だと言っていた。元来の性格はそうではないとも考えられる。隠されていた性格がなんらかの要因で表に出やすくなっている可能性もあるが。
「お待たせいたしました」
「……ありがとう。気が利くのね」
「ありがとう存じます。お顔を洗う水もまもなくお持ちいたしますので、ゆっくり身体を目覚めさせましょう」
少し緩慢な様子は見られるが、朝が弱い人はこんなものだろう。
できれば脈を取りたいけれど……今はまだ早い。もう少し心の距離を詰めてから。
「……憂鬱だわ」
ぽつりと口にした言葉を、聞き逃さなかった。
「いかが、いたしましたか?」
ベッドのすぐそばに片膝をつき、お嬢様を見上げる。
「……聞こえてたの?」
「自然の中で育ちましたもので、耳は少しばかり良いのでございます」
小さく微笑むと、カップは受け取りサイドボードへ。両手でお嬢様の手を取る。
「私は新人教育の補佐という名目で参りましたので、本日も含め残り四日しかおりません。すぐに他人になる人間であれば、話しやすいこともあるかと存じます」
しばしの沈黙ののち、お嬢様は独りごちるように言葉を絞り出した。
「……帰ってきて、気が乗ったら話を聞いてちょうだい」
「かしこまりました。お嬢様、それではお支度をいたしましょう」
身支度を整え、ダイニングへ。
朝食には、ハーグレイヴ伯爵とその御夫人、そしてまだ幼い御令息がいらした。
このお三方にお目にかかるのは今朝が初めてだ。
侍女長が挨拶できる空気を作ってくれた。ありがたい。
「お初にお目にかかります、昨日より新人教育の補佐として斡旋所より派遣されて参りました、ミリィと申します。契約は本日も含めあと四日ほどでございますが、何卒よろしくお願いいたします」
「……ああ、よろしく頼む」
伯爵はこちらを一瞥すると、すぐに食卓に視線を戻した。
「とても優秀なのでしょう?四日と言わずもっといて欲しいけれど、まずは……お手並み拝見、ね?」
夫人は値踏みか。あまり良い印象は受けないが、昨日の家令の前例があったのでまあ予想の範囲内ではある。
「おねえさん、あそんでくれる!?」
御令息は五歳だと聞いている。マナーは年齢相応といったところ。
「お約束はできませんが、時間ができれば、是非」
そして朝食が始まった。
お嬢様は静かに食事を済ませ、紅茶を飲み干すと、一番に席を立つ。
「マルセラ」
「はい、お父様」
「うまく行っているのだろうな」
「……やれることはやっています」
「しっかりやれよ。ここで取り入っておかねば、後に差し支える」
「……はい、お父様」
ダイニングを出ようとするお嬢様を、伯爵が呼び止めた。
「あれはきちんと持っているのだろうな」
「もちろん、肌身離さず」
「なら良い」
その後、お嬢様の馬車に同乗し、学校までお送りする。
お嬢様は一言も発しなかった。白くなるほど握りしめられた手を見て、予感が確信に変わる。
邸への帰りには馭者からお嬢様の普段のご様子を聞き取り。邸に戻ると、新人の使用人たちと共に動きながら、改善点を控える『表向き』の業務に入る。
ーー今日の夜はやることが多そうだ。
「……絶対お風呂、入る」
ろーびーもだよー
「ローストビーフ、頑張るけど無理だったらごめんね」
***
休憩時間が明けると、侍女長に呼び止められた。
「ミリィ、少し、良いかしら」
近くにあった応接室に二人で入ると、侍女長が内鍵を閉める。
「見てもらって、どう?」
「使用人は意欲的に働いていますし、オペレーションの問題はあまり見受けられないと思います。……どちらかというと、雇用主一家の方が問題かと」
「……若いのに、そこまでわかるものなの」
言葉では答えず、曖昧に微笑んで見せる。
「お知り合いがシルヴァロンにいらっしゃると昨日伺いましたが、……あの後、連絡は取られましたか?」
侍女長の肩が、わずかに強張った。
「私は私の職務を果たしますので、どうぞ普段通りにお動きください。必要であれば、助言は惜しみません」
「え、ええ。よろしくお願いするわ、ミリィ」
侍女長よりも先に立ち上がる。
「お嬢様についてはお任せください。……できれば、今後も新人の子はお嬢様から外していただけますか。万が一のことがあってはいけないので」
廊下を一人で歩きながら、監視魔道具の場所を改めて確認していく。
……これ、家令が着服しているのではなかろうか、予算を。
今日の午前中に見せてもらった帳簿には一見不自然な点はなかった。しかし、中を見ると明らかに色々と合わない。
隠し場所はおおよそ見当がつく。別のところに隠す現場を見届けるか、それとも先手を打って見ておくか。
「後で考えましょうか」
今はまず、お嬢様をお迎えに行かねば。




