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殿下の子飼いは無害なコリス  作者: アカツキユイ


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07 伯爵家と粗暴なお嬢様

ブックマーク・評価・ご感想ありがとうございます!

 翌日は午前中には起きて、まずはフロントで部屋の変更をする。風呂なし個室の空きがあったのでそこへ移ることにした。

 まだ寝ていたネスタさんにはメモを置いていく。私が宿に戻る時に次に行くと街に消えて行ったが、朝まで飲んでいたらしい。


 部屋を移ると、身支度をして買い出しに。この街により馴染める服を買い、日用品店と雑貨屋や土産屋をハシゴして良さそうな石鹸を見繕う。リンゴの香りがする石鹸が安かったので試しに買ってみた。肌に合うと良いけれど。

 遅いランチは屋台で米でできた汁麺を食べて、宿に戻る。鶏と豚の出汁だったようだ。美味しかった。……飲んだ後に締めとして食べたくなるやつだった。



 昨日は慌ただしくて腕輪から最低限の生存報告しかしていなかったため、殿下への報告はしっかりと。

 近距離であれば紙鳥(かみどり)という受取人固有の魔方陣を刷り込んだ紙の通信魔道具を使うところだが、今回は距離がある。紙鳥は、送る側の魔力を与えれば長距離飛行も可能。しかし私は魔力がかなり微弱なため餌として与える魔力がない。

 そのため、書いたものをそのまま相手の端末に写せる板型の魔道具を持ってきていた。これに箇条書きで端的なレポートを書き送る。どうせ後で音声通信するのだ、その時に細かい話はすれば良い。



 ミリィあそぼー


 机の上でゴロゴロしていた精霊が、私が筆を置くのを見て近付いてきた。


「遊ぶって言っても、何をするの?」


 イオルムはみずでぶぶぶするー


「ああ、そうね、先生は水の球でよく遊んでいらしたわ。でも私は魔法が使えないのよ」


 しってるーだからちょんちょんしてー


「ちょんちょん、指で?」


 そうー


「そうなのね。じゃあちょんちょんね」

 指で光の粒をつつくとコロコロと転がった。


 きゃーたのしー


 そうして指でつついたり息を吹きかけたりして遊んでいるうちに、精霊は満足したのか眠ってしまった。

「やれやれ」


 肩をぐるりと回して時間を確認する。殿下のことだ、そろそろ通信が来る……来た。

 魔方陣が刺繍されたクロスの上に腕輪を置く。クロスの魔方陣と腕輪の魔石が赤く光った。


「ミリィです。聞こえますか」

『……聞こえている』

「殿下、ちゃんとお休みになっていますか?声の張りがないように思いますが」

『問題ない』

 昨日、私からの通信が最低限だったからあまり眠れていないのだろう。

「今日は休んでくださいね」

『わかっている』



 こちらについてからの出来事を一通り報告する。

「……というわけで宰相補佐の方とのコネクションを得ました。何分相手がフェリティカなので今回は利害を争うことにはならないと思います」

『よくわかった。……たぶん王妃も想定外だろう』

「そこまでは考えていない人ですからね。公式かはともかく、メルセオンから御礼が届いて――裏で悔しさに地団駄踏ませるような功績を作って帰りましょうか」

『ふ……無理はするなよ』

「お気遣いありがとうございます。当面は大浴場が確保されているので問題ありません」


 腕輪にはめ込まれている魔石の赤い輝きが力を取り戻した。

『そろそろ戻る。次はもう少し早めに声を聞かせるように』

「御意」



 ぷつんと音がして通信が途絶え、同時に魔方陣の輝きが消えた。腕輪の魔石も通常時に戻る。


 この腕輪には殿下の魔力を蓄えている。私自身の魔力が少ないから、駆動のためにクロスの魔方陣を通じて通信しながら殿下が補充してくださるのだ。

「……魔力供給用の魔石でも良いのに、殿下が嫌がるんだよなあ」


 むにゃ


 精霊がころんと寝返りを打った。

 日が沈む。今日はお酒なしでお風呂とご飯を済ませたら早々に寝よう。

 明日からが――本番だ。



 ***



「おはようございます。本日より新人教育補佐をさせていただきますミリィ=セスと申します」


 ハーグレイヴ伯爵家の正門で、小さな革のバッグを両手で身体の前に持ち、ぺこりと頭を下げた。

 名前はもちろん知らされていただろうが、こんなちんまりとした娘がまさか新人ではなく教育する側として来るとは思っていなかったのだろう、門衛のお兄さんが目を丸くしている。


「ど、どうぞお入りください」

 一度中に確認をした上で通された。いつものことだ、慣れている。


 本邸に入ると、改めて入口で待っていた家令と侍女長のお二人に挨拶をする。

「ミリィ=セスでございます。五日間、よろしくお願いいたします」


「こんなに可愛らしいお嬢さんが来るとは思いませんでした。シルヴァロンを優秀な成績で出ているそうで、その実力を見せていただけること、楽しみにしています」

 うええ、家令の男性は湿度が高い。見た目ではない、中身の湿度が。陰湿さで私の髪が潤いそうだ。


「よろしくお願いしますね、ミリィ。侍女の教育もできると聞いているけれど、大丈夫なの?」

 侍女長は見るからにベテランの風格。この人に任せておけば大丈夫、そんな安心感がある。

「はい、シルヴァロンで侍女の教育も受け、公爵家での実務経験もございます」



 ええ、ええ。これもいつものことです。小柄で童顔、しかも実際に年若い小娘。本当にこいつは働けるのか?経歴の詐称では?

 わかりますわかります。しかし考えてもみてください。シルヴァロンの卒業証明、偽造なんてできたら大変なことですよ?

 ……まあ、先生なら偽造しそうですけれど。現に記録は改竄してくださいましたし。


 余談だがシルヴァロンを卒業して一番最初の『勤務地』は先生とリリス閣下のお邸だった。

 半分は先生のお遊びだったのでさほど緊張はしなかったものの、リリス様のフィードバックが一番厳しかったことを覚えている。さすが筆頭公爵家当主。

 その隣で王弟殿下である先生は『リリスかっこいいなぁ』と惚気ていた。通常運転である。



 玄関で家令とは別れ、侍女長と二人で本邸の廊下をバックヤードへ向かって歩く。

「体調を崩して急に数人バタバタと辞めてしまったから、補充した新人の教育が追いついていなくて。

 基本的なことは教えて既に現場には出ているの。だからあなたにはフォローをお願いしたいのと……あと、家令の前では言えなかったけれど、運用面での問題点や改善点があれば教えてほしいわ」


「……よろしいのですか?」

「ええ。滅多にない機会だもの、是非お願いします。シルヴァロンの講師には私の友人もいるの。あそこをトップで卒業したのなら間違いないわ。私はサディアです。よろしく、ミリィ」

「よろしくお願いいたします。サディアさん」


 ――これは、思っていたよりも()()がしやすそうだ。


 早速制服に着替え、邸の中を案内してもらう。特筆するところはない、至って普通の邸である。

 離れや誰も入ってはいけない部屋があると色々と想像が捗って退屈しないのだが、今回はそういった下世話な想像をする時間はない。何もなければ五日間しか時間はないのだ。


 途中、私の髪の中に隠れていた子がもそりと動き耳元で色々と教えてくれた。後でお礼をあげなくてはいけない。


「侍女長、先ほど数人立て続けに辞めてしまったと仰っていましたが、差し支えなければ理由をお伺いして良いですか?」

「疲れが出たのだと思うの、……ええと……」


 侍女長が立ち止まった。こちらからつつきには行かない。その隣で黙っていると、小さなため息をついた侍女長がこちらを見た。

「すぐにわかってしまうことだから言ってしまうわね。お嬢様が最近荒れていらっしゃって」


「……なるほど、わかりました。あとは自分の目で確かめます。現在お嬢様付きの方は何名ですか?」

「二名です。うち一人は新人をつけざるを得なくて、ただわかると思うけれど」

「ええ、わかります」


 おそらく、当たるのだ。物理的に。

 それにしても、いきなり当たりを引いてしまったか……?いずれにせよ作戦、変更だ。

「侍女長、ご提案なのですが」




「お嬢様、こちら、新人教育の補佐として参りましたミリィでございます」

 学校からお帰りになった伯爵家の御息女、マルセラ嬢にご挨拶をする。

「お初にお目にかかります、マルセラお嬢様。ミリィと申します。よろしくお願いいたします」


「……また新しいやつなの?今度は辞めないでよ?お父様に叱られるのだから」

 ゆるくうねった淡い茶色の髪と焦げ茶の瞳。人相としてあまり悪い印象はないが、なるほど確かに荒れている。特に口が。


「残念ながら完全なお嬢様付ではございませんが、お嬢様が快適にお過ごしになれるよう精一杯務めさせていただきます」

 曖昧に微笑んで見せた。


「お嬢様、ミリィは新人のサポートで入ります。お嬢様が学校にいらっしゃる間は、邸内で新人教育にあたります」

 侍女長が補足してくださる。

「教育?私と歳はさほど変わらないでしょ?」

 そう思うのは当然だ。実際歳は……まあ、三つ四つ私の方が上ではあるのだが。

「お嬢様」

 おや、侍女長の声色が少し尖った。

「……ふん、せいぜい頑張ってちょうだい」

「かしこまりました」

明日から一日一回の更新になる予定です……!進み具合によっては二回更新の日もあるかもです。

引き続きお楽しみいただければ幸いです!

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