06 失敗できない国
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「……で、だ。ネスタ、お前そもそもどうしてメルセオンに来た」
お腹もある程度満たされたところで、カイリさんがネスタさんに尋ねた。
「だぁから観光だって。日銭と酒代のために依頼をこなす冒険者なんて腐るほどいるでしょ?」
「じゃあなんでお前ギルドの天井裏なんかにいたんだよ」
「それは秘密のおハナシがたくさん聞けるからでしょ。ミリィちゃん、只者じゃない感あったし。スベリンゴのいい香りがしたしね〜」
「あの時、起きていらしたんですね」
「スベリンゴの匂いよりも精霊の気配かな。連れてきてたでしょ」
「精霊……?」
ブロウスさんが訝しげな顔をする。
「都会の人は信じてないよね、精霊。だからこの国には精霊が少ない。逆にこんなところにいるとわかる人には一発でわかる。今、連れてきてないの?」
なるほど。
「……ネスタさん、視える方ですか?」
「ううん、感じるだけ。見たり話したりはできない」
「一緒にいます。ローストビーフのかけらをあげても良いですか?先ほどから食べたがっているんです」
私が食べていたお皿の隅にローストビーフのかけらを置く。
「お待たせ、食べていいわよ」
と声をかけると、髪の中からふわりと精霊が出てきた。
わーい
「……精霊の存在は信じてないわけじゃなかったが、やっぱりいるのか。というか、肉を食うのか」
カイリさんが少しずつ減っていくローストビーフを見ながら目を丸くしている。
「食べなくても何も困らないはずなんですが、美味しいものは好きですね。私も常に一緒にいるわけではなくて、この子は森から勝手に付いて来たんです。天井裏にいたネスタさんを見つけたのも、この子ですよ」
「そっかぁ、それで見つかっちゃったのか。気配を殺していたはずなのにいきなり天井に魔方陣が浮き出てびっくりしたよ」
「私も油断していました。まさかギルドの天井で会話を盗み聞きする人がいるとは思ってもみなかったので。そういう対策はされているものと思っていましたし」
「……言ってくれるじゃないかミリィ」
カイリさんが小さくうなった。
「で、どうして天井裏にいたんだネスタ」
「それはもちろん面白い話を聞けそうだからでしょう!」
ドン、ともう何杯目になるかわからないジョッキをテーブルに置き、ネスタさんがニヤリと笑った。
「言っておくがあたしはスパイじゃあない。表面上の情報だけ仕入れて本国に送っちゃいるけどね。ファクトリアはあたしには合わないんだ。これくらいの距離感が良い。深入りや肩入れをして処分されるのもごめんだ。まあ、そもそもファクトリアが異常なまでに潔癖なんだ。違法行為をしてまで情報を仕入れることを良しとしていない。お互いちょうど良いってところかな」
「……スベリンゴの件、ファクトリアの方々はご存知なんですか?」
「んーどうだろうね。さっきギルドで自白剤について話してたでしょ?確かにファルマ・ヴィータの自白剤は強すぎて、うちの国には向いてない。だから開発はしたい。だけど研究員がいない。好待遇で募集をしても手を挙げるやつがいない。他国のスカウトもおんなじ」
「作る過程で何が起こるかわからないから、か」
「そう。他国なら失敗で済まされるものも犯罪だと判断されたら倍以上の罰。リスクが高すぎる。どんなミスも犯せない」
「確かに、小さな爆発事故で誰かが怪我をしたとして、それを犯罪と言われてしまったら命がいくつあっても足りませんね」
「そういうこと。ただ、現状スベリンゴを使った自白剤は魔女になれるくらいの技術がないと作れないだろう。そしてとても高い」
スベリンゴで自白剤を作れそうな知り合いの顔をいくつか思い浮かべる。……うん、確かに全員称号持ち、その一番弟子くらいしかいない。
「ただ、嘘の供述をすればそれも罪なんだよね。そういう意味では現状でもまあバランスは取れてるっちゃ取れてる。ちなみに犯罪教唆は超重罪。二倍ではなく二乗の重さになる」
「罪ごとに何倍の罰にするか数字が決まってるんでしたっけ?」
「そう。だから四倍の罰だとその二乗だから十六倍」
「……エグい」
「自国民が被害を受けた事件や犯罪は自国の法律で裁かせるように強く要請してくるのがファクトリアだ。つまり、我が国の者が違法な自白剤の製造を唆したとしたら」
「まずいね、侵略待ったなしかな?王族が雁首揃えて斬首かな?」
「とんでもねえな」
重い沈黙。
ソースもおいしー
精霊だけがのんきである。この中で私以外誰も聞こえていないのだから、笑いようもない。
「……ネスタ殿。ファクトリアは国として把握してると思うか」
ブロウスさんがネスタさんに尋ねた。
「なんとも言えないね。あたしはニュースで報道されるような情報しか流してない。それをどう精査するかは国のやることだ。あたしみたいにテキトーなやつじゃなく、ちゃんとした諜報員を入れているならわからないけど、少なくともこの国の規模なら、ファクトリアから人が入ればすぐわかる」
「……しかし他国の人間を雇っていたら、わからないな」
「そうだねえ、そこまではさすがに」
「ブロウスさんにお伺いしたいんですが」
「ああ、なんだろう、ミリィ殿」
「宰相補佐であるブロウスさんが出ていらっしゃったということは、宰相閣下はこの事態、把握なさっているのでしょうか」
「いいや、まだだ。私も今日、カイリから連絡をもらって飛んできている。……本当ならこの後城に戻って調査に入らなければならないんだが……ビールが……」
「美味しいですもんね、仕方ないです。あとで良い酔い覚ましのお薬を差し上げましょうか。とても不味いのが難点ですが、飲めば呼気検知器にも反応しなくなります」
「……ビールの余韻が吹き飛ぶ不味さだろうか……」
「残念ながら」
「……考えさせてくれ」
「そういえばミリィは使用人斡旋所行ってきたんだろ、仕事決めてきたのか」
「ああ、はい。ハーグレイヴ伯爵家の新人教育補佐の仕事があったので、それに決めてきました。五日間の短期ですが」
「ほう、そんな仕事があるのか」
ブロウスさんが反応した。あまり家のことには関わらない人なのだろうか。
「はい。特に初めのうちは目が行き届きませんからね。数日だけでも補佐がいると、教育担当の方の負担が減ります。あと、新人さんと話す機会が多いので情報収集も兼ねて」
「ハーグレイヴ伯爵家は、さっき話した商会も出入りしてるはずだ」
カイリさんの言葉に、私とブロウスさんの目が光った。ネスタさんはチップスを美味しそうに頬張っている。
おいもたべたい
「はいはい」
バスケットから数本チップスを手元の皿に移すと、精霊がはむはむと食べだした。
「……スポット雇用なのでどこまで出入りの業者と接触できるかわかりませんね」
「あれ?やらないの?」
「やれるなら」
「やるんじゃん」
ハハハ、と明るいネスタさんの笑い声が響いた。
「末端から何かつかめるかは怪しいですが、掘り出し物があるかもしれませんからね。まずは五日間、潜ってみます。通いにしているので出入りは問題ないんですが、ブロウスさんに共有した方が良いことがあったとき、どうしたら良いですか?」
「ギルドには来るか?」
カイリさんに尋ねられる。
「……さすがにこの五日間は控えたいですね」
「だよな。宿は延泊すんのか」
「個室が空けば移ろうかと思います。そのままさらに宿泊が伸びる可能性もありますし」
「えー、あたしと同じ部屋はダメ?」
「……飼い主が心配性なので、個室に泊まらせたがるんですよ」
「飼い主?」
「ルイス殿下です」
「ははは、王兄殿下を飼い主呼ばわりか!」
カイリさんが笑った。
「ええ。イオルム様いわく、私は殿下の首輪がついているからまだおとなしい……らしいですよ?」
「ミリィちゃんはその殿下が大好きなわけだ」
「はい」
間髪入れずに返すと、一瞬ネスタさんがぽかんとして、その後声をあげて笑った。
「そりゃ大事なご主人様だ。ちゃんと結果出して帰って、ご褒美もらわないといけないね」
「ええ、そうですね」
ブロウスさんからは直接お互いの魔道具に繋がる連絡先を交換した。ネスタさんとは宿で情報共有をして、ギルドにいるカイリさんに報告してくれるという。
「……ちゃんと正しく伝言してくれるんだろうな」
カイリさんが少し怪しいものを見る目をネスタさんに向けた。
「そこは信用してもらいたいね。あたしはメルセオンが気に入ってるから、もうしばらくいるつもりだ。さして愛着もない母国に自分の居場所を奪われちゃたまらないから、一字一句そのまま伝えるよ」
この後、ブロウスさんは酔い止めの薬を受け取って城へ戻って行った。私はネスタさんとカイリさんと三人で牧場亭に移り、真夜中まで美味しくお酒を飲んだ。
カイリさんは麦芽ドリンクで付き合ってくれた。精霊はカイリさんのグラスからこっそり盗み飲んで、気持ちよく酔っ払ったつもりになっていた。




