59 セイレイポイポイ
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廊下を歩いていくと、明らかに不自然な空間の歪みを感じる。硬いはずの床が柔らかく感じるような、変な感覚。
「酔いそう……」
お酒では酔わない。転移でもほとんど酔わない。けど、空間の歪みは、酔う。
〈きもちわるいねぇ〉
「そうね。人の気配を感じたら教えて。私も気にはしてるんだけど」
〈おっけー〉
さっきサロンを出る前に、閣下お二人に通信をしようと試みたが、結界に阻まれてできなかった。
あれは人質が外にコンタクトできないようにしていると考えて良さそうだ。
それにしても気持ち悪い。強引に魔術を重ねがけしているのかもしれない。
「美しくないわ」
この辺りの感覚はリリス様と先生、そしてディアマンタさんに徹底的に鍛えられたせいだろう。
絶対音感があるとピッチのズレが気になるのに近い。平時なら良いけれど、こういう時は迷惑でしかない。
「ねぇヤミィ」
〈なぁにぃ〉
「あなた、どこまで食べられそう?」
〈まずいのはやだ〉
「それは当然。さっきのはなもげはゲロマズだったわよね」
〈ゲロゲロ〉
「あれは、呪いだった?」
〈んー、ちがう〉
「違う?」
〈セイレイポイポイみたい〉
「セイレイポイポイ……?」
セイレイポイポイは精霊を食べる植物タイプの魔物だ。
口を開けて精霊が好きな星屑蜜に近い匂いを出し、近づいてきた精霊をむき出しになった胃袋の中に誘い込む。そして精霊が胃袋の中に入るとキュッと口が閉まる。キュッと。
ちなみに精霊はポイポイに食べられることも自然の摂理と割り切っていて、仲間が食べられてもその反応は
きゃはは、ざんねーん!
なのだ。
正直、あれは引く。
「……」
歩きながら、左手をあごに当てて考える。
精霊がそばにいることは閣下たちには告げていない。
精霊について話した場に宰相補佐のブロウスさんはいたけれど、ヴァレーヌ閣下には精霊についての話題は振られた記憶はない。
城に行った時にはこの子も一緒だった。
もしかしてその時に精霊が視える誰かに見られた……?
『ミリィ=セスのそばには精霊がいる』という事実は、間違いなく知られている。
そうでなければ、セイレイポイポイもどきを、狙って仕掛ける理由に説明がつかない。
そして面倒なことに、視える人間は基本的に視えると言わない。
「ヤミィ、あなた、いま野生のセイレイポイポイと戦ったら、勝てる?」
〈たべる〉
「勝てるか聞いたんだけど?」
〈たべる〉
「……」
食うのかよ。
ネームドならそこらの魔物には負けないということなんだろう。
確かに、私が会ったことのあるネームドの子たちは、みんな強い。
「あなた、魔術や魔法は食べられるの?」
〈やってみないとわかんないねぇ〉
「さっき、ポイポイもどきを食べてたじゃない」
〈じゃあたべられる〉
「狙って、食べられる?」
〈ちみっとなら、いけそ?〉
ちみっとか。今度確認だな。
とりあえず今は不意の攻撃魔法を喰ってもらえれば凌げる。
「ねえヤミィ、最速でお昼にありつくためにあなたができることは、私たちを狙ってきた攻撃魔法を食べることよ。ああ、食べる以外にやり方があるならそれでも良いんだけ……」
〈おっけーまかせて!〉
食い気味に返された。他にやり方はなさそうだ。
「よろしく頼むわね」
〈ミリィは さいきょうの たてを てに いれた!〉
「自分で言うなよ」
それじゃあちゃちゃっと解決しましょう。
この前、貴婦人を潜り込ませた時にも使ったカマキリの卵にしか見えない中継機。
あれにも使っている柔らかい粘着性の素材に、先生のカプセルを埋め込み、壁に貼り付ける。
そして魔法銃の弾倉に別のカプセルをこめてハンマーを起こし、廊下の先に向かって撃ち込んだ。空気の歪みがスッとクリアになる。
〈ゆがみ、なくなったー〉
ヤミィがバンザイして喜んでいる。効果はあるようだ。
「あんまり長持ちしないの。効果がある間に抜けるわよ」
〈らじゃー〉
***
一部屋ずつ中を検めながら奥へ進んでいく。
ない。ここもない。
ふと、窓の外に目をやる。
「……ん?」
おかしい。まったく景色が変わっていない。
「……はああ」
〈どしたのミリィ〉
「ちょっと気張ってたみたい。あなたのことと言い、余裕がなかったわ」
空間魔法。
この建物の中がまるごと空間魔法の有効範囲なのだ。
危ない、終わりのない廊下をさまよい続けて、私までポイポイされてしまうところだった。
でも。
「そうとわかれば話は簡単、破ってやろうぜ空間魔法!」
〈よっ、めいちょうし!〉
「セイレイポイポイってどこかで聞いた響きなのよね……」
〈ポイポイ!〉




