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殿下の子飼いは無害なコリス  作者: アカツキユイ


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57 おはなもげそう

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「よいしょっと」

 右足から軽く着地すると、足元で落ち葉がカサッと音を立てた。

 小山のようになっている森からは、ハーグレイヴ伯爵家が見下ろせる。


 ハーグレイヴ伯爵家の中に転移することもできた。

 けれど、商会の連中があそこにいるのだとしたら、周辺の警備が厳重になっているかもしれない。これは確認してラザリウス閣下に報告してやった方がいい。


「私ってば優しいなあ」


 魔道具の眼鏡をかけて邸周辺の様子を見る。

「特段変わった様子はなし、と」

 商会のやつらはやはり匿われているんだろう。でも転移はしてるかもなぁ、防犯対策が本当にザルだったから、転移しても検知できてなさそう。


 いるとしたら、やはりあの嫌な波長がたくさん出ていた一角か。


 いやなにおいがするぅ


 精霊が私の髪の毛の中に飛び込んできた。


「……匂い?私にはわからないんだけど」


 おはなもげそう


 精霊に鼻があるの?と思ったけれどあえてそれは聞かないでおこう。

 今までこの子がここまではっきり嫌だという反応を示すことはなかった。それがここまではっきり言っているということは、状況としてはかなり良くないと思った方がいい。


「あなたの鼻がもげるってことは、いいものではないわね」


 ミリィいくのー?


「行くわよ」


 いきたくないよー


「あなたは留守番でもいいわよ。ただ一つ教えて。私に悪い影響がありそう?」


 わかんない


「わかった。ついてきてくれてありがとう。あなたはここにいて」


 やだ、ついてく


「……でも、鼻がもげるんでしょ?」


 はなつまむ


「つまむ鼻、あるの?」



 つまむはなはある!と文句を言い続ける精霊を適当にあしらいながら、目を凝らしてハーグレイヴ伯爵邸を見る。


 嫌な匂い……異臭なら、私も近付けばわかる。

 だけど、もっと超感覚的な何かが“匂う”のだとしたら……あまり良いとは言えない。最悪、爆発もあり得る。爆弾処理の道具は持ってきてるけど、さすがにそれはない、と思いたい。


「しっかり髪の毛の中に入っていてね」


 らじゃー!


 もぞもぞと精霊が髪の毛の中に潜り込んだ。

 今一度装備を確認する。先生のカプセルもきちんとある。奇天烈な物はこういう時に役に立ったりするのだ。威力が過剰な場合も多いが。


 認識阻害魔術の威力を上げる。記録用防犯魔道具に反応しない、最高出力で。もちろん、法的にはアウトだ。


 先にアウトなことをやったのはどちらか、と、まあそういう話なのだ。第一、合成魔獣に圧縮結界なんてとんでもないものが出てきた時点で、国際的に取り締まられるのだから、私が何をやっても些事。


「正当防衛よね?」


 ぴょんぴょんと軽く跳んで身体の力を抜く。

 ブーツもいい感じに温まってきた。


 よっしゃ、ミリィちゃん、いっちょやっちゃいますよ!


 着地と同時に踏み出し、山を駆け降りる。

 鳥が羽ばたくこともない不気味な森を抜け、そのままハーグレイヴ伯爵家の裏側まで一直線。


「飛ぶからつかまっててね!!」


 塀の手前で強く踏み切ると、トビウサギのブーツの魔術を発動して高く跳び上がった。

 上空で魔法銃を手に取り、塀に取り付けられた防犯魔道具を狙い撃つ。さすがに全ては無理だ。この裏口側にあるやつをいくつか、ダメにできれば良い。


 狙った魔道具から、ボンと煙が上がるのが遠目に見えた。よしよし、これでオッケー。


 まだ跳ぶ場面があるかもしれないから、これくらいの高さで大掛かりな緩衝はしない。そのまま重力に従い落下すると、ブーツの最低限の機能で衝撃を殺して庭に着地。からの、一気に建物に向かって走り出す。身体をしっかり温めておかないと、何と対峙することになるかわからないからだ。認識阻害はバッチリかかっているから、人が見れば草がそよいだ程度のものだろう。


 この邸の警備の弱点はわかっている。というか弱点しかない。私がお暇してから、さらに脆弱になっている可能性もあるが。


 これから入ろうとする建物の前まで来た。


 うげぇ


「ここから?」


 ここから


「合成魔獣とか?」


 ちがう


「何の匂い?」


 きもち


「気持ち……感情?」


 どろどろ


「……前に見た伯爵夫人と家令、あれとどっちがマシ?」


 ぬめぬめ


 ヌメヌメということはあのナメクジ男の方がマシだったということだ。あれの方がマシ?どれだけよ。


「わかった、ありがとう。絶対に出ないでね」


 さーいえっさー


 ラザリウス元帥に裏から庭園にかけての警備はザルであると急いで連絡すると、静かにドアから中に潜り込んだ。



 おそらくこちらだろう、とあたりをつけて、建物の奥へ進む。

 確かに、空気が澱んできた。


 魔法銃を手にしてハンマーを起こす。

 いつでも来い、返り討ちにしてやる。


 そう思って開いたドア。サロンの中はがらんとしていて、しかし

「箱……?」


 テーブルの上に置かれた小さな箱。スコープを通して見ても特に反応はない。とは言え直接触れるのは危険だ。


 慎重に近づくと、突然ぶわりと嫌な気配が箱から噴き出した。


 その気配が一気にこちらへ襲いかかってくる。

 結界魔術を展開しようとしたその時、


 ミリィ、だめー!!


 ぴょんと髪から抜け出てきた精霊が、私をかばうように気配の前に飛び出し、そして。


 ばくん、と気配に飲み込まれた。

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