55 エキスがしみしみ、おいしい干し肉
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圧縮結界はあの小さな何かから発動したと断定して良さそうだ。
「……あの雰囲気、商会の人間ではなさそう」
室内でフードをかぶっていたのが気になる。あれは見られることをを警戒していたように見えた。
もしかしたら、あの上着自体に認識阻害の仕掛けがあるのかもしれない。
「貴婦人、今の男は魔力の記録を取れているのかしら」
貴婦人が目を赤く光らせた。答えは否。
……やはり認識阻害か。まるで正体を悟らせないために着ていたようだ。
解析そのものは先生が進めてくれる。私は自分のことをやろう。
その後の貴婦人の記録も確認するが、次にドアを開けたのは私だった。
ドアを開けた瞬間に、魔力計が一気に振り切れた。
……やっぱりトリガーは私か。
貴婦人が私の元に飛んできて、異変に気付いてポーチに入れたところで記録は切れた。
エネルギー切れだろうか。もう少し持つと思っていたんだけど。
「ありがとね貴婦人。あとで補充しましょ」
次に、中継機を魔法盤に載せて記録を確認してみたが、一切記録がなかった。
つまり、遮断されていたのだ。建物の中と外で、完全に。しかも、私が侵入する前から。
あの建物自体に空間系の魔法か魔術がかかっていた。
まあそれ自体はおかしくない。なんと言っても、大型兵器も収納できる大きな空間魔術を使っていたのだから。
「……」
しかしあの圧縮結界を仕込んでいった男。あれは明らかに誰かを狙っていた。
「……私、でしょうね」
私が非公式とはいえメルセオンにいることは、この国の上層部であれば知っているだろう。
これは私に対する警告なのか、それとも、殺すつもりで仕掛けられたのかはわからない。
わからないが、試されている。
あの圧縮結界野郎と、商会に直接の関係があるのかも、まだ断定できない。
結界については先生の解析結果を待とう。
チラリと外に目をやると、空はすっかり朝の色になっていた。
ミリィあさごはんはー?
「携帯食」
気が張っているこの状態で、のんびりとした食堂に顔を出す気にはとてもなれない。
あぷりこっとたべるー?
「……そうね、食べようかな。ていうか、元々私のだけど?」
お湯沸かそ。紅茶を淹れるかは沸いてから決めよう。
立ち上がると大きく伸びをして、首を回した。
***
携帯食は色々と揃えている。
食文化は国によって大きく異なるので、気に入った食事に出会えない時の消耗具合が凄まじいのだ。
今日は、先生が作っているミツノイノシシの干し肉をかじることにした。
精霊魔法で生ハムを作る、なんていうと十中八九どころか九十の人が何言ってるんだこいつ、という顔をするが、それを本当にやるのがイオルム師だ。頭がおかしい。
そして残った部位で作る干し肉も絶品。寒い夜に干し肉をかじりながら毛布にくるまってちびちびと飲むウイスキーは最高なのである。
……残念ながら日が昇ったばかりなのでウイスキーはお預けだ。
「終わったら酒盛りしよう……あ、あなたお酒は?」
ちみっとー!
飲むらしい。
「ふふ、じゃあ一緒に飲みましょ」
いえーい
干し肉を噛みながら、紅茶を薄めに淹れる。
奥歯で分厚い部分をしつこくほぐす。うう……うまみがにじみ出るぜ……。
唾液で干し肉を柔らかく、柔らかく。
ああ、ミツノイノシシ美味しいんだけど、シャモジカの干し肉が恋しくなってきた。今度先生に注文しなきゃ。
これを食べ終わる頃には、おそらく先生の解析結果も聞けるだろう。
人質たちがいるのはハーグレイヴ伯爵家でほぼ間違いない。
倉庫の荷物に取り付けた発信機のカプセルが仕事をしてくれればいいけど、貴婦人の記録が壁で完全に遮断されていたことを考えると望み薄だ。
装備をもう少し厚くして、白昼堂々ハーグレイヴ伯爵家へ突入するか?
私が雇われていた時のままなら、番犬たちも使い物にならないから楽勝ではある。
軍の包囲状況も関係するから、これはラザリウス元帥閣下に一度確認を取ろう。
「閣下、ちゃんとお休みになれているかしら……」
閣下をお帰しした時に使った転移痕の残らない転移陣。あれを使って転移すると酔うのだ。
とはいえ、ひどい乗り物酔い程度だが。
「ま、閣下なら平気でしょう」
ミリィたべながらしゃべるのおぎょうぎわるいー
「あんたは小姑か」
口の中で繊維だけになった干し肉を紅茶で流し込むと同時に、通信機であるイヤーカフが着信を報せた。
「はい、ミリィです」
『やあ!みんなが大好きな先生だよぉ』
「この前は『君の大好きな』じゃありませんでしたっけ」
『僕もレベルアップしたんだよぉ』
閣下たちに会ったことを言っているのだろう。
しかしあれから半日も経っていない。
「不可抗力とはいえお疲れのところありがとうございます。申し訳ないのですが今日は色々と詰まっているので、解析結果からお願いできますか」
『あーん、ミリィちゃんがパパにつめたぁい』
ぴえんと嘘泣きをしてみせた後、向こうで先生がまとう空気が変わった。
『この圧縮結界は、過去に三度使われた。どれも、国ごと消えてる』




