54 あの人のために生きる
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部屋に戻ると、さすがに力が抜ける。
「……つっかれた……」
ミリィおつかれー
「ありがとう、あなたもね」
装備は外せない。落ち着いた場所で作業したいから戻ってきたけど、このまま作業と……少し仮眠を取りたい。
「寝るか……」
オレンジペコを淹れるための砂時計を出す。
「この砂が落ち切っても寝ていたら、起こして」
ドライアプリコットを手渡しながらお願いすると、
まかせろー
力強い返事が返ってきた。
このアプリコットはファクトリア産である。流通量が少ないのを、ディアマンタさんに頼んで確保してもらい、大事に食べる。うまいんだこれが。
ベッドに寝るのは今じゃない。今横になったら、戦闘モードを立て直すのに時間がかかる。
座って壁に身を預ける。
少なくとも、ここは戦場ではない。
室内で空調も整っていて、快適。そして騎士たちがいるから外よりは安全。
大丈夫、眠れる。
自分に言い聞かせて息を吐き、目を閉じた。
***
……ああ、血の匂いだ。
鼻の奥に漂う血の鉄くささは、頭の中にこびりついて、簡単に思い出されてしまう。
灰色の空。生ぬるい風、べたつく雨。
爆発音、怒声、悲鳴。
焼けこげた匂い、見開かれたまま閉じることのない目。
両親を魔獣に襲われて亡くし、おじさんに連れられて隠れるように逃げ回っていた日々。
戦闘に巻き込まれ、おじさんが死んで、ろくに食べていなかった私も、幼いながらに、自分に明日がないことがわかった。
山の中は夜になれば獣が支配者。どっちにしても、生きる道はない。
あたしはもうがんばった。がんばったから、終わりだ。
薄れていく意識の中でそんなことを考えていた私を、引き戻したのが殿下だった。
『行こう。お前の目はまだ、生きたいと言っている』
本当なら、あの時私は死んでいた。
だから、私を死の淵から引き上げ、生を与えてくれた、あの人のために生きる。
『るいす』
目を開くと、かじられたアプリコットと光の粒がすぐ目の前に浮いていた。
おはよー
「……おはよう。夢、のぞいた?」
ちみっとだけー
「そう。別に怒ってないわ。美味しかった?」
あぷりこっとさいこー
「ふふ、わかる。美味しいよねそのアプリコット」
頭は多少スッキリしたから、作業もできそう。
うーんとひとつ伸びをして立ち上がった。
***
ポーチの中から貴婦人を取り出す。
名前に見合わないハードなお仕事でごめんね。板状の魔道具に接続した解析用の魔法盤の上に載せると、魔法盤が淡く光った。
「さてと……」
気になることはたくさんある。
でも今は、貴婦人が集めてくれた情報を漏らさず拾うことを考えよう。
タブレットに映し出される部屋の映像をじっと眺める。
……私にセンサーが反応したから男たちが部屋から出て行って、その後のしばらく動きがなく、記録を早送りする。
部屋に男たちが戻ってきた。私が転移で脱出した後だろう、慌ただしく荷物を抱えて出ていく。
『早くズラかるぞ!』
『ったく、なんで急に!!』
ズラかるなんて言葉使う人、まだいるんだなあ。
いつでも逃げられるように荷物はまとめていたのだろう。驚くほど撤収が早い。
男たちが出て行った数分後に騎士たちがバタバタと入ってきた。
『誰かいたか!』
『いません!!』
おお、ルキアン卿。ちゃんと仕事してるじゃないか。
騎士団も一通り部屋を検めて出て行った。
貴婦人はとことこと虫の歩みで壁を移動し、部屋全体をしっかり捉えられる場所を見つけるとぴたりと止まった。
さすが貴婦人。先生がリリス様を監視(先生は頑なに見守りだと言い張るけれど)するために作っただけある。
その後、部屋の中は異変なく刻々と時間だけが過ぎていく。
私があの建物に貴婦人を取りに戻るまで丸一日分の記録を早送りしながら、魔術が発動した形跡がないか、別窓に表示された波形の動きをチェックする。
画面の中で動いているのは時計だけ。
ということは、既にあの圧縮結界は仕込まれていた?
「……いや、違う」
私がこの部屋に入ったから発動した、勘ではあるけれど私は勘を外さない。
あれは、誰かが目的を持って仕掛けたものだ。
全く動きがないまま、画面を眺める目がしぱしぱしてきた頃。
静かに、ドアが開いた。
「……」
入ってきたのは、フードを目深にかぶった人物。顔は見えない。
体格からしておそらく男。
侵入者は部屋にある何かを探しているような動きを見せている。
元々、物はそこまでなかった部屋だ。この時にも椅子とテーブルくらいしかない。
何を、探しているのか。
『……ないか』
小さい呟きをしっかりと貴婦人が拾っている。声のトーンから、やはり男だろうと判断した。
ぐるりと部屋を見回したフードの男の目と、貴婦人の目が合う。
フードはもう一度部屋を見回すと、あきらめたようにため息をつき、頭をかいた。
……この感じ、覚えがある。
扉に向かって歩いて行くと、出際にポケットの中から何かを取り出し……扉のそばの壁際に置いて部屋を出た。
「これだ」




