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殿下の子飼いは無害なコリス  作者: アカツキユイ


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53/58

53 行きは良い良い、帰りは怖い

 公爵邸の近くまで戻った頃は明け方近く。

 既に使用人たちは動き出している。


「そう、出るのは簡単。問題は、入る方」


 こっそり出たのだ。入るのだって当然、こっそりしなければならない。

 それに服装がいかにも怪しい。泥棒にでも行ってきたんですか、と言わんばかりのやつである。……まあ間違いではないが。


「……跳ぶか」


 屋敷の周りの死角は把握している。そして、内側の配置も。

 今回は助走距離も、ブーツの起動も、余裕を持ってできるからいけるだろう。


 このブーツの材料である二羽のトビウサギは、私が自分で狩った。革を剥ぎ、なめして、肉は美味しく食べる。骨もそのまま素材にしたり、できないものは細かく粉状にして別のものに成形したりする。余すところなく、その命をいただくのだ。


 ブーツは細かいところの確認だけは先生にお願いしたけれど、製作は基本設計から全て、私がしている。


 魔力がないから魔法は使わない。

 魔術は学んだけれど理論通りには使わない。


 魔法は、『願い』と『意図』。

 何を願い、何を意図するか。


 逆に、一定の条件さえ満たせば自分が願い、意図した事象は発現できるのだ。

 先生には『そんなのやるのは振り切れたやつだけ』って言われたけれど、残念ながら私の周りには振り切れたやつしかいなかったのですよ、先生。


 なので()()()も端的に。

 呪文というほど格好良くもないので。


『モード:超跳躍(ハイジャンプ)

 しゃがんで両足のブーツ側面に刺繍した魔方陣の円をぐるりと指でなぞる。


「頼りにしてるよ、ウサギさん」

 そう、呼びかけると、静かにブーツはキュッと鳴いた。



 出る時はノイズを起こしながらギリギリを攻めて跳んだが、今回は違う。余裕を持って飛び越える。

 ぴょんぴょんと二度その場で跳ね、着地とともに地面を蹴り出し助走を始める。高く跳ぶ分踏み切りは塀からある程度距離が必要だ。

 正面から走り込んで両足を揃えて膝を深く曲げると、勢いよく跳び上がった。


 ああ、はい、競技上のセオリーは無視です。このブーツ(こたち)は両足揃っての跳躍が好きなので。



 飛行はしない。あくまで跳躍。とはいえ邸の三階と同じくらいまで跳び上がってしまった。


 ウサちゃんやるきぃ!


 髪にしがみついている精霊が小さくぴかりと光った。あんまり光るとバレるわよ……。


 そのままふわりと塀を飛び越え、庭園の池の近くに音もなく着地する。

 あれだけ高く跳んでしまうと侵入者のセンサーにも引っかからないだろう。これを防犯の穴だと言う気はない。


 あえて庭に着地したのは、ひとつ確認したいことがあったからだ。


 そして狙い通り、着地してすぐに番犬が数頭、勢い良く吠えながら走って来た。

 うんうん、そうそう、良い仕事。だけど、



「ちょっと君たち、黙ろうか?」



 殺気をまとってにっこりと視線を投げかけると、ピタリ、と犬たちが止まる。

 そして耳を寝かせて尻尾をしまい小さく震え始めた。


「よし、良い子ね」


 ミリィがオオカミだぁ


「リスよ」


 殺気を消す。

 じっと伏せったまま目を合わせない番犬たちが安全を感じられる距離の場所に、そっとしゃがみ込んだ。


「いきなり怖がらせちゃってごめんね。痛いことはしないわ」


 右手を出してそのままじっと待っていると、リーダー格の子が怯えながら私の前までやって来た。

 そのままクンクンと右手の匂いを嗅いでくる。

「うん、良い子」

 あごの下をそっと撫でてやると、少し力が抜けたようだ。


 そのままあごの下を撫でながら、左手で背中をポンポンと叩く。

「ちゃんとお仕事ができてえらいわ。私がちょこちょここうやって飛び越えて来ても、見逃してね。ちゃんと遊んであげるから。良い?」


 そう小声で囁くと、リーダーはぴこんと耳を立てて、ぶんぶん尻尾を振った。よし。


 この後、リーダーが心を許したのを見て、他の子たちがじわじわと近付いてきた。耳はもう寝ていない。興味はあるけどどう近付いたら良いかわからない、そんな顔をしている。


「はいはい、私は逃げないわよ。仲良くしましょ」


 心ゆくまで匂いを嗅いでもらう。全身あちこちをクンクンされているがまあそんなものだ。


 落ち着いたところで、ひとりずつ背中をなでなで、喉をかきかき、耳の後ろをうりうりしてやると……

 一番やんちゃそうな子が、こてんと横になってお腹を見せてくれた。

「ちょっとそれは気が緩みすぎよ」

 ふふっと笑ってお腹をわしわし撫でてやる。


 ピンと張り詰めて帰ってきたけど、この子たちと戯れて少しチャージできた。

 異変に気付いた巡回の騎士たちの気配を感じてサッと立ち上がる。


「仲間に入れてくれてありがとう。今度はたくさん遊びましょうね」


 名残惜しそうな子たちにそう声をかけると、みんなハッハッと息を吐きながらぶんぶんと尻尾を振ってくれた。可愛い可愛い。


 そして騎士たちがやってくる前にさっと植え込みの裏に回り込み、もう一度ブーツの跳躍で高く跳び上がると、するりとバルコニーからゲストルームに戻ったのだった。

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