49 それが私の生きる道
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「では私は少し休みます。閣下もしっかりお休みくださいね。ここからですから」
そう声をかけると、閣下は疲れを隠さない笑みを浮かべた。ちょっと盛りだくさんだったものね、さすがに私も、疲れたな。
「……風呂に、入るのか」
「はい、入ります」
「そうか。私も行こう」
「……話しかけてこないでくださいね」
「無論だ。私も静かに入りたい」
執務室を出て、二人で並んで廊下を歩く。
「閣下も一人でお入りになるのですか?」
「遅い時はそうだな。遅くなる日は着替えだけ脱衣室に用意させている」
「なるほど。ルキアン様は使用人側の脱衣所をお使いになるんですか?」
この前追いかけっこしたし……。
「あいつは基本的にそうだな。子どもの頃から剣を振るのが好きで、騎士団の連中と一緒に入っていた」
「ああなるほど、お兄ちゃんがたくさんいたんですね」
「そういうことだ……私も剣を持つのは好きなんだが、いつの間にかペンに変わっていたな」
「……ふふ、振ればよろしいのに」
「そうだな。たまには持つのも良いな」
「ええ、是非」
私はゲストルームに立ち寄る必要がある。
……むしろ今の今までよくドロドロのままでいられたな、私。スライディングして砂埃も立てたのに。
「では閣下、良いお湯を」
「ああ、ミリィ嬢も疲れたろう。しっかり疲れを癒してくれ。邪魔はしないから」
「はい。それでは失礼します」
ヴァレーヌ閣下と別れてゲストルームへ戻る。
装備を置いて着替えを持つと、大浴場へ。
最近一日の密度が濃くて、さすがに疲れるな……。
服を脱いで石鹸とタオルを持つと、湯殿へ足を踏み入れた。
高い仕切り壁の向こうからお湯を流す音がする。おそらく閣下だろう。
真っ先に洗い場に行き、頭からお湯をかぶった。
いやほんと、今日は泥だらけ、今日も!泥だらけ!!
ソファを汚さないように、さり気なく先生が清浄魔法かけてくださったのは知ってるけど、それでも頭は汚れている!!
オーダー品である森と柑橘の香りがする石鹸をもっこもこに泡立てて髪を洗う。さすがにキシキシだ。
つかれたねぇ
「ほんとね」
地肌もしっかりも揉みほぐし、ざばんとお湯をかぶって洗髪は完了。
同じ石鹸をもう一度しっかり泡立てて、今度は身体を洗っていく。
この石鹸は先生が薬の教えを乞うた、『天香の魔女』ヨランド様のお手製。ヨランド様にも可愛がっていただいている。
イオルム様も薬師として一流の方だけど、ヨランド様はお姉様枠なので色々と話がしやすい。女性特有の話になると、先生は生物学的な観点でフラットに話をしてくれるが、感情面での話を聞いてもらいたいときにはどうしてもくすぶるのだ。それが性差だと言われればその通りなのだが。
身体を隅々まで洗い泡を流すと、ふぅ……と息を吐いた。さっぱり。
さて、あったまろう。
なるべく音を立てないように湯船に入り、全身の力を抜く。
「はあああ……」
こえだしたらだいなしー
「……気持ちいいから仕方ないの」
ヴァレーヌ公爵家のお風呂は本当に湯加減がよろしい。めちゃくちゃ良い。
メルセオンには温泉がないって話だったけど、やっぱりお水の質が良いんだろうな。
男湯から話し声がする。ルキアン卿が入ってきたかな。まあ今日は静かに入りたいって話してるから、邪魔はされないだろう。
私も少し、自分の時間を。
「ちょっと潜るから、あんまり長く戻ってこなかったら呼んで」
おっけー
頭を浴槽の淵にかけ、目を閉じて身体の力を抜く。
思考のクロスをバッサバッサと広げ、心をお湯の中に解き放った。
私は水の中にいる自分をイメージしてぷかぷかするのが好きだ。
たぶん瞑想とは違う。前に先生に違うって言われた気がするから。
先生が作る大きな水球の中に入れてもらった時のあの心地よさに、還りたくなるのだ。
私の全てがお湯にとけていく。
先生、お元気そうで良かったな。
転移箱の解体、綺麗だったな。
相変わらず頭おかしかったな。
それなのに先生らしいこと言うの腹立つな。
……って気持ちはとりあえず置いておいて。
明日からはますます身体と頭を同時にフル回転させないといけない。
私は魔法が使えない。自分の身体と魔道具を駆使して戦う。
それが私のやり方。
殿下の隣に立ち続けるために選んだ、私の生きる道だ。
殿下の前では、可愛い『娘』でいる。戦場では『兵器』にもなる。
『兵器』呼ばわりは殿下が嫌がるから口にはしない。
そして、その目の届かない場所では、『身体』は使わないが『色』は使う。
「……殿下、現場を見たら幻滅しちゃうかもなぁ」
ただ、こればっかりは私に色を仕込んだ諸先輩方に苦情の申し入れをして欲しい。特にヨランド様は本当に色気がすごいのだ。私もたまにあてられる。
ミリィせくしぃかっこいいよー
「ふふ、ありがと」
さすがに今回はこれ以上色を使うことはないと思うけど、思うけど、ね。
「娘だからって必死に自分に言い聞かせて葛藤してる殿下、見てて楽しいんだよね」
ミリィわるーい
「ふふ」
わるミリィだぁ
「はっはっは!」
そこそこ声を張り上げて、ああそうだ男湯!と気が付くも、男湯は静かそうなのでもう上がったのだろう。
「さあ、上がろう」
あいあいさー
ぷこぷこしていた精霊と一緒にお風呂を上がり、急いで着替えてゲストルームに戻った。
いよいよストックがやべえことになってきました……。
ストック切れたらしばしお休みをいただくことになるかと思います。メルセオン編、年越しするかもしれませんが、中途半端に畳みたくないのでしっかり書きます(現実逃避の短編更新とかはやるかもしれません)




