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殿下の子飼いは無害なコリス  作者: アカツキユイ


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44 なんでも誑し込む男

ブックマーク・評価・ご感想ありがとうございます!

「わああ、これはお金かかってるぅ」

 執務室を出てすぐの廊下に置かれている転移箱を見て、先生が嬉しそうな声を上げた。


「昨日ミリィが応急処置したんでしょ?今朝塔から修理に行ってくれって依頼が来てたの。メルグリス翁(じいさん)の魔道具は割と代々大事に使われてはいるんだけど、どうしても壊れてしまえば数は減るからね。

 あと、設計図見たけどこれは爺さんが凝りすぎてるから普通の修理技師じゃ無理」


「基盤見ただけで先生と同じ狂気を感じました……」

 私の言葉にふふっと笑うと、執務室のドアの前から私たちを遠巻きに見ているヴァレーヌ閣下とラザリウス閣下を振り返った。


「君たちにとっても大切なものだろう。今日はあくまで下見だけど、見ていくと良い。きっと君たちの標になる」



 先生が転移箱にそっと両手で触れ、額を当てた。

「……何回も開けちゃってごめんね。今日は君を一番良い状態にするための確認だよ。君が大好きな子たちもそばにいるから、心を見せてあげてね」



 私も閣下たちの隣まで下がった。

「……ミリィ、嬢。イオルム師とどういう関係なんだ」

 ラザリウス閣下が、恐る恐る私に尋ねた。

「養父です」

「養父」

 ラザリウス閣下の復唱にこくりとうなずく。今は余計なことを話す暇はない。


「……お二人とも、本当に幸運でいらっしゃいますね。先生の解体洗浄(オーバーホール)は本当に美しいですから、しかと目を開いてご覧ください」


「洗浄までやるかはわかんないよー、状態見ないと」

 先生がこちらに呼びかけてくる。

「それでも、魅せてくださるのでしょう?」

「もちろん!可愛い娘に、格好良いところはみせないといけないからね」


 そう言うと、転移箱に向き直った。先生がまとう空気が変わる。おそらく、蛇眼を発現させた(おこした)のだろう。

 そしてパチン、と指を鳴らし、先生が結界を張る。耳元でこぽりと水泡が立つ音がした。



***


 イオルム師(せんせい)が一番得意とするのは水魔法である。極めすぎて液体になるものなら何でも扱える。金属すらも。


「あ、先生、外装をはずすのに鍵が必要ですよ!」

「……大丈夫、いらないよ」


 こちらを見ることなく、先生が答えた。

 心が通ったらしい。本当にあの垂れ目おじは人でも物でも心を開かせるのがうますぎる。



 先生がふわりと手を動かすたびに、外装がひとつずつ外れ、先生の周りをぐるぐると回る。

 私は外装しかはずさなかったが、先生は一度全てバラすつもりらしい。小さな指の動きでネジがはずれ、基盤たちが結界の中を漂い始めた。


「水の中……では、ないのだな」

 ヴァレーヌ閣下が小さく呟いた。

「……水の中、ではあります。呼吸も会話もできますが」


 部品たちに囲まれて、恍惚とした眼差しをしていた先生が、一枚の基盤を手に取った。

「へぇ」

 一言だけ発すると、チラリとこちらに視線を向けた。私が処置した基盤だろう。あの反応からすると、そこまで悪いものではなかったらしい。


「……ああ……」

 ラザリウス閣下が小さくうめいた。おそらく転移箱の記憶か、転移箱を通して自分の記憶を見ているのだ。私は干渉魔法系が通じないので、見えないが。逆に私はその方が良い。先生の仕事を見ることに集中できる。



 基盤がはずれ、内装もバラされていく。

 はめ込まれた魔石たちがまばゆい光を放って、結界の壁に星を映し出した。


 きれいだねぇ


「……ええ、本当にね」



「……うん、よくわかった。隅から隅まで見せてくれてありがとう」

 先生が宣言すると、すべてのパーツが本来の場所へ戻っていく。


 すうっと光が引いた時には、転移箱は元通り、静かに佇んでいた。

「魔道具師塔にも在庫がない素材が必要そうだから狩って来る。そんなに日数はかからないと思うけど、ミリィから話してるように修理が終わるまでは長距離転移はしないでね」


「……」

 ヴァレーヌ閣下の返事がない。ちらりと横を見ると、呆然とした表情で、静かに涙を流していた。

 果たして、自分の先祖たちの歴史に何を見たのだろうか。


 大人二人に目配せすると、先生は私の方を見た。

「はい!僕の今日のお仕事は終わり。ミリィ、ついでだからスベリンゴを受け取って帰るよ」

「はい、わかりました、すぐに」

 ポーチに手を伸ばそうとすると、先生がそれを言葉で遮った。

「部屋まで一緒に取りに行くよ。すぐに戻って来るから、おじさん二人は、少し話でもしておいて」



「すみません、先生、お手数をおかけしました」

 ゲストルームまで先生と歩きながら、お礼を言う。

 精霊が私の髪から飛び出して、先生の周りをぶんぶん飛んでいた。先生は神格持ちなだけでなく精霊魔法の使い手でもある。スペック盛りすぎ。


「ううん。あのおじさんたちには少し時間をあげないと、ここから急ピッチで話を畳み込むのは厳しいよ」


 あ。

「メルセオンまでご足労いただいたことを言ったつもりだったんですが、そうか、あの二人にも歩み寄るための時間が必要でしたね……」

「うん、そう。ミリィは最速で最適解を出すことをいつも意識してるから、時間が必要になる状況を見逃しやすい。特に歳をとると素直になるのに他人の目は障害になるんだ。覚えといて」

「はい、ありがとうございます」

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