41 仲が良いに越したことはないが
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奥には誰もいなかった。魔力残滓の検知をしたら転移魔法が引っかかったので、やはり転移はしたのだろう。
合成魔獣の痕跡はあくまで爪痕だけ。血痕などはないから、おそらく人的被害はない。
「……確かにこんなのがそばにいたら、おっかなくて大人しくする以外にないわ」
おそらく人は無事だろう。無事であることを願うしかない。
証拠を取らなければならないが、合成魔獣は魔法倫理に大きく抵触するからこの後が面倒になる。特に魔道士連中が出張ってくるとややこしい……。
――報告は後で考えよう。今は、証拠が優先。
『巡回は止めさせた……ここからどうする』
「閣下、ヴァレーヌ公爵家への転移権限はありますか?」
『……あるには、ある』
「ヴァレーヌ閣下には私から断りを入れます。詳しくは追って。軍本部に戻っていただいたところ申し訳ないのですが、ご自邸へ一度お帰りください。私もここから転移を使って出ます」
『わかった』
「閣下、大変申し上げ辛いのですが」
『……わかっている』
――思っていたより今まずいぞ、この国。
通信を切ると、ポーチの中から小さな箱を取り出す。手のひらにちょこんと乗るこれは、空間を複製し記録するための魔道具。
魔力残滓などもそのままそっくりコピーできる、先生特製だ。
最下層のこのフロア一帯を複製範囲に定めて箱の側面を押す……あれ、起動しない。ああ、そうか!
着けていたヘアピンを外してポーチにしまう。そしてもう一度箱の側面を押すと、箱が黒く光った。
「これも生体認証だから、他人の魔力波を着てる状態の私じゃ反応しなかったの」
ミリィひとりごとー
「……独り言も言いたくなるわよ、この状況」
複製内容を全てに設定したため、コピー完了まで少し時間がかかる……と言っても、三分もあれば終わる。
もう一度周辺を見て回る。食べ物は最低限あったのだろう、包み紙などが散乱していた。
片隅にあった椅子に腰掛ける。左手をあごにあて、目を閉じる。
「転移先はこの後追うとして――」
考えろ。私なら、どうやって今この国を落とすか。落として、どうするか。
労力少なく、効果は……そうね、最高じゃなくてもいい、そこそこ得られれば。
ほぼ機能していない王家、視野の狭い宰相、冷酷になりきれない元帥。
この国を手に入れて、どこに売る……売る?
「なるほど、食わせるか……」
ピン、と音がして、魔法箱の複製が終わった。
私がこれを使うことは稀だから、おそらく先生も気付いている。
「……おっさんの仲良し小好しが見たいわけじゃないんだけど」
仕方ない、お風呂のためだ。
「まずはここから片付けますか」
***
軍本部での処理を終えて、城下町の路地裏へ転移する。
カップルがイチャコラ始めていたところだったけれど、認識阻害は切ってないから私のことは見えていなかったはず。
表に向かいながら少しずつ認識阻害の出力を落とし、人混みの中で完全にオフにした。
人を隠すなら人混みの中なのだ。
「……さて」
夕暮れの城下町は、家路を急ぐ人たちの姿が微笑ましい。
途中でお気に入りのカヴァと燻製チーズを買い、ヴァレーヌ公爵邸へ戻った。
そして、夜の帳が下りた頃にようやく戻った私を玄関で待ち構えていた家令により、そのまま公爵閣下の執務室へ連行されたのだった。
「どこへ行っていた、ミリィ嬢」
わかっていて聞く。そうですよね知ってる知ってる。私に人を付けてたこと知ってます。
つまり私が町で黒塗りの馬車を前に華麗なフットワークを披露していたこともご存知でしょう。
その中にいたのが誰で、馬車がどこに向かったのかも。
「それを報告する義務が、私にありますか?」
にっこり。
「気になるだろう。馬車に乗り込んで消えたとなれば」
執務机に向かったままのヴァレーヌ宰相閣下は、機嫌の悪さを隠さなかった。
「まあ、それについては否定しません」
紅茶を淹れる準備が完全に整っている。これはつまり、淹れろということだ。
スッとティーワゴンの前に立つと、それを見て閣下がソファに向かう。
少し?結構?足りないと思うところはあるが、私はこの宰相閣下が嫌いではない。
紅茶を注いだカップをお出しすると、ヴァレーヌ閣下は黙ってそれを口にし、長いため息を吐いた。
「あの男についたのか」
「いいえ」
私の主はただ一人、それは絶対に変わらない。
まあ、今は首輪を引きちぎって、好き勝手やっているわけだけれども。
「どうだかな。あれと君はよく似ている。実際話も盛り上がったんじゃないのか」
盛り上がった?うーん、まあ盛り上がったか。盛り上がったといえばそうかもしれない。
「閣下、同族嫌悪という言葉をご存知ですか」
まあ、別に嫌悪しているわけでもないが。確かにあの化け狸は鼻っ面をへし折りたくなるワクワク感がある。
さて、話は急いだほうがいい。まだるっこしい戯れはもうおしまいだ。
「私と閣下の関係ですので、もう回りくどい言い方はしません。まずいです。思っていた以上に」
そう言うと、ヴァレーヌ宰相は怪訝そうな表情を浮かべた。
「まずい、とは」
「内通者がいます。下手すると文官、軍。どちらにも」
「!?」
紅茶を一口。はあ、やっぱり自分で淹れた紅茶が美味しい……。
精霊は空気を読んで何も言わずに皿の上のフィナンシェをちみちみとかじりはじめた。
今日はマカロンがなくて残念ね。
「商会が捕らえたと言っている冒険者と民間人の捜索が、軍の収容施設に入っていませんでした。そもそも、ラザリウス元帥閣下もこの件をご存知なかった」
「知らない、とは」
「誰かが意図してあえて元帥の耳に入れていない、そういうことです」
「……」
「ヴァレーヌ公爵」
私の呼びかけに、ハッとして閣下が顔を上げた。
「お二人は分断されていたのですよ、悪意をもって」
「……は」
「仲がよろしかったのでしょう?」
紅茶をさらに一口。
「……歳が近いこともあって、幼い頃からともに過ごすことが多かった」
ぽつり、とヴァレーヌ閣下が話し始めた。
「仲が良いというわけではないな、喧嘩ばかりだ。今の立場になっても、変わらなかった」
視線を遠くに投げて、閣下が小さく呟いた。
「……目も合わせなくなったのは、いつからだったかな」




