39 風呂には勝てん、風呂しか勝たん 2
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「……しかしミリィ=セス」
「……ミリィと。あなたとは楽しくお話しできそうなので」
「ではミリィ。私が呼んだと聞いても全く動揺していないように見えたが、予想していたのかな?」
予想?窓の外に視線を逃がしながら考える……まさか、予想などしたものか。あの王妃の頭がそこまで切れるわけがない。
「あの女の嫌がらせだろうと思っていましたので、依頼人がいたのは予想外でした」
「ははは。その牙は主人の前では隠しておくんだな。娘ほど歳の離れた秘蔵っ子がその眼差しで男を挑発していると知ったら、私が主人の立場でも耐えられん」
「ご心配なく。主には牙ではなく腹を見せておりますわ」
そう答えると、目の前の男は目を大きく見開きしばし呆然とした後、大声で笑い始めた。
お気に召したようで何よりだ。
ひとしきり笑うと、手巾で涙を拭いながら「はあたまらんな!」と息を吐いた。
「それだけ口も達者であればヴァレーヌ公爵家では物足りんだろう。我が家で丁重にもてなすぞ」
うーん。正直ちょっと魅力的。だけど。
「心惹かれるお誘いですが、お断りさせていただきます」
「ほう、理由を聞いても?」
「……ヴァレーヌ公爵家には大きな湯船がございますので」
「湯船」
「はい、湯船です」
風呂には勝てん。風呂しか勝たん。
「ああ、あとお食事も美味しいです」
にっこり。
「なるほど、あれは昔から風呂好きだからな。君も風呂が好きか」
「はい。湯加減も素晴らしく毎日の疲れも癒されます。あとヴァレーヌ家の蒸気浴もまだ堪能しておりませんので、移る予定は当面ございません」
「……はは、そうか。それは残念だ」
そう笑うラザリウス元帥の目が、わずかに揺れたのを見逃さなかった。
――いや、見逃せなかった。
「元帥閣下、ひとつうかがってもよろしいですか」
「良いとも。何だろうか」
「何故、宰相……ヴァレーヌ公爵と距離を置いていらっしゃるのでしょうか」
「……なぜそう思う?」
「勘です」
「勘?」
「私の勘は外れないのですよ、閣下」
じっ……と元帥閣下の目を見つめる。
これを聞くまで馬車を降りる気はない。今日はこのために外に出たのだから。
先生はこれを釣りだと言う。……当然、私の釣りの技術は先生譲り。
「……」
元帥はスッと視線を左に逸らした。過去を見るか。心ゆくまで振り返ってもらおうか。
「……洗いざらい話せとは言いませんけれど、ある程度はお話しいただけませんと、手を貸すに値するかも判断できませんよね?」
馬車の外を眺める。どうやら同じところをぐるぐると回っているようだ。元帥閣下の思考と同じように。
「少し、速度を落としてくださる?」
馭者に声をかける。返事はなかったが、蹄が刻むリズムが少し緩やかになった。あくまで彼の主人はこの男なのだ。それで良い。
しかし、私の読みが正しいならば、おそらくは。
「結論を先に言おう。王権を奪取する気はない。あくまで、私は」
「なるほど。担ぎ上げる存在がありますか」
「戦略を立てるのは好きだが、治世に頭を使うのは好まんのだよ」
はー、この人、たぶん頂点に立つのは向いてない。裏で糸を引くのが好きなタイプだ。
「ミリィ、君ならわかるだろう。盲目的に権力にしがみつく愚か者はいくらでも湧いてくる」
「はい」
「勝たせるのは好きだが、自分が勝ちたいわけではないのだ」
わかる。よーくわかる。心中お察ししちゃう。
「……ラザリウス閣下。このままでは、メルセオンは地図の砂漠に沈みますよ」
「……」
「これは昨日ヴァレーヌ閣下にもお伝えしました。ヴァレーヌ閣下も、理解しておいででした」
「……それを伝えて、どうする」
「それ、とは、ヴァレーヌ閣下に伝えたことですか?それとも、今あなたにお伝えしたことですか?」
「…………どちらもだ」
伝えてどうするか、か。
「ヴァレーヌ閣下は国よりも一族を見ていらっしゃるようなので少々視野がお狭くいらっしゃるように感じますね。ご子息も同様。あれでは王権を取り戻しても、また崩されるのは時間の問題でしょう」
「……そこまで見えていて、何が言いたい」
ギロリと鋭い視線が私を捉えた。ええ、ええ。良い目じゃないですか。ダンディなおじはたまりませんね。
「足りないのは、ラザリウス閣下、あなたのお覚悟ではありませんか?」
「……私の、覚悟だと?」
「少し頼りない、けれど大切なお友達を表立って支える覚悟です」
「……言ってくれるな、小娘」
「小娘であることも、申し上げたことも、事実です」
ふう、と息を吐く。
「お二人のお役目が逆だったなら、もう少し色々とやりやすいのでしょうね」
「……」
「ご事情はおおよそ把握しました。より詳しいお話はまた聞かせてくださいませ。……お呼びであればどちらにでも出向きますので。
…….ああ、そうだ。商会が捕えた人たちを預かっていらっしゃいますよね?彼らは無事ですか?」
「……何だ、それは」
元帥閣下の言葉に一瞬思考が止まる。
閣下を見ると、私の言葉の意味をわかった上で頭と心が全く一致していない、そんな顔をしていた。
なんてことだろう、すっかり彼らの安全は確保されているものだと思っていた。
「牢を全て確認してください。おそらく冒険者と……民間人がいます。
まさかご存知ないなんて」
閣下の顔が一気に引き締まる。
「本部へ!早く!!」
馬車が一気にスピードを上げた。
「すまんが力を貸してくれ。軍だけじゃない、国の威信に関わる」
「承知しました。閣下、商会の人間と直接の接触は?」
「代表だという男には一度会った。 きな臭さはあったが、まさか」
「……昨日私が潜入した時に聞いた従業員の会話だと、捕らえた人たちは何かに使うらしい、と。
まだいるとは思いたいですが、牢から転移で他の場所に移されている可能性があります。昨日、宰相閣下の指示で騎士団が商会に乗り込んだ時にはもぬけの殻だったそうなので」
軍だけではない、王城なども転移をはじめとした魔法や魔術の使用は厳しく制限されているものだ。
そして王立騎士団と王国軍は別系統。連携が取れていないのか、もしくは、誰かがあえて伏せたか。
「そうか……確か最奥の牢は傷みが激しいからと使っていなかったはずだ。もしもいるならそこだろう」
「監視魔道具にも映らない、最高レベルの認識阻害を使わせてください。私が堂々と入ると色々差し障ります」
「わかった、許可しよう」
「あちら側の者がいた場合、戦闘不能にする許可を」
「やむを得ん」
「しかし、騎士団が捜索で入っていると思ったのですが……」
「内通者、か」




