38 コリスの仮面
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「はーーおなかいっぱい!!」
久しぶりにビリヤニを食べた。やっぱり美味しい。
ラッシーも最高である。
エスニックは良い。あのスパイスの香りがたまに無性に恋しくなる。
カレー屋はあってもビリヤニはメニューにないお店が多いのだ。あの細いお米ですよ。あれが良い。
カブサも食べたいけど……それこそファクトリアあたりに行かないと食べられないかもしれない。ちなみにカブサは先生の家で普通に出てくる。あの家はいろんな国の料理が食べられるので、素晴らしけしからんのだ。
日用品店に行って基剤にする蒸留酒と植物油を買う。そうそう、フローラルな香り……うーん、フローラルとは違うけどバニラオイルでも良いかな。
材料をいくつか買って外に出ると、陽が傾き始めていた。
「かーえろかえろ、おうちへかえろー」
歌いながら公爵邸へ向かい歩き始めると、私の少し前で、黒塗りの馬車が止まった。
避けて通ろうとすると、馭者がサッと馬車から降り、私の行く手を塞いだ。
「……」
ちらりと馬車に目をやる。紋章は、ない。
一歩後ろに退きながらヘアピンに触れる。
「あのぅ、通れないんですけどぉ」
なんとか通ろうと右へ左へ動くが、なかなかやるなこの馭者、軸足が安定していてマンツーマンディフェンスが堅い。ドリブルで抜ける気がしない。ボールは持ってないけど。
「ええん、帰りたいんですけどぉ」
泣き真似をすると、客車の小窓が開いた。中から、声がする。
「一緒に来てもらえるかな、可愛いお嬢さん。帰りはきちんと送ると、約束しよう」
このバリトンボイス、嫌いではないな。
ジト目で馭者を見ると、わざとらしく恭しいお辞儀をしてきた。腰に差した剣の柄が鈍く光る。――よく手入れされている。
視線を漂わせて小さくため息を吐くと、開いたドアから馬車に乗り込んだ。
「はじめましてお嬢さん。私の名はラザリウス。この国の元帥をしている」
馬車が走り出すとすぐに、目の前の男は柔和な笑みを浮かべながら語りかけてきた。
……なるほど、ヴァレーヌ宰相とはまた傾向の違う、いけてるおじさまだ。
「それにしても――上手に擬態するものだね」
意味深にこちらに微笑んでくる。表情は変えず、黙ってその目を見つめ返すと、ラザリウス元帥はまた微笑んでみせた。次は、穏やかに。
「さすがかつて最凶の大剣使いと呼ばれたルイス=ソルヴィアンの子飼いといったところかな?ミリィ=セス」
「何のことでしょうかぁ。あたしはただのミリィですよぉ?」
あざとく首をかしげてみせる。きゅるん。
「はは、その白々しい返しも可愛らしいね。その服の下にいくつも暗器を仕込んでおきながら、よく言えたものだ」
――ふぅん。
「ただのにこにこおじじゃ、ないんですねぇ」
口調は可愛さ三割増、視線はアイスピック並みに尖らせる。
「……ただにこにこしたおじでは、軍を率いることはできんのだよ。君もよく知っているだろう」
面白くないと言外に鼻を鳴らしてみせる。
そんな私を見てきふっと小さく元帥閣下が笑った。
「第一、ただ可愛いだけのお嬢さんは、男を射殺すような目では見ないだろう?違うかな、ミリィ嬢」
まったくもってそのとおりだ。
窓の外に目をやると、明らかに公爵邸とは違う方向へ、馬車は進んでいた。
「送ってくれるんじゃないんですかぁ?」
「まっすぐ送るとは一言も言っていないね」
「……そうやって女の子をだまくらかすおじさんは嫌われますよぉ?」
「第一印象があまり良くないようだから、ここから嫌われようともダメージはないな」
……良い狸だ。なるほど、ヴァレーヌ閣下が言っていたことは正しいらしい。
「単刀直入に言おう。ミリィ=セス。国を救うために、力を貸して欲しい」
へぇ。
「……国を、救う?どうやってですかぁ?」
口調を戻すのも面倒になってきた、いけるところまでこのままいこう。
「ははは、その目の動き。今こうやって私と話しながら、いったいどれだけの算段をしているのだろうな」
「うへぇ」
これは完全な叩き上げだ。尋問と心理誘導に長けたタイプの。狸?冗談。化け狸だろう。
「君は知らないかもしれないが、私は過去に君を見たことがあるのだよ」
「……国際会議か何かですかぁ?」
おそらく去年あった国際会議だろう。確か参加国リストにメルセオンの名前があった。
「ああ。あのルイス=ソルヴィアンが君と話すときだけ、ほんのわずかに表情を和らげていたのが印象的でね。覚えていたのだ」
「殿下の表情はいつもおんなじですよぅ」
「はは、わかっているくせに悪いお嬢さんだな。その頭の速さも大変に魅力的なのだが、今回は単身で中隊を瞬く間に全滅させるという君の戦闘能力を是非とも貸していただきたいと、ソルヴィアン王国の王妃殿下にお願いしたのだよ」
こ・い・つ・か!こいつが犯人か!
しかもあのババア、例によって目的を伏せたまま私をメルセオンに寄越したのはそれが理由か!!
はー!!
……と、心の中で目の前の狸親父と、ここにいない王妃にひとしきり罵声を浴びせる。
時間にして零コンマ五秒。
「私の主は目的を知らされていなかったので、それはできかねますねぇ」
「……ほう、では、君の主が承諾すれば良いのかな?」
「それは無理ですねぇ」
軽く目を伏せた後、嘲笑うように元帥に向かってあごをしゃくりあげる。
「私はただのミリィですから。今は首輪も外れているのですよ、ラザリウス元帥」
ホルスターがわずかに見える角度で、これみよがしに足を組むと、組んだ足の上に肘をついた。
手首をくるりと返し、手の甲の上にあごを置く。
お嬢さんお嬢さんと舐め腐った口をきいてくる野郎には、その逆を叩きつけるだけだ。
「私より弱い男に与するつもりはないので、申し訳ありませんが諦めてくださいませ」
目を細めてしばらく私を見ると、元帥は小さく「……ほう」と言葉を発した。
「そんな君を飼いならしているあの男は、それほどの人物ということか」
「子飼いに甘いところはありますけれど、まあ、概ね」
脚を組んだまま背もたれに身をあずけると、あごを乗せていた手で自分の唇に触れる。
「ラザリウス元帥ともあろう方が、ソルヴィアンの歪みをご存知ないわけがない。……でしょう?」
そう言うと、元帥は両手を挙げて首を振った。
「その振る舞いは主にもするのかな、ミリィ嬢」
「まさか。主の前では可愛い愛玩動物ですよ」
「それが良い。あの堅物が泡を吹いて倒れる様子が目に浮かぶ」
「どうも」
ミリィじょゆうだぜー
「その気になれば男の子にもなれるけど?」
*ミリィの髪がベリーショートである理由はあくまでも髪の毛を洗った後に早く乾くから、です。男性に変装する時のためではないでぇす。




