37 ただただ面倒くさい
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まるで描き方の稽古のようだ。
メルグリス様のお手本は少しひび割れてはいるけれども、それはあくまで見た目の話。このひび割れをインクで補修していく。
先生も美しい回路を描く。しかし、蔦のように、時には迷路のようにうねりながら描かれたこの回路は、メルグリス様が歴代最高と呼ばれるその芸術性の高さをしっかりと表している。
気付けば、私は無心で回路をなぞり、そしてなぞり終えていた。
終点に向かう渦をくるくると描き中心点のひび割れをインクで埋めると、ふう、と息を吐く。
あああ、もっとなぞりたかった!!もっと堪能したかった!!!
……と大声を出してジタバタしたい気持ちはおくびにも出さず、ペンを置くと後ろの二人を振り返る。
「描き終わりました。乾いたら取り付けて、外装を戻したら完了です。
乾くまでに細かい調整をしてしまいますね」
後ろの二人は目を見開いたまま、その目は基盤に釘付けになっていた。
「……閣下?ルキアン卿?」
名前を呼ぶと、はっと我に返った二人が私を見て、詰めていた息を吐いた。
「一瞬だった……」
閣下の言葉に、ルキアン卿がコクコクコクとうなずく。
「はい。さすがメルグリス様のお仕事です。私もあっという間に終わってしまって、少し残念でした」
机代わりにしていた椅子の前から立ち上がり、裾を手で払う。
「基盤はこれで大丈夫です。あとは乾くまで他の箇所の細かい調整をします」
「ミリィ嬢、君は王兄殿下の補佐官なんだろう?なんで魔道具の修理なんてできるんだ?」
ルキアン卿の言葉に首をかしげる。あれ、ご存じないのか。てっきり妹君や公爵夫人からお聞きになっているものと思っていたが。
「私の養父は魔道具師なのです」
にっこり。
名前を出すのかどうかは閣下におまかせしよう。閣下を見て首をかしげながらもう一度、にっこり。閣下は苦笑いだ。
どうぞ、お好きになさってください。
「では、続きに取りかかりますね。どうぞお二人はお休みください。カギは明日の朝お返しいたしますので」
そう告げて続きの作業に入ったが、結局二人とも最後まで作業を見ていた。外装を戻すの手伝ってもらえて楽だったから、まあ良しとしよう。
一度お風呂に入っていたので、この夜のお風呂は諦めた。明日の朝、入る。
翌朝、起きて真っ先に、昨日商会に置いてきた偵察魔道具『赤い貴婦人』の状況を確認する。
頻繁に接続するとボロが出る可能性があったので、ぐっと耐えていたのだ。
板状の魔道具を立ち上げる。外壁に取り付けていた中継機に残っていたデータは、確認することができた。今は、
「……反応なし、しょうがないわね」
空間魔法で収納されてしまった場合、反応を検知することはできない。
反応があった時にイヤーカフに通知が来るように設定をする。
朝食をいただく前に、お風呂!
ここのお風呂は一日中温度が一定だ。朝は温度高めが好みの人もいるけれど、熱すぎないのが良い。
身体がゆるりと目覚めていく。
「ふわぁ……」
ミリィふにゃふにゃだねえ
精霊もぷかぷかと湯船に浮いている。
「……あなたもね」
ここからは怒涛の展開になるだろう。一瞬たりとも、油断はできない。
今日の予定を頭の中でイメージして、お湯から上がった。
午前中は仕込み。午後は……買い出し。ついでに何かが釣れれば御の字。
***
まずは道具の手入れを。
投擲ナイフ、そして二本の短剣を。柄にはめ込まれた魔石は、リリス様が贈ってくださったものだ。投擲ナイフにはめられている魔石は、先生から。
丁寧に油を塗り込み、磨き上げる。短剣に装填しているマガジン型の魔石も、ちゃんと魔力は満タン。
ぴかぴかだねえ
「そうでしょう。大事に使ってるの」
次にウエストポーチの中身。クズ魔石の残りを確認する。あとはカプセルの在庫を。
カプセルは先生の遊びの延長だ。昨日倉庫で使った発信機のほか、拡声機能やらなにやら……閃光弾や催涙弾として使えるものもある。
煙玉や薬のアンプルなども入っていることを確認。演習と実戦、どちらが先になるかわからないけれど、どっちが先になっても大丈夫。
武器は一通り扱える。基本的に全て特注……先生が嬉々として作ってくださるのでありがたく使っている。
「うーん……」
今回は銃撃戦になる可能性もあるから、こっちも準備しておかないとなあ。
銃器類を全て魔法袋から出し、大きなクロスの上に並べる。
さすがに今回狙撃銃は使わないだろうけど……片手で扱えるものは全てすぐ使えるようにしておいた方がいい。
「いや、狙撃銃は模擬夜襲で使っても良いのか……」
長剣も使えるけれど、機動性を重視するとあまり持ち歩くという判断にならないのだ。そのため、私の装備はいつもコンパクト。
「あとは嗅がせ薬の希釈……と」
これは午後に基剤を買いに行く。
それにしても昨日のメルグリス様の基盤、惚れ惚れするほど美しかった。今度魔道具師塔に行って絶賛して来よう。お小遣いがもらえるかもしれない。
「修理、やりたかったなぁ……」
公爵のご嫡男であるルキアン卿は、昨日の反応を見る限り少なからず私に対する印象を変えただろう。おそらく、良い方に。ただ逆に興味を持たせてしまったような気もする。
……面倒くさい。
人として好感を持たれるように努めてはいるが、異性や恋愛対象としての好意は要らないのだ。
この匙加減が本当に難しいことは身を以てわかっている。私と相手の感覚に大きな開きがあると勘違いが起きやすい。
もっとも、誘いは全て断るし、迫られたなら意識を奪うし、危害を加えられそうになったら私以外の誰に対しても二度とそんな気が起きないように徹底的に追い込む。
「それでも食いついてくる恋愛楽観主義者どもは全部殲滅したいわ……」
たまぁに戦闘狂に会うと似たようなことになる。
え?ああ、夢の国にお住まいの方は、徹底的にぶった斬って黄泉の国へ強制移住ですよ。コック■ーチくらい鬱陶しいので。
ルイス=ソルヴィアンの懐刀、侮られてはいけませんからね。『やるときはやるのです』。ちゃんと。
「内乱に巻き込んで亡き者にしてやれー、とかかなあ」
魔法銃の挙動を確認しながら、王妃の狙いを何となく想像してみる。それが一番あり得そう。
「残念ながら死んでなんてやらねえぜ」
やらねえぜ!
「おうよ、任せな」
どうも武器のメンテをしてると荒っぽさが出るな……反省反省。
「……大方、こんなもんか」
一通り終わって武器を全てしまい、小さく息をついた。時刻は昼を大幅に過ぎていた。
「お腹すいたな」
使用人食堂をのぞくと、ピークタイムは過ぎたのか人気はまばら。
今日の昼は軽めのメニューが多い……うーん、ガッツリ食べたいから外にしよう。
そのまま買い出しもしよう、と身支度を整える。今日はせっかくだから『可愛いピン』でもつけてみようかな。
赤と青の石がついたヘアピンで前髪を留めると、街へ繰り出した。
「悲観的現実主義者」と書いて「おとな」と読ませる曲をご存じの方、仲良くなれると思います。自分のルビはあの方々の影響を結構受けてます。




