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殿下の子飼いは無害なコリス  作者: アカツキユイ


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36/59

36 歴代最高の魔道具師

ブックマーク・評価・ご感想ありがとうございます!

 応急処置もやり方をきちんと確認した方が良い。その場で魔道具師塔に通信を繋ぐ。

 秘書のシャオさんが、すぐにメルグリス様へ取り次いでくれた。


『おおミリィ、久しぶりじゃのう』

「ご無沙汰しています、メルグリス様」

『最近みんな顔を出さなくて寂しいんじゃ、ミリィも早よ遊びに来い』

「わかりました」

 メルグリス(おう)のこれは社交辞令なので適当に流して大丈夫。


「時間がないので早速用件を。ナルーカ王朝の注文で製作した転移箱、わかりますか?」

『ナルーカ王朝……ああ、要望が多くて苦労したやつかのう?』

「要望の量はわかりませんが、一言で言うと超豪華です、お金かかってます」

『なんとなくわかった』


「今お世話になっている所にこれがありまして。点検技師の方が亡くなってから点検をしていなかった、という話で五年ぶりくらいに開いたんですが、数百年ものなので大がかりな修理が必要です。

 直近の長距離転移で、吐き気と頭痛が出た方がいるそうです」

『……ふむ。それは良くないのう』

「はい。ひとまず短距離の転移には耐えられるように応急処置をしようと思うのですが、回路の補強(なぞりがき)で大丈夫でしょうか」

『状態次第じゃが、お前が見てそれでいけそうか』

「見る限りは」

『なるほど、ミリィがそう判断するならそれでやってみぃ』

「わかりました」


『仕様図は塔に記録があるはずじゃから確認しよう。修理はミリィがやるか?』

「材料がどれくらいで揃うかにもよりますが、任務の一環で滞在しているに過ぎないので、今回は塔から修理技師の方を派遣していただけませんか」

『……ふむ。自信がないわけでは、あるまいな?』


「やりたい気持ちはありますが、メインは任務なんですよ、任務。

 殿下が国で私の帰りを首をダチョウよりも長くして待っているので、なるべく早く片付けて帰りたいんです」


 そう、私はこんなクソめんどくさい国のクソめんどくさい案件はとっとと片付けて、最後にいいお湯に浸かったらソルヴィアンに帰りたいのだ。


『相変わらずミリィは主人が好きじゃのう』

「私の全てですので」

『ふぉふぉふぉ、結構結構。後でシャオに詳細を伝えといてくれ』

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ぷつん、と通信が切れた。



「……というわけで、今日は簡単なメンテナンスと応急処置だけしますね。後日、魔道具師塔から魔道具師か修理技師の方が来てくださるので、その時にしっかり修理してもらってください」

「よろしく頼む」

 ヴァレーヌ公爵閣下が私に向かって頭を下げた。


「修理費用はかさんじゃうと思うんですけど、このまま使い続けると事故になりかねないので。ここらでしっかりやっておいた方が良いと思います。……これからのためにも」

 そう、この先この国がどうなるかは知らないが、他害ではなく転移の事故で取り返しがつかないことになるなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。

「わかった」


「じゃあ応急処置、やっちゃいますね。簡単な修理になっちゃったんであんまり見応えはないですし、お休みいただいて構いませんよ」


「このまま見ていても良いだろうか」

「それはもちろん良いですけど」

「ありがとう、そうさせてもらう。ルキアン、お前は休め。緊急出動で疲れただろう」

「……少しだけ見たら、寝るよ」


 ちらりとルキアンを見ると、真剣な表情で床に並べた外装を見つめていた。

 ……何か、思うところでもあったかな。



「外装は一人で復元できるので、眠たくなったら私に構わずお休みになってくださいね。明日からも大変でしょうし」

「そうさせてもらうよ」

「……ああ」




 処置をする基盤を取りはずす。少しヤケているとは思ったけど、傷みもあるかな。でも、数百年使っているにしては状態がいい。おそらく今までの技師の方の対応が良かったのだろう。


 魔法袋の中から出したグローブを両手にはめる。

「それは?」

「このグローブをはめて魔力を通します」

 私は基盤に通せるほど魔力がない。グローブをはめた両手をこすり合わせて、グローブに蓄えられた魔力を基盤に通すのだ。


 両手をこすり合わせて魔力を起こす。回路の入り口と出口に当たる部分に両手の人差し指を当てて、流れと滞りを確認した。うん、全体的に薄くなぞれば良さそうだ。


 状態を確認した後は、回路用のペンとインクカートリッジを取り出す。

「それは、応急処置用なのか?」

「いいえ閣下。高級品(ハイグレードモデル)にも使われる良質なものです。一般的な応急用だとこの転移箱全体の質と釣り合わないので故障の原因になります」

「ふむ」

 ペンにカートリッジを装填する。しばらく待つと、ペン先にインクが行き届いた。


 影響のないところに線を描く。始点と終点に先ほどと同様、両人差し指を置いて魔力を通す。……うん、大丈夫そうだ。


 あぐらを描いて基盤を……と思ったが、そうだ、ここは執務室のすぐそばだった。

「閣下、大変恐れ入りますが、執務室から椅子を一脚お借りしてもよろしいでしょうか」

「構わないが……何に使う?」

「机代わりにいたします」

 そう答えると、閣下は目を丸くした。

「執務室の机を使えば良い」

 ありがたい申し出だが、静かに首を振った。

「転移箱本体が見える場所の方が良いんです」


「……どういうことだ?」

「電源は切られた状態ですが、魔石たちはわずかに魔力を発しています。微弱でも魔道具が放つ魔力を感じながら描いた方が仕上がりが良い、という考え方がありまして。私はどうやらそれのようなのです」

「なるほど、わかった」


 閣下が執務室を振り返ると、ルキアンが椅子を一脚運びだしてくれていた。

「使え」

「ありがとうございます」


 椅子の上に基盤を置き、二人を振り返る。

「近くで見ていただいても良いのですが、集中しますので、描き終わるまでお静かにお願いします」

 黙ってうなずくお二人の首の角度やそのスピードを見て、親子だな……と思いながら、正面に向き直った。


 ミリィふぁいおー


 精霊の言葉に目でうなずき返し、基盤を見つめる。


 メルグリス様がお描きになった回路。本当にメルグリス翁の魔道具は中まで美しい。歴代最高の魔道具師と呼ばれるに値する。

 単純に魔法使いだからではないのだ。五大魔道具師に挙げられる中にヨルム(せんせい)の名前もあるが、残りの三人は普通の人間である。


『芸術家気取りの時代もあった』とかつて笑っていらしたけれど、おそらくその頃の作品に違いない。

 引退間近の作品は、美しさはもちろん、使いやすさ、メンテナンスのしやすさも考えられたものだった。……指摘はしないが、目が衰えて細かい回路が描けなくなったのもあるだろう。


 機会があればこのナルーカ王朝のために作った転移箱の話も聞いてみよう。

 ――今はこの芸術品を、永く生かし続けるために全力を尽くす。


 目を閉じて息を吸う。身体の中に入る空気とともに意識を内側へ引き込み、集中力のギアを限界まで上げると、目を開く。


 いざ。


 静かにペン先を回路に置き、伝説の魔道具師が描いた軌跡をなぞり始めた。

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