35 それはそれ、これはこれ
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「……何でしょうか、ルキアン卿」
顔を上げ振り返ると、シャツにトラウザーズ姿のルキアンが立っていた。……色々と台無しだ。
「何はこっちの台詞だろう。我が家の大切な転移箱に何をしようとしていたんだ」
「……」
これからとても良い仕事に触れさせていただくのに、余計な感情を抱きたくない。
静かに、まっすぐ。ルキアンを見据える。手は出さない、視線で刺す。
「……っ」
ルキアンがたじろいだところで、閣下が執務室から出ていらした。
「探すのに時間がかかってしまった」
「父上!この女が転移箱に細工をしようと!」
御父上の登場で息を吹き返したルキアンが大声で喚き立てる。
「……出動ご苦労だった。少し黙っておけ」
父親に制され、息子は不満そうに黙り込んだ。
ああ、そうか。商会に乗り込んだのは今日だったか。いけないな、今日は密度が高すぎる。
改めてルキアンを眺める。さっぱりとしているから湯上がりだろうが、まだ精神は昂っているだろう。悔しそうにこちらをにらんでいた。
「ミリィ嬢、すまない。……日を改めるか?」
閣下がカギを手渡してくださる。
「いいえ、今日やりましょう。後々の転移で事故につながってはいけません」
閣下は真剣な目でこちらを見た後、静かに、大きくうなずいた。
「疲れているところ申し訳ないが、よろしく頼む」
「かしこまりました」
カギを見てみると、こちらも魔石が埋め込まれている。彫金が美しい。
「閣下」
「何だろうか」
「外装をはずすお手伝いをお願いできますでしょうか。一人でもできるのですが、せっかくですから」
「ありがとう。……息子にも手伝わせて良いだろうか」
末永く使ってくださいとお願いしたばかりだ。リュシア嬢がこの先無事に王太子に嫁ぐなら、この家を継ぐのは当然長男のルキアンになる。受け継ぐ者として、何かを感じてもらいたいのだろう。
……ルキアンが私に対して敵対心を抱いている今、余計な思念が残る可能性があるので触らせたくない、が。そういったものも含めてなんとかするのが一流の技師。
『それはそれ、これはこれ、だよ、ミリィ。問題はちゃんと切り分けること』
いつか先生に言われた言葉が頭をよぎる。
「……構いませんよ」
静かにそう答えると、閣下が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
出入りする扉の脇にある鍵穴に、静かにカギを差し入れる。
外装に埋め込まれた魔石が一斉に淡く光り、そして息を吐き出すように静かに光を失った。
この転移箱は、一度円筒状に仕上げた外装を切り分けている。円筒を上からかぶせることも不可能ではないが、逆にそれをしてしまうと、メンテナンスの際は内側からのアプローチが原則になる。
――工房に持ち帰れば外装の円筒をまるっと引き上げることもできなくはない。だが預かり修理ではなく一流の技師を邸に呼べることがステイタスになっている国もあるのだ。
また、作品としても魔道具師の腕が悪いから外装の豪華さで誤魔化している、と言われてしまうことがある。……面倒くさい。
切り分けた外装を加工して継ぎ合わせることは、外装を仕上げる職人と機構を作り上げる魔道具師、それぞれの高い技術を証明することに繋がる。
そう、せっかく円筒で完結しているのだ、切り分けないでツルッと仕上げたほうが絶対的に不具合は少ない。でもあえてそれをやる、というのが、職人たちのプライドでもある。
……まあ、部分的に損傷したとき、外装が分割されていたほうが修復はやりやすい。
でもこれだけ仕上がってると修復した時に跡が目立ちそうだから嫌だなあ。壊さないで使ってくれ、この近くでは暴れないで……というのが本音の本音。
「まずは扉からはずします。扉が落ちないようにお二人で持っていただけますか」
「わかった」
「……」
二人が扉を両脇から持ったことを確認して、蝶番のネジをはずしていく。ネジの素材もかなり高品質だ。おそらく魔法合金だろう。
「ネジを外したので、ゆっくり引いてください」
ガコン……という音とともに扉がはずれる。
「立てかけると万が一倒れた時に損傷するので、床に並べていきましょう」
二人に告げると、小さく閣下がうなずく。
「……一人で持つには、重たくないか?」
ルキアンのつぶやきには、曖昧に微笑んで見せる。重たいですが持てますよ。鍛えているので。
その後も一枚ずつ外装をはずし、床に並べていく。定期的にメンテナンスしているなら一部だけはずせばいいが、五年ぶりとなると一度全部取って確認したほうが良い。
全て外装がはずれると、内側は大小さまざまな大きさの基盤が固定されている。魔方陣と魔術式、そして魔術回路がびっしりと描き込まれていた。
「……さすが前王朝時代に作られただけありますね……織物みたい……」
思わず感嘆の息を吐く。魔方陣や魔術式の改良は日々進んでいる。今もしも再現するとしても、ここまで複雑ではない、シンプルな見た目になるだろう。
「美しいな」
閣下の言葉もため息混じりだ。静かにうなずきを返す。本当に、これは大変いい仕事をしてますね。
中の状態をチェックしていく。転移陣の基本設計は頭に入っている。内側もひとつの作品であるかのような配列。
「最後に長距離転移をなさったのはいつかわかりますか?」
「……三ヶ月ほど前か、領地の視察に出る時に使った」
「なるほど。その時に何か感じられたことはありますか?」
「特にな……いや、書記官の一人が向こうに着いて体調を崩した」
「なるほど。頭痛などでしょうか」
「頭痛と吐き気と言っていたかな」
転移酔いだろうか。射出精度が下がれば、転移によって肉体が受けるダメージも大きくなる。
「過去には」
「なかった」
「なるほど、わかりました」
基盤が少しヤケている。数百年使っていたらまあ傷むのも当然か……。
「長距離転移の予定はないですよね?」
「現状はないな」
「ありがとうございます。材料を取り寄せての大がかりな修理が必要です。日常的な近距離の転移は応急処置するのでできますが、修理が終わるまでは長距離転移はやめてください」
「わかった」
「作者は確認できたので直接問い合わせます」
「直接、ってもう百年以上経っているんだろ?生きてるわけがない」
私の言葉をルキアンが鼻で笑い飛ばした。まあそうだろう、普通なら。
「現役は引退されていますが、ご存命です」
「……は?」
「この転移箱は、『魔道具師塔』の長であられる剛砕の魔法使い、メルグリス様が作られたものです」
「え?」
「魔法使い……称号持ちの方は、数百年生きられるのですよ」
メルグリス様は「君のために僕は人を捨てた」(通称きみすて)にそこそこ出ていらっしゃいます。好々爺ですがとにかくお酒が好きです(そして魔法使い界隈はお酒に酔いません)




