34 奪われたものを取り戻すことは
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「我がヴァレーヌ公爵家は、メルセオンに倒されたナルーカ王朝の末裔でもある」
「はい、存じております」
だからあんなきらびやかな転移箱があるのだろう。おそらくあれは、ナルーカ王国がメルセオン王国に替わろうという混乱の中で持ち出されたものに違いない。
「奪われたものを取り戻そうとするのは、間違っているだろうか」
「……街で子どもに聞かれたら、正しいと答えますね」
だが、今この男が取り戻したいと話しているものは、おもちゃではないのだ。
「しかし、ナルーカ王朝が滅びた理由は、ひときわきらびやかなものを愛されたからだ、というのが史実でしたよね?」
「確かにきらびやかなものが好きだったようだが、代々受け継がれたものを身に着けていたに過ぎない、という説もあるのだよ。事実、城に残る記録には湯水のように貴石や貴金属を買った履歴は残っていない」
――それは正しく記録されていればの話だろう。ここで問いただすつもりはないが。
「なるほど、その話は今は置いておきたいところですが、今の話を伺うと少し複雑になりそうですね」
「……何がだ」
「落とし所を、どこに持っていくのか。最終的に閣下がご存命の間に何をなさりたいのか、です」
紅茶を一口。
そしてマカロンを丸ごと口に放り込み、咀嚼する。もぐもぐ。
ミリィおぎょうぎわるーい
良いの、わかってやってるから。
しっかり噛み締めて飲み込んだ後に、渇いた口の中をもう一度紅茶で潤す。
「おそらく、今のメルセオンのままでは、そう遠くない未来に地図から消えます。傀儡政治を行っても、王権を奪取しても……おそらく結果は同じ」
ギリッ……宰相閣下が奥歯を噛み締めた。そんなに強く噛みしめると、歯が割れてしまいますよ……。
「言ってくれるじゃないか、ミリィ嬢」
実際、かなり危ういのだ。
ヴァレーヌ閣下も泳がされているに過ぎない、そんな気がする。確実に、黒幕もしくは優秀な頭脳がいる。
それが軍なのか、はたまた文官たちの中にいるのかはわからないが。
うーん、マルセラ嬢に言った『逃げる』は実は一番いい方法なのかもしれないぞ?
「他国に併合されたところから独立するよりも、奪われた王権を取り戻す方がまだ労力は少ないとは思いますけどね」
「……」
さて、どうする。
というか別に私がここでこんなにがっぷり国の行く末に絡まなくてもいいんだよなあ……。
――ただ、成果を殿下に持ち帰るのであれば。
戦争を未然に防いだ、無辜の民を守った……くらいのやつは必要かなあ。
うちの国から見て、あんまり旨味はないんだよなメルセオン。
殿下は腿に肘をつき、テーブルの上から視線を外さない。
あ、フィナンシェまだ食べてなかった……ここで手を伸ばせる雰囲気じゃないな、今日。
ふう、とひとつため息をつくと、閣下がハッとして顔を上げた。
「捕らえられている人命の救助は急がなくてはいけないと思いますが、これが争いの直接の火種になる可能性はまだ低い気がします、勘ですけど」
両手の指をかみあわせて、うーんと上に伸びをする。
「今日の話はこれくらいにしましょう。
話は変わるのですが、転移箱の中を見せていただいても良いでしょうか」
そう尋ねると、閣下は怪訝そうな表情を浮かべた。
「中?転移箱の中に戻ってきたのではないのか」
「ああ、失礼しました。基盤の確認をしたいのです。外装をはずす必要があります」
「……構わないが、どこが悪かっただろうか。それ以前に、ミリィ嬢は魔道具もいじるのか?」
「はい。作ることもありますよ。世界指折りの魔道具師が養親ですからね」
ソファの傍らに置いていたポーチ型の魔法袋を膝に置く。この中には魔道具のメンテナンスに使う工具が入っているのだ。
「到着時の振動が、この型にしては大きかったんです。円筒形は最高級品。魔石を繋ぐ回路が寿命なのではないかなと。輝き方が弱々しかったので。
お掃除も行き届いていて大切にされているのはよくわかります。ただ、年代物でもありますし、気になって」
「なるほど。私も見学して良いかな?」
……修理の手を動かしながらまた別の話題を振ろうと思っていたけど、この感じだと転移箱を見てあれこれ質問されるかもしれない。
「構いません。ご先祖代々大切になさっているものだと思いますので、是非ご覧ください」
執務室を出てすぐの場所にある転移箱の前に、閣下と二人で立つ。見張りは下げてもらった。ここならば防犯魔道具で見える範囲だし、あまり人がいると気が散るからだ。
「父の代の頃から定期的に点検に来てくれる技師がいたんだ。その人が五年前に亡くなってからは、新しい人を探す時間もなくそのままになっていた」
「そうでしたか」
美しく植物の模様が彫り込まれた外装。散りばめるように埋め込まれている魔石はおそらく転移する時に光るんだろうな。
「ここまで工芸品としての価値が高い転移箱は、滅多にお目にかかれません。お手入れをしながら、是非後世まで大切に使ってください」
「そうか。メルセオンの前、ナルーカ王朝時代につくられたものだと聞いている」
やっぱりか。
「……それ、メルセオン王朝が興る時、混乱に便乗して王城から奪ってきたのでは?」
「……」
周りをぐるっと回って外装の外し方を確認する。ああ、これは本当に美しい仕事だ。
「閣下、カギをお持ちですか」
「ああ、執務室にあるな。持ってくる」
執務室に入っていく閣下の後ろ姿を見ると、転移箱に向き直った。
きれーだねえ
マカロンを食べてコロコロしていた精霊が、ぴょこんと現れた。
「……ええ」
そっと両手で外装に触れる。作られてから二百年はくだらないだろう。
だいたい魔道具にはどこかに職人の名前が入っている。この転移箱はおそらく外装と中身を別の職人が作っているタイプ。名前を見るのが楽しみだ。
額を外装に当て、目を閉じる。これの制作に携わった人たちへ思いを馳せていると、
「何をしているんだい」
後ろから声がした。




