33 私の居場所
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部屋に戻ると、殿下に通信を繋ぐ。お風呂に入っている間に着信があったのだ。
「ミリィです」
『ああ。先ほどの件、一報を入れておいたからお前から連絡しても問題ない』
「ありがとうございます、助かります。
……思っていた以上に、国際的な犯罪の匂いがします」
『……そうか。先ほど転移を使ったのは、そういうことか』
「はい」
腕輪の魔力を使うと、殿下にはわかる……そういう仕様ではないはずなのだが、わかるらしい。なぜだかは知らない、知らない方が良いことも、世の中にはたくさんあるのだ。
ディアマンタさんが言っていた、革命の息吹。蝶の羽ばたきのように世界中に広がっていくかもしれない。
犯罪が犯罪でなくなる日、悪が正義になる日。
価値観や倫理観が、塗り替わる日。
そんな日が訪れることも、あるだろう。
『ミリィ』
「はい、殿下」
『どこまで、読んでいる』
「……推測の域を出ませんので」
その問いには、答えない。
――推測でしかないからだ。
私も、山からカードを取り、要らないカードを捨てながら勝ちを探っている真っ最中。
そしてそんな私も、手板を殿下に託し踊っている傀儡……ではないな、ごめんなさい、傀儡どころかじゃじゃ馬でした。
「殿下」
『どうした』
「……少し深く潜るので、しばらくの間、連絡は控えさせていただきますね」
特にここから数日の展開が読めない。どう転ぶか、誰が接触してくるか。
ヴァレーヌ公爵邸にいることは半ば公になっているようなものだが、主の立場を悪くするわけにはいかない。
『……そうか。ミリィ』
「はい」
『生存報告信号はよこせ。あと、毎晩腕輪はクロスの上に置いて寝ろ、魔力の補充はする』
「御意に。状況が落ち着きましたら連絡します。何かあれば、先生を通してご連絡ください」
『わかった。……ミリィ』
「はい」
魔方陣の上に置いていないのに、腕輪の魔石が強く光った。
『必ず戻れ』
「当然です」
間髪入れずに答えた。
考えるまでもない。
私の居場所は、殿下のそば以外にないのだから。
「……」
通信が切れ、しばらく腕輪を見つめながら黙り込む。
おそらくこの数日で、動きはある。
仕掛けるか、それとも。
「まあ、無害でいたいもんですね」
――そう、手を出されない限りは。
嗅がせ薬の準備をしていると、備え付けの通信魔道具が光った。
「……はい」
『執務室に来られるだろうか、今日の話が聞きたい』
「十分ほどで、お伺いいたします、閣下。せっかくですので、とっておきの茶葉をお持ちしてもよろしいですか?」
***
私が執務室に入ると、閣下は早々に結界魔道具を起動した。しかも、かなりの高出力で。
今日の話も聞かせられない、と、そういうことだ。
当然、お互いのために扉は開け放たれている。今日の見張りは一人。まあ人数はさほど問題ではない。
「軍に関する噂は、共有いただいていなかったので驚きました」
紅茶をカップに注ぎながらそう告げると、ヴァレーヌ公爵――宰相閣下は小さく鼻で笑った。
「噂、か」
「あまり関係は良好ではないのですか?」
「昔は良かった」
なるほど、今はそうではない、と。
「そうですか。元帥閣下は、メルセオンを軍事国家にした立役者であるとか」
「……ああ」
昼寝から復活した精霊はお気に入りのストロベリーのマカロンをちみちみと食べている。
私のお気に入りであるピスタチオ味は独り占めである。しめしめ。
「今日潜入した商会には、兵器の在庫がありました。これはマーセン殿には伝えていません」
「……ほう」
「彼らがその兵器の取引を持ちかけようとしている相手が、メルセオンとは限りませんので。仮にメルセオンだとしても、国軍なのか、王立騎士団なのかで話は変わってきますし」
「……」
ここで黙るか。
「単刀直入にお聞きしますね。取引を持ちかけられたことは?」
「……ない」
「接触を図られたことは?」
「……ない」
ないと答えざるを得ないだろう。仮にそれが、嘘であっても。
「そうですか。でしたら国軍でしょうか。まあ、軍の方が規模も大きいですし、売上も立ちますからね」
「……君は、向こうに付くのか」
「さあ、どうでしょう。こちら以上に良い条件のお風呂もなかなかありませんからね。
……源泉かけ流しの露天風呂をちらつかされたら考えます」
「結局風呂か」
「はい、お風呂は大切ですよ?閣下もよくご存知でしょう」
「ははは、違いない」
殿下とお風呂談義をしたいという密かな望みは、果たして叶う日が来るのだろうか。
「しかし残念ながらこの国は温泉は出んのだよ。なので源泉かけ流しの提案はない。これで安心だな」
「そうですか……残念です」
おそらく水質そのものが私の肌に合うんだろうな、ここ。
「……しかしミリィ嬢。どう動くつもりだ」
「あれ、昨日申し上げませんでしたか?私は駒ですよ、と」
「こんなに勝手に飛び回る駒があるか。……まったく、君の主人はさぞ日々胃が痛い思いをしているのだろうな」
「そういえば、殿下も胃薬は欠かしませんねえ」
「誰のせいなのだろうな」
「さあ?」
そう答えると、宰相閣下は苦笑いしながら紅茶を口にした。
「……やはり。これはセイランディアの茶葉だな」
「さすが閣下。この柑橘の香りが好きなのです。考えごとをする時によく飲むのですよ」
「悪くないな」
「ありがとうございます」
今日は昨日の話し合いを経て、もう一段階深い腹のさぐりあいだ。
「冒険者にも一般人にも行方不明者が出ていると聞いていますが、商会の男たちが捕らえているという人たちが、これに該当するかはわかりません」
「そうだな」
「それと、私は緊急の事態でない限り救出には携われません」
「……そうだな」
「ファクトリアでもない、ほかの国……勢力の影を感じます。こうなってくると閣下、どこを落とし所にするのかが重要です。当然、閣下ほど聡明な方であればおわかりのことと思いますが」
「……それは皮肉かな?」
「どのように受け取っていただいても」
おそらく、かなり前から目をつけられていたのだろう。この国は。
不安定さが国外に露呈してきたところで、一気に腕が伸びてきたのだ。
――我が国ソルヴィアンの王妃殿下が私をここに飛ばしたのも、もしかしたら。
ああいや違うな、あの女はカゴの中しか知らないからこんな外の国のことは考えてない。
……となると、生家の入れ知恵か。面倒だなあの侯爵家、早くつぶしましょうよ殿下。どうせやるのは私なんですから。ぷちっと。ぷちっとです。




