31 しまわれる前に逃げる
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この虫型偵察魔道具は先生が開発した頃よりも高性能になっていて、私用にカスタムしてもらったこの型――通称『赤い貴婦人』は周囲の色に同化でき、熱感知も可能。
熱感知を使って生体反応を割り出したいのだ。中の様子も見たいが、それは二の次。不自然に人が多ければ、行方不明者の可能性がある。
壁沿いに姿勢を低くして、意識をスコープとイヤーカフに集中させる。あの子が動く速さは虫並み。飛べれば全容も把握できるけど、それ以前に飛べる環境なのかをまず確認しないと。
てこてこと歩きながら貴婦人が周辺の様子を映してくれる。
貴婦人は自動検知モードにしてある。余計な指示を出すと波長の行き来で察知されやすくなるのだ。
「……二人」
扉の向こうに二人いる。熱感知のフォルムからして椅子に座っているからこれは商会の人間だろう。
床とドアの隙間から、貴婦人が部屋の中に入った。
『スベリンゴ、まだ諦めないんすかね』
『あれは金のリンゴだってボスが言ってるからな』
『ツルツル滑るけど金属じゃないっすよね』
『俺もよく知らねえけど組み合わせ次第でなんとか、っつってたな。捕まえてる奴らで試したいとか言ってたな』
捕まえてる……やっぱり、捕まってるのか。
それよりも組み合わせだ。私が引っかかっていたことが気のせいでないのなら、おそらくは。
『しっかし昨日も来たろ騎士が』
『何回来ても無駄なのにな』
『ここにはいねえっつの。バカだよな、手前らのすぐ近くにいるなんて夢にも思いやしねえ』
『隣がおっかなすぎて震え上がってるんじゃねえか?』
『違えねえ!』
ハハハハハ!!
大きな笑い声にキィンと耳が痛くなる。酒でも入ってんのかこいつら。
「ここにはいない……手前らの近く……うん、引き上げよう」
長居しない方が良さそうだ。
貴婦人にはもう少し頑張ってもらおう。回収できるかは五分五分だな……頑張れ、貴婦人。
窓枠の目立たないところに中継機を貼り付ける。虫の卵に模したこれは魔石粉が練り込んであり、貴婦人がここに近付くと動力の補充ができる。
しかし、何よりすごいのはあれの中身。
「情報の転送のために砂粒みたいな魔石で立体魔方陣が組み上げられてるの。描かれた魔方陣と違って、潰したりバラしたりすると証拠が残らないのよ」
本当にカマキリか何かの卵にしか見えないのだ。
さすがイオルム=ウルフェルグ。『全ての理を蹂躙する』と世界にケンカを売っただけあって本当に頭がおかしい。まあ、そのお陰でかなり楽に仕事をさせてもらっているのだが。
ストンと着地すると、突然ビービーと警報音が鳴った。
「うぇ、バレた!?」
いや、違う。もしかしたら地面に振動を感知する仕掛けがあったのかもしれない。
ドタドタドタと中から音が聞こえてきた。
認識阻害は効いている。
中にいたのは鈍臭そうな男たちだったから、おそらく外に出ても私を見つけられないだろう。
――中に入る、チャンス。
これを逃したらおそらく次はない。
ペロリと舌なめずりをする。移ってしまった先生のクセ。バレたらまたリリス様に叱られるなぁ。
ドアが開いたと同時にギルドへ緊急信号を発信し、スルリと中に滑り込んだ。
***
入ってすぐは、ソファセット。うん、商談スペースっぽいな。
不自然な点はあまり見られない。
天井を見ると死角を生まないように防犯魔道具が取り付けられている。……よくできてる。
「誰かいたか!?」
「いやいねえ!!」
男たちが声をあげているそばを、そろそろと歩く。毛足の長いラグを踏まないように……っと。
「そっちも見とけ!」
そっち?と顔を向けると、おお、奥にも部屋があるのか。これも逃しちゃいけない。
男の後ろについてドアへ近付く。ドアが開け放たれ、男が入ったそのすぐ後ろから、奥の部屋へ侵入した。
……広い。思わず「わお」と声に出そうになった。出さなかったけど。
ひろーいねぇ
精霊の言葉に小さくうなずく。これはかなり大規模な拡張空間だ。
「一応奥まで見とけよ!」
「わぁってるよ!!」
ただ、空間があまり安定していない。質も良くない。これは魔法じゃなくて魔道具によるものだな。そう考えながら中へ足を進める。
先ほどの部屋と違って監視魔道具はない。が、天井についている魔道具、あれはかなり大きな感知型だ。おそらく人が立ち入る時には切っているんだろう。
認識阻害をかけていても感知型は波長を出しているからバレてしまう。
今、奥まで確認しに行っている男がこの部屋を出るまでが勝負。
大小様々な大きさの箱が積み上げられている。箱に貼られているラベルを見る限り、扱う品目がとにかく広い。
……なるほど、アプローチはひとつではなかったか。
男の様子を横目で見ながら倉庫の中を物色していると、
「何事だ」
低い男の声が空間に響き渡った。
入口にスーツを着た男が立っている。……おそらく、あれがボスと呼ばれていた男だろう。サングラスをかけていて、顔ははっきりわからない。
「すいやせんボス、外で警報が鳴ったもんで念の為この中も確認しようと」
「……ふむ」
ぐるりと倉庫内を見回すと、男が出て行った。
これはさっさと出たほうが良いぞと出口に近付くと、スーツの男が何かを手に戻ってきた。
あれは……おそらく魔法銃。メガネで解析をしようとすると、男が天井に向かって銃を撃った。
……ぐにゃりと空間が歪む。この拡張空間を解除したのか!
空間魔術をキャンセルして、大量の荷物をどうするつもりか、と思っていると、やつはおもむろに懐から……魔法袋を取り出した。
――丸ごと収納するつもり!!?
おじさんにしまっちゃうされたらたまったもんじゃない。これは逃げ一択だ。
第一、魔法袋の中ではほぼ間違いなく死ぬ。むしろ、あの男は入り込んだ虫を殺すつもりでこの手に出ている。
逃げるにしても何もしないで逃げるのは癪だ。貴婦人がいるとはいえ、もうひとつ何か仕掛けておきたい。
近くにあった大きい箱のラベルを確認する……この中身なら捨てることはないだろう。
わずかな隙間から箱の内側に発信機のカプセルをぺたりと貼り付けた。
外側から空間が崩れていく。これは転移やむなし。
左手にはめた腕輪、その魔石に唇を落とす。
――殿下、使わせていただきますね。
腕輪を右手でそっと覆う。
魔石、そして腕輪から魔力が溢れ、私の身体を包み込んだ。
建物の屋上を転移先の座標に定め目を閉じる。
そして、魔法袋が木の箱を全て取り込む前に、余裕を持って転移した。間一髪だとスリルがあるが、残念ながら余裕を持っての転移である。
街道の方から、騎士たちが騎乗した馬が十騎ほどこちらに向かって走ってくるのが見えた。
なるほど、ギルドではなく国として騎士団を出したか。
おや、ルキアン卿の姿もある。お仕事は一応ちゃんとするのね。
騎士団に見つかっても面倒だ。彼らが建物にたどり着く前にギルドへ戻ろう。
貴婦人の無事をそっと願って、もう一度転移を発動した。




