03 スベリンゴとカタラザル
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「よし」
今度こそ、森へ出発だ。
森の近くまでは乗合馬車が出ているので、朝一番の便に乗る。
朝の便では、森へ送った後の戻りが空荷なのではと思ったが、そうではない。
夕方の最終便で人だけ乗せ、日持ちする素材は採集者の名前を書いた札をつけて保冷機能のある倉庫にしまっておき、日を改めて運んでくるらしい。
討伐系の依頼は指定部位だけ先に持って帰れば、後で残りをいかようにも処理できるわけだ。
……なるほど、よくできている。
馬車を降りると、すぐそばに倉庫があり、目線を上げればその向こうに森が広がっていた。
「少し奥まで行かないとなぁ」
今回受けている依頼、素材は木の実だが、これを
食べる魔獣が厄介なため、難易度が高めに設定されている。
数日移動で長く座っていたせいか、身体が少し重い。
軽く身体を伸ばして、森の奥へ向かい歩き始めた。
ほどなくして。
あ!ミリィだ!!
どこからともなく声が聞こえてきた。
「こんにちは、精霊さん」
そう答えると、周りに光の粒がいくつか、ぶわりと現れた。
ミリィだあ
やあミリィ
げんきー?
「元気よ。会いにきてくれて嬉しいな」
ミリィだもん
ぼくもうれしいー
わたしもー
メルセオンにくるのはじめてー?
「うん、初めて」
歩みを止めずに、精霊たちと話しながら森の奥へ向かう。
私には魔法は効かない。
火や水といった元素魔法の攻撃は喰らうけれど、治癒魔法や精神干渉の類は一切通じない。
これは私の民族の特徴らしい。
その代わりなのか、肉体と精神は強靭にできている。
そして、私はなぜか精霊と言葉を交わすこともできる。山間部に生きる民族だからかもしれないが、詳しくは知らない。
精霊たちは世界中に生息していて、すべての精霊の意識は根底で繋がっているらしい。
だからこうして、初めて訪れる土地でも、まるで古くからの知り合いのように話しかけてくるのだ。
「ここは棲みやすい?」
ぼちぼちかなぁ
まえはよかったけどー
さいきんはあんまりだねぇ
「……そう」
あまり良い状態とは言えないのかもしれない。
でもまだへいきー
ミリィきてくれたからー
げんきでてくるよー
「ふふ、ありがとう」
風が木々を大きく揺らす。
だいぶ森の奥まで来たようだ。空気が変わってきた。
「今日はスベリンゴの実を採りに来たんだけど、この辺だよね?」
あーもうちょいおくだねー
カタラザルたちいるかなー
そろそろイケイケシーズンだからねー
いつもしずかなのにねー
アピールしないといけないからねー
このカタラザル、普段はほとんど鳴かないが、繁殖期にはスベリンゴの実を食べて饒舌になる。
元々その声に精神干渉作用があり、メスを甘く酔わせて番うのである。
スベリンゴの実は舌を滑らかにさせる。告白や発表などの大切な場面で噛まないためのドリンクや飴として加工されるほか、薬草などと混ぜ合わせて自白剤の材料としても使われる。
つまり、この時期はカタラザルと人間によるスベリンゴ争奪戦が起こる。
通常は人間がチームを組んで、カタラザル対策班とスベリンゴ収穫班に分かれるのだが。
「とにかくカタラザルの対策が大変で人が集まらないのよね」
カタラザルの鳴き声は直接頭に響くため、耳栓では意味がない。スベリンゴ農家の人たちは頭を丸ごと覆うヘルメットのような魔道具を使うが、これがまた高額なのだ。
そのため一般に流通するスベリンゴはめちゃくちゃ高い。贈答用フルーツ並みに高い。
そうこうしているうちに、スベリンゴの木が原生する一帯に着いた。
こぶし大の大きさをした赤い実はガラスのようにツルツルとして硬く、その名の通りよく滑る。
「何食わぬ顔して王妃殿下に食べさせて差し上げたいわ……いや、寡黙なルイス殿下が召し上がったら何を話すのかしら。ふふっ」
そもそもいつソルヴィアンに帰れるかわからない。今は想像だけして楽しんでおこう。
ミリィたのしそうー
カタラザルいないねー
目を閉じて森の気配を感じ取る。
「……うん、確かに、近くにはいなさそう。でもすぐ来ちゃうだろうから、さっさとやっちゃおう」
ウエストポーチから袋型の収納魔道具を取り出す。これの中は時間を一切遮断するタイプの魔法袋 で、これは魔道具師でもある先生特製である。市販もされているがSランク冒険者の所持率も一割に満たない。とにかくお高い。
ちなみに生きた動物を入れると即死する。時間が止まるだけなら動物も生きられそうだが、そういう仕様にはあえてしていないらしい。生命の原理に逆らうつくりにはしない、と先生は言っていた。あくまで、素材をそのままの鮮度で運ぶためのもの。
料理は入れると腐りはしないが、とてつもなく不味くなる。生きてないんだから美味しさも保てば良いのにと聞いたところ、『お弁当はともかく、基本はできたてを食べるのが料理してくれた人への礼儀』と返ってきた。異論はない。
なお容量は無限に近い。時間魔法と空間魔法の両方を究めている先生にしか作れない逸品。
「……そんなものを私に渡すのも本当にどうかと思うけど。ありがたく使わせていただきますね、先生」
構えて深く息を吸う。
遠くで聞こえたタスキジの鳴き声を合図に、スベリンゴの木に全力の蹴りを入れた。
バサバサバサと葉を擦る音を立てて、一気に熟れたスベリンゴが地面に落ちる。チラリと蹴ったばかりの木を見ると、いま落ちたのはおよそ二割。まあこのくらいならカタラザルも困らないでしょう。
「さて急がなきゃ」
腰を落として黙々とスベリンゴの実を拾い、袋に入れていく。
途中、遠くで甲高い鳴き声が聞こえた。気付かれたか。
この距離ならあと二本は採れるかな……三本は厳しいかもしれない。
急いで一本目の木から落ちた実を拾い切ると、次の一本に蹴りを入れ、また黙々と拾う。
三本目の実を大方拾ったところで、スベリンゴの木々が一斉にざわめいた。
「おいでなすった」
カタラザルのオスたちがキィキィと甲高く鳴いている。繁殖期にはまだ少し早いから声の出がいまいちだ。
動きも鈍そうだし、もう一本いけるかなぁ……。
「いっちゃうか」
ニヤリと笑って今日最後の一本に蹴りを入れる。
落ちてくるスベリンゴを数個、魔法袋に直接受け止めると、地面に落ちたスベリンゴを猛スピードで拾っていく。さすがに全部は厳しいから、半分はカタラザルにくれてやろう。
カタラザルやーい
ひモテだんしー
なにそれー
にんげんがいってたー
「あなたたち、モテるためにスベリンゴが必要なのよ」
思わず突っ込んでしまった。
喚きながら上から飛びかかってくるカタラザルを避け、踊るようにターンしてスベリンゴを拾う。
いくつかそうして拾っているうちに、非モテザル……違った、カタラザルに囲まれた。
私には精神干渉は効かない。それでも甲高い声そのものを聞き続けるダメージはある。そろそろ潮時か。
「それじゃあ今日はこんなところで」
魔法袋をポーチにしまうと、軽くふくらはぎを伸ばす。かがんでいたから地味にきている。今日のお風呂はよく沁み入りそうだ。
「みんな!走るよ!!」
木の上から飛びかかってきたカタラザルをかわして走り出す。
わーまってー
ミリィまってよー
やーいカタラザルー
きゅうあいがんばれよー
わいわい言いながら精霊たちがついてくる。
カタラザルは数頭追ってきたがすぐに気配が消えた。おそらく拾いきれず残してきたスベリンゴの争奪戦に参加するのだろう。
しばらく走って十二分に距離を取ると、少しずつ速さを普段歩く速度まで落としていく。
「カタラザルを久しぶりに見たけど、やっぱりこの時期は目が血走ってるわね」
だいじだからねー
モテはだいじー
ねらったおんなのこー
つかまえないとだからねー
「ふふ、そうね」
ぶら下げてきた水筒の水を一気にあおる。半分まで飲んでしまった。さすがにこれだけ走ったから仕方ない。
「片っ端から袋に入れちゃったから、どれくらいの量かわからないわね」
たくさんだったー
ちゃんとうれてるよー
ついじゅく?もいいらしいよー
「追熟?そうなの?」
そうそうー
スベリンゴにたのんだー
いいやつおとしてーって
「すごい、みんなありがとう」
へへへー
ミリィのためならー
おやすいごようー
精霊たちが私の周りをご機嫌にくるくる回る。
「もうお昼だよね」
空を見上げると、太陽は真上に近いところまできていた。
「じゃあ今日は帰ろうかな。予定があるんだ」
ええー
かえっちゃうのー
またきてくれるー?
「また来られるかは約束できないけど、次にあなたたちの仲間に会ったらまた遊ぼうね」
わかったぁ
さみしいなぁ
まってるからねぇ
「うん、ありがとう。一緒にいてくれて頼もしかった。またね!」
スベリンゴはこのままギルドに持ち込む。スベリンゴは傷みやすく、鮮度が命なのだ。
帰りの馬車は、私と同じ朝一番の馬車に乗った人たちの姿もあった。今回は深く見なかったけど、おそらく朝に採るのが良い素材があるんだろうな。
みんな朝が早かったから、馬車に揺られてうとうとしている。
私も少し休もう。そう思って目を閉じたところで、
うんしょ
……髪の毛の中から声がした。まさか。
髪に乱暴に手を入れ異物をつかむ。抜き出した手をそっと開くと、光の粒がひとつ。
ついてきちゃったぁ!
「……しょうがないわね」
人差し指で精霊をつつくと、ふるふると精霊が動いた。
「私の髪の中にいてね」
はーい
返事だけは良い、返事だけは。
守られることはないのだろうなとため息を吐きながら、改めて目を閉じた。
スベリンゴ、食べるとトークが滑る方も考えたんですが、饒舌になる方に舵を切りました。カタラザル頑張れよ……!




