28 破れた紙片を拾い集めるプロのようだったと、後に彼女は語った。
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閣下との対談が終わった頃には、日がすっかり沈んでいた。
「まあ、もうこんな時間……申し訳ありません閣下。ご予定もあったでしょうに」
閣下は疲労を隠さないまま、呆れ混じりに笑った。
「こんな話を始めて予定も何もあるかいミリィ嬢……まったく、君の無欲こそがこの世界最大の幸福だとしか思えんな」
「私が欲しいものはひとつだけですから」
何度目かわからない紅茶を淹れ、二人で静かに口にする。
「……では、お話しした方向性で進めましょう」
「よろしく頼む。……子どもたちに関しては本当申し訳ない。君の力も借りてしっかりと躾け直そう」
「かしこまりましてございます」
紅茶を片付け、二人でサロンを出ると、ルキアン卿が立っていた。
「父上」
「先ほどの非礼は私が丁重にお詫びし受け入れていただいた。引き続きミリィ殿はここにご滞在になる。
……無礼は許さん、良いな」
「……わかりました」
まあ、悔しそうな顔。御父上の言葉の意味をわかっているんだろうか。……わかっていないなこれは。
ならばやるべきことはひとつだ。
「……あなたのような殿方は、眼中にございませんの。残念でした」
徹底的に踏みにじる。
お前のせいでお父上のプライドがズタズタになったのだから、よく見ておけ、たわけが。
「なっ……!!」
「ミリィ殿、愚息を煽らないでもらいたい」
「申し訳ございません、閣下」
閣下に頭を下げると、ルキアン卿をチラリと見てふんと小さく鼻で笑い、先をゆく閣下の後を追う。
少し距離を置いてから後ろを見ると、ルキアン卿はわなわなと拳を震わせていた。
「……まったく、君はいつもこうなのかい?」
「軟派な男性が好きではないもので」
しれっと答えると、閣下が苦笑いした。
「小リスの顔をした猛獣だな」
「お褒めに与り光栄です。日々顎を鍛えている甲斐がございます」
***
やりすぎたね、やりすぎた。オーバーキルってやつだ。
わかっていますよ、だってムカついたんだもの。
ルキアン=ヴァレーヌ卿――敬称つけるのも馬鹿馬鹿しくなってきた――に恥をかかせた翌朝、爽快に目覚めて使用人の食堂に行くと、どうも空気がよそよそしい。
目が合ってもすぐにそらしてくる人、数名。
おっとこれは、とすぐにピンと来た。ついこの前、ギルドの潜入監査をやった時に村八分にされたアレ。
誰が広めたか、まあ、本人か。
何食わぬ顔で朝食を終え、客間に戻る。
「玉が小せえ野郎だ」
苦々しく口にする。通常なら即ご意見お申し入れ案件だ。
たまがちいせえってなぁにー?
「人間的に未熟ってことよ」
今日の予定を頭の中で確認しながら答える。
誘いを断った腹いせがこれか。まあプライドを粉々に粉砕してしまったからなぁ……公爵家のご嫡男、さすがに我慢ならなかったか。
「まあ、少し様子を見ましょう」
今日は学園に制服を取りに行く日だった。超特急で仕上げてくださったらしい。これは王太子殿下の意向なのか、それとも学園長が気を利かせてくださったのか……学園長は現国王の従兄弟でいらっしゃるそうで、柔和な雰囲気の方だった。ただしきりにお腹を擦っていらしたので、今度胃薬を差し入れようと思う。
ただ、思っていた以上に忙しく、頻繁に学園に行くことは難しくなりそうだ。
これについてはヴァレーヌ宰相閣下に事情を伝えて了承をいただいている。というか結構そちらさんの都合で忙しくしてるんですけどね私!?
制服はイヤーカフに収納し、お手洗いで着替える予定だ。イヤーカフ、小さいのに技術の粋が詰まっている。ありがとうございます先生。
仕上がった制服を着て、その他大勢になりきり昼休みの学園内を歩く。つい一週間前にお別れしたマルセラ=ハーグレイヴ嬢とすれ違ったが、まるで気付かれなかった。
そもそも五日間しかそばにいなかったし、なるべく印象に残らないようにしていたので、むしろこの無反応は当然。もし気付かれてしまうようなら私は修行をやり直さなければならない。
リュシア嬢は遠巻きに姿を見た。昨日の今日だ、近付かれたくもないだろう。
眺めていたらすぐ近くに王家の影と思しき男子生徒がいたため、今後の行動の中で変な不信感を抱かれないように挨拶しておいたら、引かれた。逆の立場なら私も引くか……いや、その前にこちらから声をかけるだろう。
「あら、つまりどうやっても引かれるってこと……?」
ミリィまたこえにでてるー
「ああ、ごめんなさい、ありがとう」
この学園は選択制の授業も多く、授業時間中に制服の生徒がうろついていても不自然ではない。
何回も着替えるの、面倒くさいから助かるなあ。
学園の中を歩いて回っていると、噴水の前で何かを必死に拾っている女子生徒を見つけた。
オレンジのように明るい髪を後ろでひとつに束ねた……間違いない、あれがセイランディアから来たというラヴィニア=リッジス嬢。小さく独り言が聞こえる。
「国の未来を担うと言われている人たちがこれでは、世も末ね……」
お察ししますラヴィニア様。そしてセオン語がとてもお上手ですね!?訛りも気にならない。これはかなりしっかり練習なさっているのだな。
ラヴィニア嬢はセイランディア王国の筆頭侯爵家の御令嬢で、生家のご親族が嫁いでいらっしゃるリッジス伯爵家の養子になっている。
あのクソ王太子の歳の離れた弟王子がゆくゆくはセイランディアの王女と結婚し、王配となるそうだ。まだ八歳とかそれくらいだった気がする。
その王子殿下の教育係としての任も受けている、とか。かなり優秀だな、この人。
リュシア嬢のお友達でいいんですか?……まあ、他人の交友関係に口を出すものでもないか。
それにしても、この教科書ビリビリ、実行犯はマルセラ嬢なんだろうか。ずいぶん細かく破かれているようだけど……これは一人で拾っていたら日が暮れてしまう。
スッと近付き、紙片に手を伸ばす。
「お手伝いします」
「ありがとう。でも、大丈夫?」
「問題ありません」
おそらく私が何か不利益を被るのではないかと気にしてくれているのだろう。全く問題ない。サクサク拾おう。
この前スベリンゴを一心不乱に拾ったあの経験が生きそうで何よりだ。
風がなくて良かった。あちこち飛散していたら後で用務員の服装に着替えて掃除をしなければいけないもの。面倒が回避されるのであればこんな手伝い、苦ではない。
だいたい拾えたかな……そう辺りを見回したところで、スッと視界に紙袋が割り込んできた。
おお、これは城下町で人気のサツマイモスイーツのお店の袋。メルセオンの生活も、それなりに楽しめているのだろうか。
差し出された紙袋に、抱えていた教科書だったものを入れ、立ち上がる。
「紙片を入れる袋をお持ちとは、随分と準備がよろしいのですね」
そう尋ねると、ラヴィニア嬢はわずかに蔑みと苛立ちを滲ませた眼差しで、苦々しく吐き捨てた。
「回数が片手で収まらなくなってしまったの。恥ずかしいわよね」
ああ、なるほど。それは確かに、袋も持ち歩くというものだ。全てマルセラ嬢の仕業かはわからないが、それだけ破かれては準備もしておきたくなるだろう。
「……ええ、本当に」
思わずこちらの声も苦々しくなってしまう。私をチラッと見て、小さくラヴィニア嬢が微笑んだ。
「本当に、ね」
……ああ、なるほど。この人がそばにいるなら、リュシア嬢は大丈夫かもしれない。
なんとなく、そんな気がした。
お待たせしましたー!ついに「茶葉と共に悪役令嬢を沈めてしまったようです」の冒頭シーン、ミリィ視点をお届けできました。ここまでが本当に長くてすみません。どうしてこんなに長くなった!?(お茶会のシーンはもっと先です……)
破れた教科書を拾う手つきがプロだったのはスベリンゴを軽やかに拾った経験がめちゃくちゃ生きてます。




