27 強欲なのは果たして誰か
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*ひとつ前の話の冒頭が投稿時に抜けていたため、11/18朝に追加しています!(兄妹二人がサロンを出る描写が抜けてました……)
「……養父母の話をすることも、やぶさかではないのですよ。私自身、二人を心から尊敬しておりますし、当人たちも自分たちが伝説のように語られることについては公人でもあるので受け容れています。
しかしそれによって周囲がなんらかの迷惑や被害を被ることを激しく嫌います。こちらで私が質問攻めにあうことについても、憤っておりましたので」
「……そうか、それは本当に申し訳ない」
「愛剣を片手に殴り込むかと養母が申しましたので、さすがに止めました」
と言うと、閣下の表情が固まった。淑女の鑑と言われるリリス=セスが『殴り込む』ことの重大さが如何なるものか、理解されているようで何よりだ。
「……世間に伝わっている話だけでも十分に気性の激しさは伝わるかと思うのですが、実物はあれの比ではないのです」
……リリス様、怖いからなぁ。にこやかに仕留めにくるから、ほんと怖いんだ……。
思い出して身体がぶるりと震えた。思わず両手で自分を抱いてしまう。
リリスおっかないよねー
「本当に、怒らせてはいけない人なのです……」
「よ、よくわかった。ご忠告感謝する」
私の様子から、リリス様の恐ろしさが伝わったのだろう。何よりだ。この邸を単独で制圧できる、そう何食わぬ顔で言い放った小娘が戦慄しているのだから、その脅威は計り知れないだろう。
「歴史的な観点であのお二人を記録した書物もありますので、一度リュシア様たちにはそれを読んでいただくと良いかもしれませんね。養母が単に淑やかなだけではないと、おわかりいただけると思いますから」
「なるほど、調べてみよう」
「そういうわけですので、引き続きこちらを拠点にさせていただけると助かります。
――代わりに、警備の模擬演習をさせていただけませんか。私が侵入者役を務めます。もちろん、あくまで訓練の範囲で」
「先ほどの発言を実証するつもりか。訓練、と呼ぶにはいささか過激ではないかな」
「私が懐刀と呼ばれる所以をお見せしましょう。ルキアン様にもご納得いただきたいのです」
「……ふむ。君にはこの邸の問題点が見えている、ということかな」
ここは曖昧に微笑んでおこう。
「攻撃対象は公爵家の警備および騎士団。あと、ルキアン様も剣を交える可能性がございますね。
基本的には皆さん戦闘不能にするつもりですが、交戦時に与える傷の程度は軽い打撲までと考えています。
なお、私が負傷してもそれは自己責任。……いかがでしょうか」
「……随分と強気じゃないか。かなり厳しい条件だと思うが、できるのか」
「私は事実しか申しません。
これがヴァレーヌ家を侮っているとお感じになるのは当然です。ですが……公爵家とこの国の未来を見据えた時、警備の穴をついてご家族が危険にさらされる事態は絶対に防ぐべきかと思いましたので、差し出がましいとは思いつつご提案させていただいております」
私の言葉に、ヴァレーヌ閣下が警戒心を露わにした。
「――貴様、どこまで知っている」
紅茶を一口、もう一口。
向こうは苛立ちが隠せていない。このあたりは血筋なのかもしれない。
閣下が出入り口に目をやった。一応ルキアン卿には聞こえないように声量はセーブしているが、気になるのだろう。
『これなら、安心してお話できますか?』
目の前の男が大きく目を見開いた。
東ダジリス語。例の留学生、ラヴィニア嬢の母国であるセイランディア王国の公用語だ。
『……君にはお見通しか。東ダジリス語は話せるが発音が得意ではない。大目に見てくれ』
『もちろんです。私も流暢ではないので』
セイランディアも紅茶が美味しいのだ。過去に滞在したときには浴びるように紅茶を飲んだ。
『せっかくなので気にかかっていたことをお伺いしてもよろしいですか?』
『……なんだろうか』
『国王陛下は、表に出ていらっしゃらないのですか?』
しばしの沈黙ののち、ヴァレーヌ宰相閣下は、私の言葉を鼻で笑った。
『君が知らないわけがない、この国がどうなっているか』
『……ではやはりあの情報は、本当なのですね』
――メルセオン国王は病に冒され床に臥せっている。
『薬が合わず、眠っていらっしゃる時間が長いと伺ったのですが』
『……ああ、それも事実だ』
『その薬を処方した侍医は、――ヴァレーヌ宰相閣下が手配された方だとか』
ピタリ、閣下の手が止まり、眉がほんのわずかに動いた。
『……ご心配なく、宰相閣下。それに至るまでの背景も調べがついておりますし、他国の争いに口を出すつもりはありません。私はただ、自国の命を受けて動いているだけ』
閣下が一気に紅茶を飲み干す。すかさずポットを持ちおかわりを注いで差し上げると、閣下はそこに砂糖を二杯入れた。
「……なるほど、そこまでわかって、今私と相対しているのか。大したものだ」
紅茶を、一口。
『王太子を傀儡にするおつもりでしょう?』
『……』
『御息女を傀儡師にするにはまだ早いと思いますよ、さらにその後ろで閣下が手板を持つ計画なのかもしれませんが』
『……それは、わかっている』
『リュシア嬢は育て甲斐がありますね、羨ましい限りです』
『それは皮肉として受け取るべきかな?』
『まさか。私は心からの言葉しか口にしませんよ?』
『……口にすることは本心でも、その腹の中に抱えたものは果たして……と言ったところか。
なるほど、これはルイス=ソルヴィアンが手放さないわけだ』
お褒めに与り光栄です、とは口に出さず、微笑みに代弁させる。殿下が私に求めている姿は、今の私ではないからだ。あの方が思うよりずっと、私は……腹黒い。
『……先日も王太子殿下にお話いたしましたが、私は我が主の憂いを払うためだけに動きます。他国の内紛や非人道的な出来事も、はっきり言ってどうでもいいのです』
そう、私には殿下さえいれば。殿下さえあれば、ほかはどうだって良いのだ。
私からの報せを日々待ちわびる大きな背中を思い、口元が緩む。
『ですが――関わった方々の息災を願わないほど、非情ではないと自負しています』
ゆっくりと伏せていたまぶたを上げ、閣下の目を見据えてみせる。
『このまま様子を見て最悪のケース……あえてファクトリアを動かすのも手段のひとつではありますが、それをするならリュシア嬢が嫁ぐ前がよろしいですね。……閣下の手は汚さず、最善の形で玉座を掌握できましょう。
ですが新しい国としてここまで積み上げてきたものを無に帰してしまうことはあまり得策ではない……と、数日ながらも国を見て個人的には判断しております』
息を詰めていた宰相閣下が、ふっと肩の力を抜いた。
『……血を流すことは望まない。しかし、――不名誉な歴史をこの国に刻むことも望まない』
『なるほど、なかなか強欲でいらっしゃいますね』
はは、と弱い笑い声が紅茶の湯気をかき消す。
『おそらく君ほどではないと思うがね』
『ありがとうございます。
……さて、この盤面。閣下は私という駒をどう動かしますか?』




