26 まだやっていないことがある
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*11/18 7:09 冒頭にまるっと抜けていたパートがあったので足しています(お知らせくださった方本当にありがとうございます!)
「ヴァレーヌ閣下、閣下の御志は素晴らしいものです。私自身、その宿願を果たす一助になることにはまったく異存はございません。しかし……恐れながら御家族にその高い御志が伝わっていないように思います。もう少しお話をされた方がよろしいかと」
「父上を侮辱するのか!?」
「……閣下はどのようにお感じになりましたか。閣下が侮辱と捉えられたのであればお詫びいたします」
「……私と君の関係であれば、侮辱ではないとわかる。しかしここに至る過程を知らない者には侮辱と取れるだろうな」
「失礼いたしました。しかし発言は撤回いたしません」
「ああ、構わない。ご忠告、感謝する」
「父上!?」
「……言っただろうルキアン。ミリィ殿は男の誘いに安易に乗るような人ではないと」
「しかしこの家に滞在しているのですから、我々と交流を図ることは当然ではないですか!」
なるほど、ご自身にかなり自信があるようだ、このお坊ちゃんは。
「……そう思うのならば、それ相応の誘い方があるのではございませんか、ルキアン卿」
「本当に申し訳ない、ミリィ殿。少し遠くなるが宿を手配させてもらう形で手は打てないだろうか。もちろん費用はうちで持つ。広めの浴槽付きの宿だ」
「……」
提案自体は悪くない。
邪魔者なし!お風呂!
しかし、そもそも移動しなくてもここに風呂があるのだ。大きな風呂が。
あと、ここを離れてしまうと閣下と話す場所に困る。城への出入りは避けたい。王太子に会いたくないのはもちろんだが……あまり顔が知れるのは良くない。
「閣下」
「なんだい」
「お二人にはご退出いただけますか。内密なお話をしたく」
「僕たちがいたら話せないというのか!」
「……はい、内密な話、ですので」
反射的に馬鹿かと返さなかっただけ褒めて欲しい。今の私はなかなか気が立っている。
ルキアン卿、リュシア嬢。
順番にその目を見る。これが値踏みだとわかったのか、ルキアン卿がカッと顔を赤くした。
リュシア嬢は怯えた目をしている。そう、それで良い。
「……あまり見くびらないでいただきたい。
私は本気を出せば、この邸をひとりで制圧できる。――これは脅しではない、事実です」
ヴァレーヌ公爵を見ると、その表情は当然ながら険しい。
私を正面に見据えたまま、視線を逸らさずに彼の子どもたちへこう告げた。
「二人とも、出なさい」
「お父様」
「ルキアン、サロンのドアを開放して見張ってくれ。もう一人誰かを呼んで」
「父上」
険しい表情を浮かべたまま、閣下は苦々しげに呟いた。
「……早く」
扉の方へ向かう二人の背中に、「ああ」と声をかける。
リュシア嬢が身体を大きくビクンとさせ、こちらを振り返った。
「新しく紅茶の用意を一式、お願いできますか」
***
「……ミリィ嬢」
二人が出ていった後、閣下の目の前の席に腰を下ろす。
その声から怒りがだだ漏れだ。……わかっている、わかっていてあえてやったのだから。
子どもの前でプライドを、よりにもよって小娘に粉砕された怒りは並大抵のものではないだろう。
「大変敬意に欠ける立ち居振る舞いをしたことをお詫びいたします。……ですが、毎日根掘り葉掘り養父母のことを尋ねられ、疲弊した私の怒りも多少汲んでいただきたく存じます、閣下」
「……ああ、それについては本当に申し訳ないと思っている。
しかし宿を移ることを提案したのは最大限の譲歩だと思っているのだが、君はそれをわかりながらあえて踏みにじったということだろう?」
太ももの上に乗った閣下の手が握りしめられる。キュッ……と何かが絞められる音が聞こえるようだ。
「その通りです、」
入口に紅茶のワゴンが近付く音が聞こえ、言葉を止める。
「……取ってまいりますね」
立ち上がると入口へ向かい、そのまま廊下に出る。
ワゴンを押してきた使用人の女性が、サロンの中に入ろうとするのをそっと制した。
「私が淹れますので、大丈夫です。ありがとう」
「あ……はい」
訝しげな顔をして女性が戻っていく後ろ姿を見送り、ワゴンを押して中へ入ろうとすると、扉の脇に立っていたルキアン卿と目が合った。貼り付けた笑顔でにっこりと笑いかけてやる。
「何か?」
「この邸をひとりで制圧だなんて無理に決まってるだろ、嘘つくなよ」
「……」
無言のまま笑みを深く、そして首の角度をわずかにつけて返すと、そのまま中に入った。
「お待たせいたしました。お茶を淹れさせていただきますね」
そう言うと、閣下が腰を浮かせた。
「客人にそれをさせるのはさすがに」
閣下の方を見て、目を閉じ小さく首を振る。
「ささやかですが先ほどのお詫びと思ってください。今だけ私を使用人だと思っていただければ結構です。もしくは、紅茶の専門職と」
本音を言えば。
ほ・ん・ね・を・い・え・ば!!
煮えくりかえった腑を鎮めるために、単純に自分が淹れた紅茶を飲みたかったのである。
中途半端な紅茶を飲みたくなかったのだ。自分が淹れた紅茶が、私の世界では三本の指に入る美味しさだから。
そうして淹れた紅茶をヴァレーヌ公爵閣下にお出しする。
私が座るのを待ってそれを口にした後、閣下がほう……と吐いた息に、怒りが欠片も混じっていないことに内心安堵した。
「君がいる時は毎回お願いしたいものだね」
「光栄です。場が許すならば、是非」
私も一口。うん、美味しい。
「閣下、先ほどの発言、少し私も熱くなりすぎたところがございました。申し訳ありません」
「……いや、あれが見た目によらず軟派なことは知ってはいたが、まさか他国の要人を相手にあのような振る舞いはさすがにいただけない。こちらこそ愚息が申し訳なかった」
お互いにちゃんと頭が冷えていることを、目で確認し合う。
「滞在先について、せっかくありがたいお申し出をいただいたのですが、申し訳ありません、可能であればこちらで引き続きお世話になりたく思います」
「……理由を聞こう」
「まず、現時点で敵が誰なのかを明確に絞れていないこと。国内で誰かが裏で糸を引いている可能性を、今の段階で切り捨てるのは早計だと考えます」
「なるほど。確かに我が国は一枚岩では、ないな」
「我が師に今回の件のアドバイスを求めたところ、視野を広げて洗い直せと助言を受けました。たとえば、ファクトリアを隠れ蓑にしようとする何者かの存在を疑った方が良い、と」
「ミリィ嬢の師、ということは、つまり」
黙ってうなずき返す。
今ここで先生の名を出す必要はない。そもそも、規模を問わず争いごとに関わらないのが魔女や魔法使いの戒律、『魔女の理』なのだ。厳密には先生は魔法使いではないが、アドバイスはしてくださる。……アドバイス?まあアドバイスだろう。
「王城内で不穏な動きなどがないかは、是非洗っていただいた方が良いと思います。……ブロウス様の周りを含めて」
「……それは、あれが裏切っていると言いたいのか?」
「いいえ、先ほども申しました、あくまで可能性です。彼の周辺から情報が漏れている、ということも考えられなくはないですからね。
ブロウス様は悪い方ではないですよ。そのまま次期宰相になれるかは彼次第ですが」
そう、ブロウスさんは少しクリーンすぎるところがある。まあそれは、年齢と経験を重ねる中で身につくことか。
……って、一番若い私が言うのも変な話か。
「あと、私がここを出て他を滞在先にすると、閣下とお話しする場がかなり限られます。私は王城には出入りしない方が良い」
「それはそうだな」
「いくつか理由を並べましたが、何よりも私を躊躇わせるもの……それはこちらでしていただくおもてなしですね。私も見習いたいほどです、本当に素晴らしい。
まず、下働きに至るまで、使用人の教育が大変行き届いていらっしゃいます。お食事も美味しいですし、やはり何よりお風呂ですね。湯加減が絶妙です。備え付けの石鹸類も使用人が使うにはかなり質の良いもので驚きました。
何よりまだ……蒸気浴を堪能しておりません」
にっこり。
私の顔をまじまじと見て閣下がふっと小さく笑った。
「君に褒めてもらえるとは、悪い気分ではないな。シルヴァロン使用人養成学校を歴代最高の成績で卒業したんだろう?」
「私は事実しか申しません」
もう一度、にっこり。
成績については濁しておく。面倒なので。




