25 お遊びじゃないんです
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朝食の時に、遅い時間にお風呂に入る人について聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「ご長男……?」
「そう、王城の護衛騎士をやっていらっしゃるの。ルキアン様はいつも夜中にお風呂に入られるから間違いないと思うわ」
「……そうなの……」
面倒だ。
「まだお会いしていないってことは、いつもお帰りが遅いのかしら」
「早い日もあるけど、ご入浴は最後ね。生傷が絶えないからと仰って、お世話もつけずに一人でお入りになるわ」
「あまり旦那様には似ていらっしゃらないの。先代の旦那様に似ていらっしゃるのよね」
「わかるー、旦那様はお優しい感じだけれど、先代様のクールな感じもたまらないのよねぇ」
朝食を共にしていた侍女の方たちが色めき立った。昨日至近距離で見た顔を思い出す。……なるほど、わからなくはない。好みではないが。
今日からは時間をずらそう。あれに絡まれるよりも、まだ一緒に入った女性陣から傷について尋ねられたほうが百倍ましだ。
そう考えていると、にわかに食堂の入口が騒がしくなった。
「噂をすれば、ルキアン様だわ」
……面倒だ。
「ごめんなさい、この後の予定が詰まってるから失礼するわね。教えてくれてありがとう!」
トレイを持ちそそくさと洗い場へ持っていくと、気配を完全に殺して出口へ向かう。
「あっ、ちょっと!」
捕まりたくないのよ、面倒な展開になる予感しかしないもの!
入口と出口が別で良かった。そのまま食堂を出ると、他の使用人たちに紛れて逃げ切ることができた。
……まさかこの調子で毎日鬼ごっこをすることになるの!?勘弁してよ!
学園で採寸と面談を済ませ、ギルドでカイリさんと話し込んで昼過ぎに公爵邸に戻ると、家令から閣下がサロンでお待ちだという伝言を受け取った。
嫌な予感を抱えながらサロンへ向かった私を待ち受けていたのは、この家の主である宰相――ヴァレーヌ公爵閣下と、そのご嫡男であるルキアン様だった。
……逃げ切れなかったか……。
「ヴァレーヌ閣下、お呼びでしょうか」
入口で礼をすると、ルキアン様の表情がわずかに明るくなった。……めんどくさい……。
「ああ、ミリィ嬢。戻ってきて早々すまないね。
早速だが、昨日の夜中にこの男と追いかけっこをしたかい?」
「……いいえ、しておりません」
「ミリィ嬢、君の気持ちはよくわかる。だが……証拠が残っている」
「……しました」
「はは、悪あがきはしないんだね」
ルキアン様が愉快そうな声を上げた。
昨日の浴場前での鬼ごっこは、記録上『入ったのに出てこない』ことになると厄介なので、ちゃんとルキアン様が立ち去った後に出たというアリバイを残している。
また、認識阻害を使わずに気配を消して、人には気付かれずに乗り切っても防犯魔道具の記録にはもちろん残る。
証拠の存在をちらつかされるということは、記録は当然確認しているのだろう。仮に未確認だったとしても、おそらく確認される。そうなった時が一番面倒だ、認めてしまった方がまだ対処できる。
「閣下にご理解いただけるかはわかりませんが、入浴を邪魔されることほど不快なことはないのですよ……」
「いいや、気持ちはよくわかるよ……」
「わかるんだ」
「ありがとうございます。ご理解いただけただけで多少救われた気持ちになりました」
やはり閣下とは気が合うようだ。是非一度風呂談義をしてみたい。
「ミリィ=セス殿、お初にお目にかかる。僕はルキアン=ヴァレーヌ。王立騎士団に所属している」
「ミリィ=セスと申します。ご挨拶が遅くなり大変失礼いたしました。国の命を受けメルセオン王国に滞在しております。
……ヴァレーヌ閣下のご厚意により一昨日よりこちらにお世話になっております」
礼をして顔を上げると、好奇に満ちた眼差しを向けられていた。……お風呂で全部流したい……。
「私をお呼びになったのは閣下ではなくルキアン様とお見受けいたしました。御用件をお伺いしてよろしいでしょうか。生憎まだやることがございますので、手短にお願いいたします」
「風呂場で追いかけっこをした君が『あの』ミリィ殿とは思わなかったよ。
若くして王族の信頼を得た方だというから、どんな方か興味があってね。
せっかくだし、一緒にお茶でもどうだい?」
やっぱりか。面倒だ。
「お断りいたします」
「あれ、即答だね」
「殿方との茶会に割く時間はございません」
「じゃあ父は?」
ヴァレーヌ宰相?宰相は、そうだな。
「閣下は……閣下のご見識には感服するところがございますので、やぶさかではございません」
閣下も多少残念に思うところはある方だが、やはり長く生きているだけある。今回の滞在の中で色々技術を盗みたい。
「ミリィ殿、どうして一瞬口ごもった」
「……率直に申し上げてよろしいでしょうか、ルキアン卿」
「良いよ、聞こう」
「興味本位で誘われる茶の席ほど不快なものはございません。ましてや貴殿からは私は愚か、我が主に対する敬意を微塵も感じられない。大変に不愉快です」
ここの国の連中はきっちり言葉で言わないと理解できないのか。空気を読めとは言わないけれどある程度察してほしいものだわ。
「なっ」
「……ルキアンやめておけ」
「父上!」
「ミリィ様!!」
サロンの扉が開け放たれ、今度はリュシア嬢が飛び込んできた。
「せっかく今日もお二人のお話を伺おうと思いましたのに!お父様たちとお茶だなんてひどいではありませんか!」
――最っ悪。
けれど、せっかく羽虫が飛び込んできたんだ。面倒だけど、ここで一気に片付けよう。
「閣下、ひとつ確認させていただきたいのですが、こちらへの滞在をご提案くださったのは、私にご家族のお守りをさせるためですか?」
「………なっ!!ミリィ様、お守りだなんて失礼な」
このやり取りで、閣下は私が言いたいことを察したのだろう。飲みかけた紅茶のティーカップをテーブルに置くと、長いため息をついた。
「いや、違う。ミリィ殿のこれからの任務遂行にあたり、この邸が良い砦となり拠点になれると踏んだからだ」
「ありがとうございます。しかし、このままですと閣下のせっかくのお心遣いが、ご家族によって無に帰してしまいそうです。三日は耐えました」
「……そのようだ。リュシア、下がりなさい」
「お父様!?」
「……ルキアン卿、リュシア嬢。何か勘違いなさっていませんか。
私は閣下のご提案に応じて、こちらの邸のお世話になることにいたしましたが、それはあなた方と遊ぶためではありません。職務を遂行する上で、ここを拠点とすることが合理的だと判断したからです」
「……え」
「リュシア。ミリィ殿は客人としての扱いこそ固辞されたが、私たちが国を守るにおいて多大なる力になってくださると判断したから、このように滞在してくださっている。邪魔をしてはいけない」
「そんな、だって」
「お前たちは何か勘違いをしているようだが、ミリィ殿はお前たちよりもずっと上の立場の方だ。私もミリィ殿には一目置いているし、見習わなければならないところがたくさんあると感じている。
彼女も国の命を受けてメルセオンに来ている、遊びではない」
……おや、閣下、だいぶはっきり言ってくださるではないか。少し見直した。少し。だけど言わなくてはならないことがある。あえて、この場で。




