24 よくしゃべる男は嫌い
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ヴァレーヌ公爵家滞在三日目。
ギルドに行ってカイリさんと話したり、城下町の魔道具屋をのぞいてみたり。
屋台でそぼろがたっぷりかかったランチボウルを食べ、その後、昼飲みができるお店に入った。
――情報収集だ。
飲みたかったわけではない。しかもノンアルコールメニューが皆無な上に、あんまり良くないお酒だった。うう、辛い。
アンダーグラウンドなお店に自分のような小動物が入るとどうあがいても目立つ。防犯魔道具の記録にも残らないように最大出力の認識阻害をかけて、お店の片隅でじっと耳を澄ませた。
使える情報は残念ながら得られなかった。こればかりは仕方ない。いつも当たりを引けるとは限らない。
夜も更けてから公爵邸に戻ると、おやすみの支度を整えたリュシア様にどこに行っていたのかと尋ねられた。仕事ですと答えると不満そうな顔をされたが、王太子の婚約者、宰相も務めるような公爵家の令嬢が果たしてこれで良いのだろうか。
ぶった斬りも秒読みかなあ。
……なんて考えていたらだいぶ遅い時間になっていた。
公爵家では遅い時間にお湯をいただくようにしている。あまり自分の傷だらけの身体を人様に晒しても、驚かれてしまうから一人で入るのが一番気楽なのだ。公爵家の使用人ともなると、だいたい貴族階級。過去に卒倒されたことが数回ある。
おふろだー
精霊の文化にお風呂はあるのだろうか。生息地によってはあるのかな……と考えながら、着替えとお気に入りの石鹸を持って湯殿へ向かう。タオルは脱衣所に積んであるので必要ないのだ。
常に清潔な状態で雇用主や客人の前に出ることを徹底されているので、日中の一部の時間を除き、ほぼ一日中入れるようになっている。
「最高!」
ミリィまたこえにでてるー
「……だって最高じゃない、仕方ないわよ」
脱衣所に入ると、やはりこの時間なので誰もいなかった。静かに服を脱ぎ、湯殿に入る。
上だけつながった壁の向こう、男湯の方でお湯を流す音がする。前にいた人だろうか。
私は静かにドアを締めると、さらに静かにかけ湯をして湯船に入った。
普段は先に全身しっかり洗ってから入るが……そう、バレたくないのだ。私は一人でお風呂時間を堪能したい。音が反響する浴室で、聞き取れない部分を必死に推測しながら会話をしたくない。頭を使いながら入る風呂など風呂ではない!!
少しぬるめの湯加減……温度の監修は閣下だろうか。さすがよくわかっていらっしゃる……と思いながら、湯船の淵に頭を置いて身体の力を抜く。ぷかりと身体が浮かんで心地が良い。
きもちーねえー
精霊と並んでぷこぷこしながら、浮遊感を噛み締める。
「……そうね……」
「誰かいるのか?」
「……」
またか。
「……いないのか?」
「……」
返事をすると後々面倒だ。
「防犯上確認しに行くが、良いのか?」
思わずざばんと音をたてて身体を起こしてしまった。防犯上、いや、確かに理にかなってはいる、いるけれども……!
「入っています!」
声を張り上げると、壁の向こうでハッと笑う声がした。
「いるじゃないか」
いるじゃないか、じゃないんだわ……ほんと……ここがお風呂でなければ、とっくに締め上げている。
「この時間に風呂に入るのは自分だけだと思っていたんだが……新入りか?」
「お構いなく」
湯船からあがり、髪と身体を洗う。
「なんだ、せっかくの真夜中仲間だから少しくらい話したって良いじゃないか」
「お・か・ま・い・な・く!」
全速力で全身を洗い終えると、もう一度湯船に浸かり――早く上がりたかったがこればかりは譲れない――身体を拭いて脱衣所に入った。
「……ねえ、向こうの男、どこにいるかわかる?」
この手の男は伯爵家のナメクジとはまた違う面倒くささがある。精霊に尋ねると
みてくるー
と言って精霊はぴゅーんと飛んでいった。
ありがたい。明日マカロンを多めにもらって、分けてあげなくちゃ、と服に袖を通し考える。
程なくして精霊が戻ってきた。
ろうかでミリィのことまってるー
や・っ・ぱ・り・か!!
「面倒なことになったわ……」
鉢合わせになるのは絶対に御免である。せっかくお風呂で身も心もさっぱりとしたところに、また面倒くさいものを塗りたくられるなんて我慢ならない。
このまま出て話しかけられたら、意識を刈る程度で済めば良い、下手すると息の根を止めかねない。
どうするのーミリィー
「うーん……」
部屋に帰ってまだやることがある。殿下への報告もしていないのだ。あまり待たせて殿下を寝不足にしてしまうと、殿下の明日の執務に支障が出る。そうなれば、書記官の皆さんへのご迷惑になる。
「一瞬だけ、相手の気をそらしてくれる?」
おっけーりょうかーい
身支度を整え、荷物を着てきた服にくるんで小さくまとめる。もしも走ることになった時に小物を取り落としてしまわないようにだ。
イヤーカフの認識阻害をオンにして、ドアノブに手をかける。
精霊を見ると、任せとけというようにくるんと宙返りをした。
静かにドアノブを回し、扉を引く。
精霊がふわりと飛び出していき……遠くの方にあったカーテンを揺らした。
「!!」
男の目がカーテンに釘付けになった瞬間に、ドアを全開にする。そして防犯魔道具の死角から、小さな魔石のつぶてを投げて音を立てた。
「くそっ、逃げられた……!」
開いたままのドアを見た、男の声が聞こえる。
「……」
しばらく息を潜めた後、ドアの陰から男の様子を確認しようとすると、すぐ目の前に男の姿があり心臓が止まりそうになる。
「……っ!」
とっさにしゃがんで口を手でふさぎ、声が漏れないようにする。大丈夫、認識阻害は効いてる、このままいればバレることはない。
藍色の髪を後ろでひとつに束ねた、黒い瞳の男。体格と、腕の傷跡から察するに騎士だろうか。
さすがに女性脱衣所の中をしつこく見ることはなかったが、
「……明日こそ」
そう言って男は踵を返し、廊下を歩いていった。
何言ってんのよ、明日こそ、じゃあないわよ……!
ミリィだいじょうぶー?
精霊にこくりとうなずき返す。部屋に戻るまで油断できない。
防犯魔道具がしっかりと作動しているので、後々面倒なことにならないよう、認識阻害を解除してから何食わぬ顔をしてゲストルームに戻った。
「……よくしゃべる男は嫌い」
ドアを閉じ鍵をかけ、ようやく詰めていた息を吐く。
イオルムおしゃべりじゃーん
「……先生は別よ」
あの方はひとつ話す間にその裏で大量の思考をしている。あれは仕方ないのだ、諦めている。それに熟考する時、先生は誰とも口を利かない。
あと、ちゃんと先生の話には中身がある。中身がない会話は好きではない。雑談が嫌いなわけではないんだけどね、こればかりは。
気を取り直して殿下と通信を繋ぐ。先ほどの出来事を報告すると苦笑いとため息しか返ってこなかったけれど、それで良い。殿下の御心を煩わせることは、全く本意ではないからだ。殿下が笑って流せるうちは、問題ない。
せっかくの風呂上がりなのに完全に気が昂ってしまった。この日は、先生が作ってくださった睡眠導入用のお香を久しぶりに焚いて眠りについた。
***
翌日はわずかな気怠さとともに目が覚めた。
先生のお香はよく効くんだけど、少し寝起きの爽快感に欠ける。
以前先生に伝えたら『そればっかりは無理だよぉ』と笑われた。わかっている、仕方ない。これでもかなり改良してもらったのだ。
支度をして使用人の食堂に降りればちょうど良いくらいだろう。
のそりと起き上がり伸びをする。
ミリィおはよー
すっかり精霊の寝床になってしまった手巾から、ふわりと光の粒が飛び出してくる。
「おはよう。昨日はありがとね。美味しいお礼を探すわ」
ひゃっほう
今日は学園で採寸。学園長との面談も入るかもと言われていたから、それなりに整った格好で行かなくては。
「あとはギルドね……」
連日になるが問い合わせの状況などを確認したい。どう動くかを見極めなければ。




