21 風呂には勝てん、風呂しか勝たん
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客人として扱いたいというお申し出は、丁重に……いや、本っ当に!丁重に!お断りした。
なんならドゲザする勢いでお断りした。さすがにそれではいっときも気が休まらない。
リュシア嬢は不満そうだったが、ここは閣下が押し切ってくださった。ありがたい。
食事は使用人の方々と一緒に摂る、しかし部屋は大変恐縮ながらゲストルームを使わせていただくことにした。
雇用主たちが頻繁に使用人の空間に顔を出しては、皆さんが気を遣ってしまうからだ。
結局夕食も皆様とご一緒し、食後のお茶まで質問攻め。……強火を通り越してもはや業火……。
そして今日はこのまま公爵邸に泊めていただくことになった。
つまり……大きな湯船である。
公爵邸では使用人の方々も待遇の一環として、主人たちが入った後のお湯をいただけるという。
素晴らしい!最高!勤めたい!!
先に邸の中を案内していただいたので、使用人通路を通り、こっそりと湯殿にやって来た。
かなり遅くなってしまったので、使用人の方々も皆入浴を終えているようだ、脱衣所には誰もいない。
大きな湯殿は中央で仕切られ、男湯と女湯に分かれている。
上で繋がっており、公爵ご夫妻がタイミングを合わせて同じ時間に入浴されることもあるらしい。上が繋がっていることを生かして、夜会などの打ち合わせをされるとか。
いそいそと服を脱ぎ、身体を洗って、とぷん……と湯船に浸かる。
「……はああああ……」
生き返る……。
好きなものへの熱意というのは時に人を中ててしまうものなんだなと苦笑する。私のお風呂に対する熱意もさすがにあそこまでの熱量はない。
ミリィのおふろもにたようなもんだよー
「……そんなことない、はず」
後で殿下に報告しなくちゃ。
公爵家にお世話になる、しかもお風呂の誘惑に負けたなんて言ったら呆れられそう……いつものことだけど。
明日は宿をチェックアウトして、こっちに移動して……少し城下町も見て回りたいし、例の商会についてももう少し調べておきたい。
ミリィだれかきてるー
「女の人?」
ちがーう
壁の向こう側で、扉が開く音がした。
足音は一人。
お湯を流す音、カポーン……と桶が鳴る音……。
「まさか公爵家でこんな銭湯気分を味わえるなんて、幸せねぇ……」
しみじみと口にすると、どうやら向こうに届いてしまったらしい。
「誰かいるのか?」
「失礼いたしました。すぐに上がりますので」
夜中に一人でお風呂に入るなんてゆっくりしたい以外にないものね。
急いで湯船を出て、さっときれいなお湯で身体を流す。
「あ、おい!!」
「お騒がせしました」
手巾で身体を拭き、脱衣所に滑り込んだ。
「いいお湯だったわ」
いまのひとおはなししたそうだったよー?
「ええ……?私だったら邪魔されるの嫌だもの。上がるわよ」
リリスとイオルムのはなしたくさんしたねー
「ふふ、そうね。話をさせられるのは疲れるけど……」
お風呂で相殺できるうちは、まあ良いだろう。
こうして、まさかのヴァレーヌ家での寄宿生活が幕を開けたのだった。
ああ、殿下にはもちろん呆れられましたよ。閣下に丁重に礼を言うようにと何度も何度も念を押されたし。
……わかってますよ、もう。子どもじゃ、ないんだから。
***
翌日、いつもの時間に起きてしまった。
厨房へ挨拶に行くと、当然のように驚かれる。
……生活リズムが使用人モードのままであることを痛感しながら、朝食の時間を聞いて部屋に戻った。
ベッドに横になって、昨日話をして受けたリュシア嬢の印象と、マルセラ=ハーグレイヴ嬢の話から受けていた彼女のイメージがかけ離れていることに、しばし思いを巡らせる。
どちらも間違いではないのだろう。王太子の婚約者ならば、模範であるべきと自分も周りも思っているものだ。だとすれば、家族の前で自分を出せているリュシア嬢は、まだ幸せだといえる。
「……さぞ息苦しいでしょうね、マルセラ嬢は」
全てをぶち壊そう、そう思うのも、無理はない。
できるだけのことはしてあげたい。けれど……ラヴィニア嬢への嫌がらせの件を思うと、全面的に肩を持つわけにはいかない。
「リュシア嬢は知っているのかしら」
そのうち確認してみましょう。……いつになるかわからないけど。
窓を開けて朝の風を取り込む、と、駆け足でどこかを周回していると思しき掛け声が聞こえてきた。
ゲストルームなので目の前は庭園だ。つまり、別の区画……訓練場から流れてきているのだろう。確かメルセオンは私設騎士団の設立が認められていたはず。
いっちにー!いっちにー!
そばで精霊がリズミカルにぴょんぴょこと動いている。
この子はかなり活動的だから、うずうずするんでしょうね。
「手合わせ、できるかなぁ」
感覚を忘れないためにも実戦訓練はとても大切だ。閣下に伺って、もし許可をいただけたら是非手合わせを願おう。
などと考えている間に、使用人の朝食の時間になり、わざわざ呼びにきてくれた。
ああ、ここは雰囲気が良くて働きやすいんだな、と使用人のみんなと話をしながら実感する。
それもそうか、だって大きなお風呂があるものね!!
私がリリス様とイオルム殿下の縁者だと知って、今度話を聞かせて!!と言われる。ええ、大丈夫、多少話すくらいなら。
いくらなんでもリュシア嬢たちのように轟々と焚き上げるほど強火ではないと思うから。……たぶんだけど。
日曜の午前は、公爵家の皆様は銘々に過ごされるらしいので、今のうちにサクッと宿のことを片付けてこよう。閣下への言伝を頼んで邸を出る。
公爵邸から少し歩くとすぐに城下の中心部だ。使っていた宿はもっと郊外、森や山――国境に近い。
のんびりと街道を歩いて宿場町へ着くと、さっさとチェックアウトを済ませた。
新しくはないけれど掃除は行き届いていていい宿だった。機会があればまたお世話になろう。
宿を出て歩いていると、「ミリィさん!!」と声をかけられた。
「こんにちは女将さん。先日はご迷惑をおかけしました」
飲み比べで大男たちを沈めた舞台、牧場亭の女将さんだった。
「いえいえ良いのよ。お礼がしたくて宿に行ったんだけど、昨日は帰って来なかったって聞いて。会えて良かったわ!」
「お礼なんてとんでもないです。ギルドマスターにもお願いしてありますし、きっちり売上、回収してくださいね」
「ツケを何度か踏み倒されてたから、この前のは本当に助かったんだ。ありがとう。
……次のとこへ行くのかい?」
「はい。城下町へ移ります。またこちらに来たら、寄らせていただきますね。ハンバーグも食べてみたいので」
「ああ、ぜひ来ておくれ。たっぷりサービスするよ」
「ありがとうございます!ではまた!」
うううハンバーグうううう
「馬酔木で食べたじゃない……」
まきばのハンバーグううう
「次に来たら食べましょう」
うううううおにくうううう
ちなみにこの精霊、昨日はポークリエットを食べている。
「よく食べるわね。……やっぱり、食べないとエネルギーを賄えない?」
かんけいなーい
「あら、関係ないの?」
たべるのおいしー!!
「……ふふ、そう。じゃあ、一緒にたくさん食べましょう」
わーい
ちぎったり取り分けたりしなくても文句を言わず食べてくれる子で良かった。
――密かに、私と精霊で食事を争う静かな戦いが繰り広げられていることは、誰も知らない。
乗合馬車で城下町に戻り、改めて町を歩いて回る。昨日はメルシエ商会に行ってそのままヴァレーヌ公爵邸に連れて来られたから……あ。
「商会長への連絡、どうしよう……」
魔石への魔力補充など、色々と融通してもらっていることもあり、支店の視察担当としてもゆるく仕事をしているのだ。
この収入は私のお小遣い、小さな副業である。
「……一度リリス様に相談するか……」
商会長は接客に関しては鬼のように厳しい。トレーニングも地獄のしごきをする人なので、ほぼ確実に契約解除になりそうな気がする。
視界に入った公園のベンチに座る。イヤーカフで相手を呼び出すと、数回呼び出し音が鳴った後、相手が出た。
『やっほーミリィ、僕だよぉ』
「……先生。リリス様にかけたはずなんですが」
『ふふ、リリスは今お着替えタイム』
この真っ昼間にお着替え……そうですか。
「相変わらず仲睦まじくいらっしゃるようで何よりです」
『へへ。それより、どしたの?』




