20 お世話に、なります……
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「……はい、お二人は私の養い親でございます。現在も後見人となってくださり、セス姓を名乗ることをお許しいただいております」
事実をそのまま述べる。嘘を吐く理由もないからだ。面倒ではあるが、このケースは嘘がバレた時の方がさらに面倒くさい。
「まあ!では十人いらっしゃるお二人のお子様方ともご懇意で!?」
……うーん、食いつきがすごい。
「個性豊かな方々でいらっしゃいますので、相性はもちろんございますが……それなりには」
実際、お二人のお子様方はそれぞれ違う方向に突き抜けていらっしゃるので個性豊かなんて生ぬるいものではないのだ。……中には生まれながらに人ではない方もいる。
リュシア嬢の目の輝きが一段と鋭くなった。
「まあ!まあ!
では、世に伝えられている、若き日のリリス様がイオルム殿下に『愛を乞え!』と森の中で迫ったというお話は真実なのでしょうか!!?」
――真実だ。
この話は、もう耳にタコができるどころか、耳からイソギンチャクが生えてくるほど聞かされた。
何なら映写魔道具で再現映像を何百回と見せられてもいる。
『リリスの啖呵、本当にカッコよくってさぁ、今思い返しても惚れ惚れしちゃうんだぁ』
……そう恍惚とした顔で頬を染める、壮年の童顔垂れ目にどれだけ付き合わされたことか。
ちなみに、お二人の実子であるお子様方は、全員この話が始まると逃げる。つまり私と、私のようにお二人の世話になっていた養い子しか聞き手がいない。そして、養い子は現在、皆、独立している。
私が『里帰り』したくない一番の理由はこれである。
「真実だと聞いております……」
「まあ!まあ!まあ!!」
「落ち着きなさい、リュシア。
……本当に申し訳ない、ミリィ殿。リュシアは幼い頃から、かのお二人の恋物語の大ファンなんだ」
「そうですか……たまにフリークの方にお会いすることはありますが、リュシア様のように激しい熱を持っていらっしゃる方は珍しいですね。先生方が知ったらお喜びになる……」
「先生とお呼びになっていらっしゃるのね!!?」
ダメだこれは、リュシア嬢の声が大きすぎて、迷惑をかけているのが完全にこちらになっている。
「……ヴァレーヌ閣下、このままでは営業妨害となりますので場所を変えましょう」
「……そうだな、本当に申し訳ない。うちの邸に来ていただいても良いだろうか……」
魔石は、補充が終わった後にヴァレーヌ公爵邸へ届けてくださるという。
平身低頭な支店長に、こちらこそ騒がしくして申し訳ないと宰相閣下と二人で頭を下げ、商会を後にした。
馬車の中でもリュシア嬢は興奮冷めやらぬ様子で、あれやこれやと質問してくる。
「リュシア、落ち着きなさい。話は邸に帰ってからだ。母さんも一緒に聞きたがるだろう」
「ああ!そうですわね、お祖母様もお呼びしなくては!こうしてはいられないわ。
ミリィ様、申し訳ありませんが邸に連絡をいたしますので父とご歓談ください」
そう言うと、リュシア嬢は馬車に備え付けの通信魔道具を手に取った。
宰相閣下と顔を見合わせる。
「……昨日のみならず今日まで本当に申し訳ない、ミリィ殿。その、妻も母も、お二人のラブロマンスの大ファンなんだ」
「なるほど、リュシア様はその英才教育を受けてここまでお育ちになったのですね……」
リリスかっこよかったもんねー
精霊たちは深い意識で記憶の共有をしている。この子も当時のことをその場で見たかのように思い出せるのだろう。
「リュシアの名も、リリス様の響きからいただいているんだ」
「そうでしたか。しかしリリス様は常に凛とした方でいらっしゃいますので、あまり騒がしいと注意されてしまうのです」
――視線を感じる。
視線の先をたどると、リュシア嬢が目を見開いて私を凝視していた。
……これで静かになってくれれば良いのだけれど、こと、リリス様に関してはそうではないことが多い。
「きゃあああリリス様に注意されたい!あの冷ややかな眼差しでお叱りを受けてみたいわ!!」
ああ、やはりこうなった……。
「ミリィ殿。昨日の胃薬は大変よく効いたのだが、あれはまだあるだろうか」
「ご安心ください閣下、大量にございます」
***
ここで、私の養い親である、お二人の話をしよう。
リリス=セスはウルフェルグ王国の筆頭公爵家であるセス家の長女として生まれた。
すらりとした長身で真っ直ぐな黒髪、切れ長な目に黄金の瞳を持ち、「可愛い」よりは「美しい」と称されることが多い。
そしてイオルム=ウルフェルグ。その姓の通り、ウルフェルグ王国の第二王子として生まれた。
青い髪に白金の瞳。成人してから顔がほとんど変わっていないとリリス様に言わしめる童顔垂れ目である。なお童顔に見合わず体格は良い。
そんな先生は、有り余る才能を幼い頃より遺憾無く発揮してきたが、人間性……主に倫理観の面において大きな欠陥があった。
幼いながらに妹姫を手に掛けようとしたことから、幽閉され死ぬまで魔力を搾取され続けることがほぼ確定となっていた。
この二人が出会い、お互いを「運命の相手」だと認めたことで、イオルム殿下は幽閉を免れ、また、育児放棄に近い状態だったリリス様も王子妃になるべく教育をうけられるようになった。
お互いの存在が、お互いを救ったのである。
その後すったもんだあって(この話は本当に長くなるのでこの場では割愛したい)めでたく二人は結婚。
そして、歪みきっていたセス家をお二人で粛清して女性が家督を継ぐという本来の在り方へと戻し、見事に復興した……というのがざっくりとしたあらまし。
――ちなみに割愛した部分こそが、リリイオフリークたちが最も盛り上がる箇所である。
申し訳ないが今の私にそこを語る気力はない。
今、私はヴァレーヌ公爵邸のティーサロンで。
三世代にわたるリリイオガチ勢に囲まれ、養い親の恋物語について根掘り葉掘りと質問されていた。
……熱量がすごすぎる。質問を通り越してこれは尋問である。
「お二人には本当に感謝しているの!お義母様と上手くやっていけるかとても不安だった私が、お二人の恋物語をきっかけに一気に打ち解けられたのだもの!」
「本当に。リリス様とイオルム殿下の物語は、世界中の女性を虜にしたのよ……」
「もう、またお母様もお祖母様もその話!今はミリィ様のお話を聞く時間でしょう!?」
どうやらこの邸には、祭壇――もとい『リリイオコレクションルーム』があるらしい。
……本気が突き抜けている。強火が過ぎて私が黒焦げになりそうだ。
「みんな、もう良い時間だ。ミリィ殿にも予定があるだろう」
当主である宰相――公爵閣下がサロンに入っていらした。
「ええ!?」
「まだまだお話を伺いたかったのに!」
「そうよ、お二人がお揃いの通信魔道具を作った時の話がまだ途中だわ!!」
……うん、そのエピソードでここまで盛り上がれるのは、ほんと、病気……。
「閣下、魔石の受け取りもしていただきありがとうございました。もうすぐ夜になりますので私はそろそろお暇させていただきます」
「嫌だミリィ様、まだ帰らないでぇ!」
リュシア嬢が目に涙を浮かべている。
「……そういえば、長く引き止めてしまったけれど、今日のミリィ様のご予定は大丈夫でしたの?」
公爵夫人が気遣わし気に聞いてくださる。
「ああはい、明日でも大丈夫です。宿屋を移るつもりで探す予定でしたので」
「宿屋を移る?なぜ?」
先代夫人が首をかしげた。
「はい。私は週明けより……王城周辺での勤務が決まりまして、通勤に便利な場所へ移ろうと思っていたのです」
「まあ、それならうちに泊まっていただけば良いじゃない!?」
「いいえ、さすがにそれは……」
「王城周辺にはあまり手頃な宿屋がないのよ。お風呂もないところが多いし」
「えっ!?」
お風呂が、ない。
おふろないってー
「あら、ミリィ様はお風呂がお好きなの?」
「……はい。今の宿でも、近くの公衆浴場に毎日のように通っています」
うう、お風呂がない。お風呂がないのはダメだ、心の汚れが洗えない。
こうなったら今の宿から通うことも……うーん、拘束時間はハーグレイヴ家よりも短いはずだけれど距離があるからなんとかしたい……転移魔法を使うか?
いや、お風呂に入りたいという私欲のために転移魔法を使うのは忍びない……先生も殿下も全く問題ないとは言ってくださるけれど……。
ぐぬぬ……とうなる私に、公爵閣下が仰った。
「ミリィ殿が良ければ、うちはどうだろうか。私が風呂好きでね、大きな湯船があるんだ」
大きな……湯船……?
反射的に顔を上げると、閣下とバッチリ目が合った。閣下がゆっくり、大きく、うなずいてみせる。
「蒸気浴も、ある」
……蒸気浴……?
じょうきよくってなにー?
蒸気浴は、熱した石に水をかけて蒸気を起こした小部屋に座ったり寝そべったりしてじっくり汗をかく入浴法である。
湯船に浸かるのとはまた違う、良い汗がかけるのだ……。
頭の中を光の速さでさまざまな思いがかけめぐる。
お風呂、湯船、通勤、惚気、消耗、湯気、尋問、女子会、疲弊、湯船、蒸気、湯船、湯船、湯船……。
「……お世話に、なります……」
やったあ!というリュシア嬢の無邪気な歓声が響き渡った――
本文中に出てくるセス家を粛清する物語、構想はあるのですがまだ投稿には至らず……気長にお待ちください、ええ、どうぞ気長に。




