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殿下の子飼いは無害なコリス  作者: アカツキユイ


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17 売られた喧嘩は高価買取

ブックマーク・評価・ご感想ありがとうございます!

 帰りがけに斡旋所に寄る。

 案の定、ハーグレイヴ伯爵家から契約延長の打診が来ていたらしい。

「最初に頼まれてた通り、断っておいたよ」

「ありがとうございます。次も決まっているので助かります。

 あ、家令に男女の関係を迫られたので、今後の求人は気をつけられた方が良いかと」

「ああ、それは良くないね……わかった。教えてくれて助かるよ」

「とんでもない。お世話になりました。また顔を出しますね」


 そう。いつまたお世話になるかわからないのだ。できる限り円満に別れる。これがとても大切なのである。



 公衆浴場に行ったら、今日は月に一度の変わり湯の日だった。

「薬湯だ!」

 二つある浴槽のうちのひとつが、薬草で茶色く染まっている。気もそぞろになりながら身体を洗い、そっと爪先から薬湯に入った。さすがに飛び込むのは危ない。濁っていて底が見えないからだ。


「……たまりません……」

 毛穴という毛穴から侵略してくる薬効成分、キマる……ああ、キマるって表現に引っかかるんでしたっけ、効く、そう、よく効いてます。


 きーもちーねぇ


 精霊が手元でぷこぷこと浮かんでいる。精霊にも薬湯は効くのか。

「本当ね。今日もいろいろありがとう」


 おやすいごようだぜぇ


 果実水は柑橘とハーブ。デトックスミックスと珍しく普段はかかっていない札がついていた。なるほど、変わり湯の日はそういう売り方らしい。

 入浴中は気にならなかったが、確かにいつもより女性が多い。いや、男性も多かった。


 ボトルにも果実水をいっぱいに注ぎ、公衆浴場を後にした。

「健康が一番」


 だねー



 その足で牧場亭へ。

 なんと、本日分のハンバーグが終わっていた。


 はんばーぐうううう


「残念……タンシチューはどう?ロールキャベツもあるけど」


 しちゅううううう


「わかった、タンシチューね」

 カルパッチョとタンシチュー、グラスのスパークリングをオーダーした。



 先に給仕されたカルパッチョを泡と一緒に味わっていると、

「姉ちゃん見ない顔だな」

 大きなジョッキを持ったガタイの良い男性たちに囲まれた。飲み比べが好きな奴らが多いから気をつけろ、このお店を紹介してくれた御婦人(グランマ)の忠告を今さら思い出す。

「はい。旅をしているもので」


「酒、飲めるんだろ。誰が最後まで潰れずに立ってられるか競争しようぜ」

「……今日はゆっくりと味わうつもりだったんですが」

「ここではじっくりとかゆっくりとかそういうのはナシ!飲むか死ぬかだ」


 それはアルコール中毒で死ぬということでは、と言いかけてこらえた。こらえた私を今はまず褒めよう。


「勝つとどうなるのでしょう?」

「何もねえよ!勝った、その栄誉だけだ」

「お断りします」

「……あ?」

「私が勝つメリットがありません。お断りします」


 カルパッチョの皿にフォークを伸ばす。と、その皿が取り上げられた。

「悔しかったら取ってみろ、チビ」

「…………」


 席から立ち上がると、背伸びして手を伸ばして必死に皿を取ろうと飛び跳ねてみせる。

 小柄な私が大男の頭上にある皿に手が届くはずがない――ことにしておこう。

 周囲から小馬鹿にしたような笑い声が響く。店内の他の客や、奥にいる女将は心配そうな顔だ。

 諦めたように手を下ろしながら、踵を全力で男の足の甲に落とす。


「!!っっ痛ぇ!!」

 男が身を屈めたところで、何事もなかったように皿を回収する。何切れか男の頭に落ちてしまったが、生臭さとともにくれてやろう。

 皿を手にして席に座ると、皿に残っていたカルパッチョをフォークでさらうようにまとめて口に運び、泡で流し込んだ。


「ってめ……」

「女将さん!」

 キッチンとホールの境でこちらの様子を見ていた牧場亭の女将を大声で呼ぶ。

「飲み比べ、私が勝ったら今日のお店の売上全額をこの男につけてください。それであれば――勝負、受けましょう?」


 足をさすりながら私をにらみつける男を、鼻で笑って見せる。

「私が負けたら、もちろん全額お支払いしますよ」



 こちらにやって来たのは恰幅のいい女将。目が明らかに私を心配している。

「……あんた、大丈夫かい?」

「それはお金の心配ですか?それとも私の身体の心配でしょうか」

「どっちもだよ」


「お金はご心配なく。ご不安でしたら前金でいくらかお渡しします。

 身体は――小さいですがお酒には強いのです。今まで負けたことはありませんので。

 それで、どうしますか?やるんですか?やらないんですか」


 男の拳が黒くなっている。そんなに強く握りしめたら血が通わなくなりそう。

「やってやろうじゃねえか!俺はジョン!巷で噂のA級秒読みってのは俺のことよ!」

「……ほう」

 このB級冒険者風情が、よく吠える。


 ふんぞり返って名乗りを上げる男の前に立つと、人差し指と中指で挟んだギルドカードをこれみよがしに提示する。

 男が目を見開き、女将が「まぁ」と口を手で押さえた。


「受けて立ちましょう。私、A級冒険者をしておりますミリィと申します。どうぞよろしく」

 艶消し加工がされたギルドカードの金縁が、照明を受けてキラリと光った。



 ***



 ――翌日。

「よく寝た!」

 スッキリとした良い目覚めである。


 飲み比べ?勝負になるわけないでしょう。

 ジョンとやらとそのお仲間たちを、質も値段も最高のお酒で沈めてやりましたよ。

 私はただ美味しく飲みたいだけなのに、水を差す輩に情けなど無用なのです。

「第一、冒険者のランクとお酒の強さは全く関係ない!」



 ギルドマスターのカイリさんには、くれぐれも彼らがツケを踏み倒すことのないようお願いしておいた。というか途中で呼び出した。

 カイリさんは、既に潰れかけている男たちを見て額に手をやり、『調子に乗りすぎているところがあったから、いい薬だな』と呟いていた。


 その後、積み重なった屍を横目に今後のことについて話し、タンシチューとバゲットを二人で平らげた。奢りなので一番いいスパークリングを開けさせてもらった。


 女将さんには感謝されたし、良いお酒を気持ち良く、しかもたくさん飲めたから、総じて見れば良い夜だったと言えよう。

 そして何より、良いお酒は残りにくい、というのが持論である。その持論は今この瞬間にも証明されている。


「酔いやすさと残りやすさも関係あるようで、関係ない!」

 あ、異論は認めます。私が強いのは体質によるところも大きいみたいなので。


 ミリィおはよー


「おはよう。昨日は楽しかったわね!」


 おみずみたいにおさけのんでた……


「ふふふ」


 シャワーで汗を流し、髪を洗う。

 たくさん飲んだ翌日は、特に寝癖がひどくなりがちなのである。



 受付で受け取った朝食を部屋で食べながら、今日の予定を頭の中で組み立てる。

 まず……すんなり帰してもらえる気がしない。

「ブロウスさんに正面から迎えに来てもらうか……それともなにかでっちあげで通報しようか……」


 ハムチーズサンドが美味しい。精霊にちぎってあげた分も、ちみちみと消えていく。

「約束の時間に現れなかったら、正面から迎えに来てもらうようにするか」

 最悪、邪魔者の意識を根こそぎ刈り取っても良いわけだし。

 こういう時、最後に物を言うのは力である。権力、財力、そして武力。


「でもまぁ、最終日くらいは、本来のお仕事をしたいものですね」



 そう、いろいろ心配していたのだが。

 実にスムーズに新人指導をし、あっさりとお暇できた。侍女長とお話しする時間も、わずかながら取れた。


「なんでだ……ああ!」

 そうか、ナメクジ男は蜂に刺されてそれどころではなかったか。果たしてどれくらい刺されたのか、お気の毒に。


 伯爵は端から私に興味がなかったし、夫人も家令が私に興味を示して面白くなかっただろう。

 さっさと追い出せて良かったという顔をしていた。


 お坊ちゃまは寂しそうだったが、『いつか素敵な紳士になったお坊ちゃまにお会いできる日を楽しみにしていますよ』と伝えたらピカピカの笑顔を返してくれた。



 そして、朝のお見送りの馬車が最後になったマルセラ嬢からは、昨日預けたカフリンクスを返されていた。


『……確かにお預かりいたしました。

 確認ですが、お嬢様が一番守られたいのは、サディア侍女長。……変わりはございませんか』

『ないわ』

『承知いたしました。お望みに叶うよう、最善を尽くします』


 私の言葉にうなずいたマルセラ嬢の、少し切なげな表情がありありと思い出せる。

 マルセラ嬢はこれからどう動くつもりだろうか。まあ、私の次の雇い主がヴァレーヌ公爵家か王城ならば、知る機会もあるだろう。


 ブロウスさんが出してくれた馬車から、夕暮れの街を眺める。

「さて、次はどこかなぁ」

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