16 その効き目に自信あり
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ハーグレイヴ伯爵家勤務も残り二日。
昨日少し派手に動いてしまったから、今日明日は目立たないように、新人への指導を中心に。
途中、ブロウスさんから連絡があった。王城への訪問は明日の夕方。紋章のない馬車をハーグレイヴ邸の裏手に寄越してくれるという。
引き留めがないように王城から斡旋所への連絡もお願いした。これでおそらく大丈夫だろう。
予想通り、ナメクジ男は必死になって私を探している。ああいう男は手に入らないとわかると躍起になるのだ。だからこその溶け込み。木を隠すなら森の中、人を隠すなら……その他大勢である。
はーー、気持ち悪い、気持ち悪すぎる、無理。
新しい使用人の中には王都の商会で働いていた子もいた。
例の新興商会について知っている話がないか聞いたところ、取扱品目に希少品が多く、給与は良いが、試用期間止まりで本採用になかなかならないらしい――そう教えてもらった。
なるほど、即戦力。育てる時間がないか、もしくは、育てるリスクが高いか。
「即戦力、ねぇ……」
明日の王城での話次第だけど、何足サンダルを履けるだろうか。
たまにやる掛け持ちトライアルもスリリングで悪くはない。……お風呂さえ保証されていればの話である。まあこれは後で考えれば良いか。
昼休憩を終えて廊下を歩いていると、執務室から家令と侍女長が出てくるのが見えた。鍵をかけて去っていく。
「……よっしゃ」
廊下の監視魔道具は全て違う中身になっていることを解析して確認している。つまり、入ってもバレない。
するりするりと執務室の前まで行き、ヘアピンを外し鍵穴へ。鍵はあっけないほどあっさりと開いた。中へ滑り込む。そして、内側からしっかりと鍵をかけた。
振り返ると、執務机には山積みになったまま決裁されていない書類。
「……伯爵は領地のことはほとんど関わってなさそう」
確かハーグレイヴ伯爵領は金剛石がここ数年産出されるようになったという噂もあったな、本当かどうかは知らないけど。この辺りの管理はどうなっているのか、うーん、残り二日では調べきれないから、ブロウスさんに投げた方が良いな。資料が集めやすいように『整理』はしておこうか。しばらく立ち入らなかったとしても、その『しばらく』の間に綺麗になっているとも思えないし。
「あと、伯爵、あんまり頭良くなさそうなんだよな……」
ミリィくちにでてるー
「ええ!?ごめん。頭悪そうって聞こえた?」
もっとちょっきゅうになってる―
いけないいけない。ツッコミがいてくれて良かった。
ぎゅっと唇に力を入れる。口に出さない、出さない。
携帯していた魔道具をいくつか仕込む。そして、天井についている監視魔道具は……
ボウル状の底の部分にだいたいスイッチがあるのだ。監視機能は動いていないはずだけど、急に取り外すことによって何か起動してもいけない。
スイッチを押すのに使えそうな長物は……ああ、近くの控室からホウキを持ってくるか……でも外に出たくないな。
「……いっそ、跳ぶ?」
助走距離さえなんとかなれば、あるいは。そんなことを考えながら天井を見上げていると、
すいっちおすよー?
精霊が髪から飛び出してきた。
「ほんと?助かるわ。お願い」
あと、またこえにでてたー
「あら本当だ。ツッコミ引き続きよろしく」
ほいきたー
精霊が天井に向かって飛んでいき、底のスイッチを押してくれる。
「……あ、どっちにしろ取り外すんだった」
私も疲れているんだろうか。今日はしっかり休む必要がありそうだ。
書類が積まれたテーブルを急いで壁際に寄せ、何箇所かきれいな場所を作りながらイスを乗せる。
よいしょと口にしながらテーブルに登る。
よいしょー
「そうよ、よいしょー」
イスの上に立つと、携帯していた工具で速やかに魔道具を天井から取り外した。
「……これ、精神を苛立たせる波長が出るようになってるの」
テーブルのそばにあぐらをかき、裏蓋のネジを外しながら呟く。
「ずっと浴びていると判断力が落ちるわ。おそらく、夫人とジャコブは波長の影響を受けない何かを着けてる。庭の犬や坊ちゃま、マルセラ様の具合が悪くなるのもこれが原因」
裏蓋を外して中を確認する。やっぱり。
「配線を差し替えてるだけだわ」
さしかえー?
「そう、波長を出す仕掛けはシンプルで、しかも親指くらいの大きさしかないから、魔道具の本来の機構の間に収まる……あとは動力源の魔石にコードを繋ぐだけ。単純なのよ」
ここで私がするのは、これに『本来の役割』を思い出してもらうこと。そしてもう一つ。
「この二日間で決定的なシーンがあれば良いんだけど、まあ最悪捜索の時に回収してもらいましょう」
ああ、『戻す』じゃなく『思い出す』なのか、って?
「そこはイオルム様の影響ね、魔道具ひとつひとつを、人格があるものとして見ていらっしゃるから」
ミリィまたひとりごとー
「ええ!?やだ、この前食べたスベリンゴの効果、まだ切れてないんじゃないの?」
ううん、ミリィはまえからだよー
「……気をつけるわ」
波長を出すパーツやその他は回収してポーチへ。これは証拠のひとつとしてブロウスさんに見せる。
そして持ち込んでいた別のパーツを仕込み配線をつなぎ直すと、裏蓋を閉じ、何事もなかったかのように天井に固定した。
イヤーカフに触れ、認識阻害の機能をオンにする。記録に私が映り込んでしまったら後々面倒だ。
認識阻害の効果は使う魔道具によって差がある。
人の目を誤魔化すためだけなら比較的安価だが、記録に残らないことも目的とした場合は大変お高くなる。
その上、購入時に厳しい審査がある。これを所持することの正当性を問われるのだ。犯罪に使われる危険性を考えたら、当然のこと。
天井に手を伸ばし魔道具のスイッチを入れると、魔石が小さく光った。執務机側から見ると死角になっているから、起動には気付かれないだろう。第一、この小さな変化に気付けるようなら、もうちょっと色々マシ……おっと。
だれかきたねぇ
「……そうね」
足音が近付いてくる。この部屋に入るのか、はたまた素通りか……。
認識阻害をかけているから問題はないのだが、念のため。入口のそばの壁に張り付き、息を潜める。
「髪の毛に入って」
うんしょうんしょと精霊が髪の中に潜り込む。
足音は入口の前で止まり、カチャリとドアノブを回す音がして……鍵がかかっていることを確認したのか、そのまま通り過ぎていった。
「……大丈夫だったみたいね」
そだねー
壁越しに人の気配がないかを確認しながら、音を立てないように鍵を開ける。
認識阻害はかけたまま。陰から誰が見ているかもわからないのだ。
そのままドアを開けてするりと廊下に出ると、ドアを締め、施錠の状態を復元する。
そして何事もなく廊下を通り過ぎ、角を曲がってすぐのリネンルームに飛び込んだのだった。
***
「昨日の話だけど」
マルセラ嬢をお迎えに行き、邸に帰る馬車の中で。静かにマルセラ嬢が切り出した。
「詳しく聞かせてもらえる?」
――やはり、かかったか。
内心ニンマリと笑いながら、涼しい顔をしてマルセラ嬢の表情を見つめる。
「かしこまりました。……昨日お伝えした通り、私は明日でハーグレイヴ伯爵家をお暇いたします」
カフリンクス型の記録魔道具をお嬢様の手に握らせる。
「こちらに、お嬢様がご存知のことを話していただけますか。明日の朝、学園までお送りする時にお預かりいたします」
こういった魔道具を初めてみるのだろう、魔石に触れたり、カフリンクスの部品を回したりして観察している。
「録音の際、魔石に魔力を注ぎ込んでください。魔力認証によって、マルセラ様のお話であることを証明いたします」
「……わかったわ。ねえ、ミリィ」
「はい」
「……私は、悪い娘かしら」
「そんなことはございません、と言って差し上げられたら良いのですけれど。残念ながら、あまり良いとは言えませんね」
「ふふっ、そうね」
小さく笑って、マルセラ嬢は窓の外に顔を向けた。
夕陽に照らされた横顔は、静かに、しかし確かに覚悟を決めていた。
ナメクジ男の陰湿な気配を察知しては回避してを繰り返し、今日の勤務を終える。
「……明日の挨拶が憂鬱だわ……」
通用門から外に出よう……とすると、敷地の向こうに気配を感じた。一度立ち止まり、門の陰から外を見る。フードをかぶって、木の陰に隠れているが丸わかりだ。
うええ……出待ちは勘弁して欲しい。第一、伯爵夫人が黙ってないんじゃないのか。
認識阻害をオンにして、素知らぬ顔で通用門をくぐる。
「お疲れ様でした」
「あ、お、お疲れ様でした」
うんうん、門衛さんが私を私として認識できない。これが認識阻害の本領である。
しかしこういう陰湿野郎は気付くのである。その特殊技能はもっと他で生かしたほうが良いと思うけど……こればかりは仕方ない。
敷地内で拾っておいた石を、家令が隠れている木の茂みに投げた。
茂みでガサガサと音がしてから一瞬遅れて家令が上を見る。その隙に、一気にその脇を走り抜けた。
私は本気を出すと過剰防衛になってしまうから、手加減が難しいんだよな……。
え、蜂の巣?狙ってない、狙ってないですよ。精霊がこっそり手助け?私は頼んでないですよ。
――背後から悲鳴が聞こえたような気もするけれど、きっと気のせいでしょう。
「ハチ毒でその陰湿さが解毒されたら平和なんですけどねえ」
今日はいい気分で湯船に浸かれそうだ。
「夜ご飯、牧場亭で良い?」
めだまやきのってるハンバーグたべたーい
「……カルパッチョに白もいいわね」
あわもすてきー
「あなた、飲めるの?」
ちみっとだけー




