15 おやすみなさい、良い夢を。
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キッチンで魚の包みを開く。うわぁ、身の輝きが眩しい。
むにむーに!
「わかってるわ、美味しく仕上げるから待っててね。私もムニエル久しぶりなの……」
ああ、ビールが呼んでいる。
手早く下味をつけて粉をまぶし、フライパンに油を引いて焼いていく。
誰かが買ったバターが自由に使えるようになっているのを昨日確認していた。ありがたい。バターの香りは実に罪深いのだ。
気のせいじゃない。やっぱりビールが呼んでいる。
ジュワァ……と魚が焼ける音に耳をすませていると、入口から声がかかった。
「ミリィ、全然見ないと思ってたら何やってんの」
「ネスタさん」
キッチンに入ってきたネスタさんが、フライパンの中を見てニヤリと笑う。
「美味そうじゃん。あたしも食べたい!」
「えええ……二切れしかなくて、一切れは精霊の分なんですよ……!?」
「一口だけ!」
「……一口だけですよ……」
出来上がったムニエルは一口では終わらず三分の一を持って行かれてしまった。
ああ、むにむに……。
「美味しかったー!ごちそうさま。美味しくて止まらなかったのごめーん!」
ネスタさんが顔の前で手を合わせる。申し訳なさそうな雰囲気は一切ない。
「でも良かった、最後に会えて」
最後。
「……そうですか、出ていかれるんですね」
「うん。ミリィが忠告してくれたでしょ。気付いたら手遅れってのは避けたくて。諸々ほとぼり冷めたら戻ってきたいとは思ってるけど、次の国が楽しかったらまた長居しちゃうだろうし。だからお別れ」
「ご丁寧にありがとうございます。きっと会えます、まあ、最終的には地獄あたりで」
「ハハッ、笑えない冗談ありがとう。できれば生きているうちにどこかでまた会いたいね」
「ええ、その時に今日のムニエルの分を返してください。食べ物の恨みは恐ろしいんですよ、化けて出ますよ」
「やだー、ミリィ本当に化けて出そう!わかった、次に会えたら約束ね!その時は、あんたの大好きな殿下の話、もっと聞かせて」
「……ええ。約束ですよ」
「それじゃあ、ムニエルごちそうさま!精霊ちゃんにもよろしく伝えといて!」
またねー
「またねーって言ってます」
「ありがと!ミリィのことよろしくね」
まかせとけー
ひらりひらりと手を振ってネスタさんは階段を上がっていった。おそらく明日の朝に発つのだろう。
「……ファクトリア、か」
今回の件、知っているのかどうなのか。次の動きはメルセオン王国の意向を確認した方が良さそうだ。
「飲む前に連絡しとくか……ムニエル冷めちゃうけど……ああ、ビール……」
***
ムニエルのフライパンを持って部屋に上がる。
精霊の分のムニエルと煮込みをお皿に取り分け、逆に自分の分は侵略されないようにしっかりと蓋をする。
「お待たせ。今日もありがとう」
むにむにー!ればー!!
ちみちみと消えていくムニエルを横目に、早速ブロウスさんへ通信を繋いだ。
「……というわけなんです」
一連の出来事を報告する。ハーグレイヴ伯爵家の内情についてはどこまで話すか悩んだが、この国のことなので伝えても支障ないだろうと割り切って全て話した。ナメクジ男のことも。
『それはとんだ災難だったな……』
「すみません返事に困る話で。ちょっとどうしても吐き出したくて」
『いや、気持ちはわかるから気にしないでくれ。
ところで次の話なんだが、一度城に来てもらえないだろうか』
「王城へ?」
『宰相閣下と、王太子殿下が君に興味を示している……というと言い方が悪いが、ミリィの腕を見込んで頼みたいことがあるそうだ』
「……なるほど、わかりました。いつお伺いするのが良いでしょうか。私は明日明後日の夜などでも構いません、そそくさと退勤する言い訳が立ちますので」
『なるほど、わかった。確認して明日早めに連絡しよう。迎えは出す』
「助かります。しかし王太子殿下のご婚約者は宰相閣下のお嬢様でしたよね?」
『そうだ』
「……まあわかりました。お会いする時にハーグレイヴ家に関する新しい情報も、あれば提供しますね」
『恩に着る。では明日、こちらから連絡する』
「承知しました。失礼します」
通信を切って、横を見ると、皿は既に空。そして精霊がころころと転がっていた。
むにむにさいこー
「良かったわね。レバーの煮込みはどうだった?」
ほるもんおいしー
「よし、私も食べよう。今日もありがとね。たっぷり休んで」
おやすみぃ
ふわふわとベッドに飛んでいった精霊が、枕元に丸めてある、お気に入りの手巾にぽとんと落ちたのを確認する。
「これで取られる心配はなし、と」
左手首の腕輪をクロスの上に置き、魔石を押す。こちらから送る、通信可能の合図だ。
あとは殿下のタイミングで返事がくる。それまでは晩酌!
フライパンの蓋をあけ、部屋備え付けのカップに瓶のビールを注ぐ。
「いただきます」
冷めてしまったムニエルを一口。ううう……美味しい……あったかいうちに食べたかった……。
続いて、少しぬるくなったビールを一口。あ、このクラフトビール美味しい。もう一口。
そして密かに楽しみにしていた鶏の煮込み!ハツ!!ハツは精霊にもくれてやらなかった、何故なら大好物だから。
……人を屠るくせに心臓が好きなのかって?好きだとも、それとこれとは話が別なのだ。
ハツを噛み締めていると腕輪と魔方陣が光った。殿下の準備が整ったようだ。
口の中のものをビールで流し込み、応答する。
「お疲れ様です殿下。ミリィです」
『……飲んでいるのか』
「相変わらず、声だけでわかるんですね」
『わずかに声が上ずるからな、あと口調も速くなる』
「ふふ、殿下は私のことをなんでもご存じですね」
『……全てではないが、誰よりも詳しい自信はあるな』
殿下にも、今日のことを報告する。
手首をつかまれた話で、魔力補充中の魔法陣の輝きが少し強くなったけれど、まあまあこれもいつものことだ。
『痕にはなっていないか』
「ご心配なく、御主人様。軟弱な男でしたので……陰湿でもありますけど」
『……ああ』
あ、御主人様って呼んだから少し機嫌が悪くなったな。相変わらず可愛らしい人だ。
「しかし次は王城の方で仕事を紹介していただけそうで安心しています。さすがに斡旋所も王城には勝てませんから」
『はは、そうだな』
「伯爵家で自白剤にたどり着けるかが怪しくなってきましたが、引き続き調査します」
『無理はするなよ』
「……その言葉、そのまま殿下にお返ししますよ」
殿下と通信すると、目の前のビールもアテも全てあってないものになってしまう。
「おやすみなさいませ、良い夢を」
静かに通信を終えた後、残りの煮物を泡の消えたぬるいビールとともに美味しくいただいた。
殿下が明日も心穏やかに過ごせるようにと願いながら。




