13 動き出したら止まれない
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*投稿の中で第10話が漏れていたため、11/3に割り込みで投稿しています。
お昼を召し上がるお坊ちゃまをダイニングに送り届け、廊下を歩いていると、夫人と家令であるジャコブが反対側から歩いてきた。
壁際に寄り、『ミリィ』の気配を消す。一使用人として黙って頭を下げる。
そのまま、二人は私を私として認識することなく通り過ぎた。
「……ただれてるわね」
頭を上げ、後ろ姿を見送る。
あのことおなじにおいだねー
「……同じ、匂いね」
ここまでくると、いっそ笑える。
***
邸の玄関でお嬢様をお迎えする。
馬車を降りた瞬間、マルセラ嬢の表情がわずかに歪んだ。――やはり。
「おかえりなさいませ、マルセラお嬢様」
静かに頭を下げ、そしてカバンを受け取る。
「……ええ、ただいま。お茶は」
「準備は整っております」
お嬢様――マルセラ嬢にお茶を出してから、かれこれ十分が経とうとしていた。
お茶を静かに口にして、そして黙ったままだ。
余計な口は挟まない。
私は、ただ待つ。
あれを出すのは最後の手段。
「……何から、話せば良いのかしら」
静かにマルセラ嬢の瞳を見つめる。
「お話しされたいと、思ったことから」
「お父様がリュシア=ヴァレーヌに取り入れと言ってきたのは、今年に入ってからよ」
好いてはいないようだとは思っていたが、敬称もつけないときたか。
「それまで仲良くされていたことは」
「ないわ。お高く止まって、好きじゃないのよ、あの女」
「それならなぜ、旦那様のご指示に従うのでしょう」
「……こんな家、ぶち壊してやりたいからよ」
――私は少し、このお嬢様を見誤っていたようだ。
思っていた以上に、幼く、拙く、生々しい。
言葉を発しなくなった私を、動揺したと思ったのだろうか。
マルセラ嬢はフン、と小さく鼻で笑った。
「……別に、リュシア=ヴァレーヌに恨みがあるわけじゃないわ。王太子殿下に懸想しているわけでもない。一番憎いのは、この家の大人たち。
――あんたなら気付いてるんじゃないの?弟の父親が誰か」
ああ、どいつもこいつも最低だ。
「……旦那様は、ご存知なのでしょうか」
「知ってるんじゃない?お父様も何人か愛人を飼っていらっしゃるようだから。お互い黙認よ」
「具体的に、家を壊すとはどういうことをなさるおつもりでしょう」
「徹底的に嫌われてやるのよ、リュシアにね。今あの子の婚約者である王太子が目にかけている伯爵令嬢がいるのよ。難癖つけてあれをいじめているの。リュシアも何も言って来ないからやりたい放題よ。誰も彼もむかつくから良い憂さ晴らし」
……先ほどの「どいつもこいつも」には、マルセラ嬢も含めよう。
私の中のモードが切り替わる。私の消費が少ない方にだ。
「そんなことをしては、マルセラ様のお立場にも差し障りが出るのでは」
「良いのよそれで。立場がなくなれば学園にはいられない。きっとこの家を放り出されるでしょうね。身売りして生き延びるか、野垂れ死ぬか……どちらでも良いのよ、もう。
お父様は弟が自分の子じゃないとわかっているから養子でもなんでも取ろうとするでしょうけど、果たしてうまくいくかしら?この家はジャコブとお母様が掌握してるのだから、父は病気か何かで蟄居させられてそのまま餓死、くらいが落とし所じゃない?」
スベリンゴを出すまでもなかった。言葉が乗りに乗っている。
「そうでしたか。お嬢様を心配してのことでしたが、差し出がましいことをしたようで申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げると、マルセラ嬢は訝しげな顔をした。
「……止めないの?」
「止める義理もございませんので。今日も含め残り三日、勤め上げれば私は御役御免でございます。その日までのご縁ですよ。だからマルセラお嬢様も私にお話しされたのでしょう?」
「そうだけど、もっとこう」
「実際にお嬢様は行動に移しておられる。それを取り消すことはできません。私にできることがあるとすれば、お嬢様のお心を少しでも穏やかにするか、事態をより酷く転がす……もしくは逆に小さく抑える……そのための助言をすることくらいでしょう」
そう、実際に行動を始めてしまえばもう止められない。全ては事実として残る。
マルセラ嬢はそれも覚悟の上か、はたまた、遊びの延長か……いずれにせよ、この家に明るい未来はないだろう。私が案じるのは、どうやらお坊ちゃまの行く末だけで良さそうだ。
もやもやしてるー
精霊が突然飛び出してきた。
「!?」
ちくちくがこうげきしてるー
「お嬢様、ひとつ気にかかっていたことがあるのですが」
「何よ」
「旦那様が肌身離さず持っていろと言っていたものを、見せていただけませんか」
「……なんで」
「私の野生の勘が、あまり良くないものだと言っています」
この家の大人たちに対して何かをする必要はない。
ただ、ペンダントの魔道具、あれだけは何かを明らかにしておくべきだ。私の推測が正しければ、おそらくは――
「別にいいけど、はい」
あっさりと首からペンダントを外し、こちらに手渡してくる。
手のひらに受け取った瞬間、わずかに刺激が走った。あえて大げさに反応して見せる。
「……っ!」
「ちょっと、大丈夫?」
「ありがとう存じます。大丈夫です。……お嬢様はこれを着けている時、何かご気分が悪くなったりすることはございませんか?」
「いいえ、あまり気にしたことはなかったわ。それは……久しぶりにお父様からいただいた物だったから」
「……なるほど」
親への情は捨てきれない、か。気持ちはわからなくもない。
「私の推測が正しければ、外すことによって少し心が穏やかになるのではないかと思うのです。触った時に刺激があったということは、精神面に何らかの影響を与えている可能性があります。
……このまま少し、お話を続けさせていただいても良いでしょうか」
「……ええ、構わないわ」
ワゴンにさり気なく用意していた板状の解析魔道具の上にペンダントトップを置く。淡く魔方陣が光り、解析が始まるのを確認すると、マルセラ嬢に向き直る。
「私の経験から申し上げますと、そう遠くない未来、マルセラ様の望む形になるかと存じます。しかし、破滅の形は考えた方が良い、というのが、それなりの数、様々な現場を見て参りました私からのアドバイスでございます」
「へえ」
「お嬢様が一矢報いてやりたいと一番思っていらっしゃる相手はどなたですか」
「……母、かしら。あとはジャコブね」
伯爵に対してはそこまででもないのか。まあ、その二人を挙げるに至る過程も色々とあったのだろう。
「逆に、この人には助かって欲しいという方はいらっしゃいますか」
「サディア。サディアには本当に世話になったわ。母よりも母らしく私に接してくれたから」
今度は即答だった。なるほど、侍女長か。
「お答えくださりありがとうございます。サディア侍女長は伯爵家全体のことをよく見ていらっしゃることが、ただの数日でもよくわかります」
「……ふふ、そうでしょう」
「今のお話を踏まえますと、お嬢様が取るべき選択は、侍女長にかかる火の粉をなるべく少なくする行動でしょう」
「なるほどね、具体的には?」
「先ほどお話にあった学園でのご令嬢いびりは、家に対してさほど大きな影響はないでしょう」
マルセラ嬢自身の評判を落とすという意味での影響は多大だけれども、本人は承知の上のようだから構わない。
「そして――お嬢様は逃げる準備をしましょう」
マルセラ嬢の動きが一瞬とまった。
「……逃げる?」
「はい。どうなっても構わないということを先ほど仰っていましたが……マルセラ様、あなたにもしものことがあればサディア様は悲しみます」
「……そうかしら」
「間違いなく悲しまれます。ですから、この家を捨てて生き延びることを第一に考えましょう。そのための準備です」
「……具体的にはどうすれば」
「この家を売るのです。
――更に詳しく言えば、この家の秘密を売って逃亡資金に換えましょう。旦那様の不穏な動き、奥様と家令の不義、そして弟君の出自……ネタはいくらでもあります」
「……そんなこと」
「生きるために、手段を選んではいられない場面はたくさんありますよ」
「……」
マルセラ嬢が唇を噛んだ。
「そして、軽々しく身売りなどと口にしない方がいい。お嬢様がその屈辱に耐えられると思えません」
そう、私ですら幼かったからそうと気付かなかっただけで。今あの時にもし戻るなら、関わった連中を全てこの手で始末しようと思うほどには。
……でもまあ、そのお陰で殿下に拾っていただけたのだと思えば。
今はもう、きれいに消えている隷属の焼印すら愛おしいのだけれど。
「……私がお力になれるのは、今日を含めて残り三日です。情報を売るアテはございますので、心が決まりましたらお知らせください。
あと、こちらのペンダントもお返ししますね。……マルセラお嬢様がどうお感じかはわかりませんが、外していらっしゃる時の方が穏やかにお話しできたように感じました」
解析が終わったペンダントをそっとマルセラ嬢の手のひらに乗せる。
「……」
お嬢様は黙ったまま。こちらに向けた視線には、わずかにすがるような感情が見えた。
にこりと微笑み返し、席を立つ。
「間もなく夕食の時間でございます。それまで少し、ごゆるりとなさってくださいませ」




