12 好きなものなら、いくらでも。
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11/3 第10話の公開が漏れていたため割り込みで投稿しています!そのため一話ずつずれています。申し訳ありません!
ハーグレイヴ伯爵家勤務、三日目。
行きがけに食料品店に寄って白身魚を買おう……と思ったら、まだ入っていないという。
ムニエルにしたいことを伝えて、ちょうど良いものを取り置いてくれるようにお願いした。余所者だからいい加減な物を用意されてしまうかもしれないけれど、ないものは選びようがないからどうしようもない。
店を出て気を取り直し、昨日夜に録音していたひとりごと――精霊もいたけど――を聞こうとイヤーカフを着けて再生する。
……
…………
………………
……なるほど、これは効果抜群だ。殿下のことしか話してない。恐るべしスベリンゴ。
そう、昨日使っていたのはスベリンゴを砂糖で甘く煮たコンポートである。
スパイスティーにも使ったリンゴによく合うスパイスを合わせた。
私の全てが殿下であることは、別に隠してもいないことだから全く恥ずかしさはないが、これをずっと聞く側の精神的ダメージは少なくないだろう。実際、精霊の相槌も途中からかなり適当になっていた。
これは戻ったら殿下にも食べていただこう、と決めて録音を消去する。
ちなみに精霊は終始、肝臓の生食がおいしいという話をしていた。レバニラ炒めは美味い。ペーストやパテも美味しい。でも、生は人間には無理……いや、なんらかの形で無毒化できれば食べられる……?ダメだ、やっぱり気乗りしない。ぴろぴろなんちゃらは御免である。
精霊の話は記録されていない。されていないが、本当にレバーの話しかしていなかったので記憶にしっかり残っている。つまり私の殿下の話もそういうことだ。
「……今日の帰り、魚を取りに行く時に、もしレバーがあったら買おうか」
やったー
そんな話をしている間に、ハーグレイヴ伯爵邸が見えてきた。
「そうだ、外にあるういんういん、だっけ?
いうやつ、あれって人間に影響するの?」
いぬー
「……犬?」
そういぬー
「いなかったわよね?」
ぐあいわるくなるー
「……なるほど。人に影響はないのね?」
たぶんー
「わかった、ありがとう。マルセラお嬢様の変化、見ててね。
そう、ムニエル、レバーよ」
おっけー!むにえる!ればー!
精霊のテンションが乗ってきてニンマリとしたところで、私は気を引き締める。
――いざ。
お嬢様の顔色は、昨日より多少良かった。
……私が良かったと思いたいだけかも知れないが。
今朝もお白湯を飲まれた後に身支度をし、静かに朝食を済ませ、そして、馬車に乗り込んだ。
ずっと窓の外を眺めていたお嬢様が、私をちらりと見遣る。
「……ミリィ、だったわよね」
「はい。ミリィでございます」
一瞬唇を引き結んだ後、お嬢様は静かに告げた。
「今日、帰ってきてからなら、話しても良いわ」
「……ありがとう存じます。美味しいお茶とお菓子を用意して、お帰りをお待ちしてます」
***
ぐおおーん!ぶわわわーん!だったのー
「ぐおおーん!はお嬢様から出たの?」
ちがーうペンダントー
「もやもやしてた?」
ぎざぎざ!とげとげ!かみついた!
「……噛みついた」
おんなのこのきもちがシクシク!
シクシク、か。
「本人は望んでいないということ?」
あいつかみつく!げんきでない!シクシク!
「……なるほど。私に対して何かもやもやトゲトゲは向かってた?」
なーい!!ミリィにはきてなかった!
「つまり、お嬢様にだけモヤモヤするの?」
ちがう!ミリィはガードかんぺき!!よせつけない!
「それはあなたがしてくれたの?」
ちょっとした!でもミリィはとくべつ!もやもやイヤイヤする!
「……私はプロテクトの魔道具を着けているから?」
それもある!でもミリィはどうぶつだから!
「私はヒトで、ヒトは動物だけど、そういうこと?」
ちがーうのー!!ミリィはどうぶつ!!
「……よくわからないけど、私は攻撃される心配はないってことで良いの?」
せいかーい
正解と言われても正解に辿り着いた気がまるでしない。
後で誰かに聞いてみよう……聞いてもわからないと思うけど。
邸に戻ると、庭の隅で丸くなる番犬たちの姿が目に入った。庭の中央には出たがらないようだ。
「ういんういん……」
感覚を研ぎ澄ませる。
――なるほど、私は耐性がついてしまっているから、さほど気にならなかったのか。
「……お嬢様の具合が悪い理由のひとつはこれかも」
伯爵は王城へお出かけになった後だった。
お嬢様のお部屋を整えるために廊下を歩いていると、背後から跳ねるような足音がした。
「おねえちゃーん」
「お坊ちゃま」
振り返り腰を落とすと、小さな身体が体当りしてきた。後ろに倒れ込みそうなところをぐっと堪える。
「あそぼー!」
「まあ、お稽古はどうなさったのですか?」
「……おけいこ、つまんない……」
「まあ。逃げていらしたのですか?」
「おなかいたいってさわいでかえってもらった」
……おおっと、これは常習だ。
「奥様はご一緒ではないのですか?」
「おかあさまはジャコブとおしごとだって」
ジャコブとは家令のことである。
「……なるほど。お庭に犬がいるのを見かけましたが、一緒に遊んだりはなさらないのですか?」
「……おそと、でたくない」
「なぜでしょう?良い天気だと思うのですが」
「あたまいたくなるの。いぬたちも、おにわいやがる」
ふむ。
「おうちの中で、お庭と同じように気分が悪くなるお部屋はございますか?」
「んー……たくさん……」
たくさん。
それはかなり穏やかではない。かなりだ。
「気分が悪くなる部屋と、ならない部屋。明確――はっきりと違いがわかりますか?」
「うん、わかる」
「では、一緒にお邸を探検しますので、その部屋を教えていただくことはできますか?」
「できるよ!やるやる!」
「ありがとうございます。ではその前に、私は奥様に注意されないように必要最低限の仕事を終えなければなりませんね」
「なにやるの……?」
「マルセラお嬢様のお部屋のベッドメイクとお掃除です」
「……ついていっても、いい?」
さて、どうしたものか。できれば部屋に何か仕掛けられていないか、しっかり調べようかと思っていたのだが。
そうだ。
「お嬢様のお部屋に行かれた時のご気分はいかがですか?」
「……ちょびっと?」
「一緒に入っても大丈夫なのですか?」
「……たぶんへいき」
「わかりました。では参りましょうか」
お坊ちゃまと手を繋ぎ廊下を歩く。
「午前のお稽古は何だったのですか?」
「……おじぎとか、ことばづかいとか」
「なるほど。午後にもお稽古はありますよね?」
「れきし!」
「歴史はお好きなのですね」
「うん、たのしい!」
「どんなところが楽しいですか?」
「わくわくする」
「なるほど、わくわくするのですね。では、マナーはわくわくしないからお好きではないのですか?」
「……そう」
「これから大きくなると、お嬢様のように学園に通ったり、大人の方とお話する機会も増えてまいります。
たとえば……好きなものを究めていくと、専門家の方とお話することもございます。想像してみてください」
「……ふふ」
「そういった方々は、多くが旦那様や、それ以上にお歳を重ねられている人生の先輩でいらっしゃいます。より専門的なことを教えていただける機会に、その場に応じた話し方ができないと……どうなると思いますか?」
「……うーん……」
「言葉遣いがなっていないことで『こいつはダメだ』とみなされてしまうこともあるのです」
「えっ」
「言葉遣いがおかしいことで、お坊ちゃまだけその場で仲間外れにされてしまう可能性もございます」
「……それは、いやだよ……」
お坊ちゃまが立ち止まった。繋いでいた手がピンと引かれ、私も立ち止まる。
しょんぼりとした幼い紳士に目線を合わせると、繋いでいる反対の手も使って、その小さな手を包みこんだ。
「チャンスは自らの手でものにしなければなりません。そのために必要なことはたくさんあります。そのひとつが、相手を不快にしないこと。……機嫌を取れということではございません。
世の中には礼儀やマナーというものがございます。そのマナーを覚えて実践できることがとても大切になります」
「……うん」
「少しずつ、覚えましょう。お外に出ると、誰も教えてくれなくなるのです」
「そうなの……?」
「はい。ですから、先生が一対一で教えてくれる機会は、とても大切なのですよ」
「……うん」
私は先生の奥方――並び立っていらっしゃるので『伴侶』というのが適切だと思っている――リリス=セス女公爵より基本的なマナーを徹底的に叩き込んでいただいた。その後シルヴァロンで使用人としてのマナーを学ぶ際に、基本が大変役に立った。
幼い頃から身につけておくことの大切さは、私自身が身を以て知っている。
「でも、せんせいはおこってばっかりなんだ……」
「なるほど。ではこう質問してみてください。
『これがマナーになった歴史を教えてください』と。お坊ちゃまの好きな『歴史』です。
マナーがマナーとなるまでにも、歴史があるのですよ」
「へえ……!」
「学ぼうとする意欲を見せることも大切です。お坊ちゃまが学んでいらっしゃる歴史とつながる部分も、きっとございます」
「うん、わかった!きいてみるね」
目をキラキラとさせるお坊ちゃまに、静かにうなずいてみせる。
――このまま、この家が平穏であり続けることはないだろう。
そう遠くない未来に、何かが起こる。……それを起こすのは私かもしれない。
これからの人生が少しでも明るいものであるように。自らの意思で明るく照らしていくために。
私は標となる星の存在を教えるしかできないのだ。
「お掃除が早く終わるように頑張りますから、応援していただけますか?」
「まかせて!」
ふぁいおー
「……?おねえちゃん、なにか言った?」
「いいえ、何も」
この後、大急ぎでお嬢様の部屋のお掃除とベッドメイクを片付け、二人でお邸を探検……しながら、お坊ちゃまが頭が痛くなるという場所を検めた。
今日は解析の魔道具も持っていて良かった。どう動くか、慎重に検討したほうが良さそうだ。




