11 ちゃぽちゃぽ、じゅるり
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11/3 第10話の公開が漏れていたため割り込みで投稿しています!そのため一話ずれています。申し訳ありません!
公衆浴場へ直行である。
今日は、一度帰る時間すら惜しい。
着替えを持ってこなかったのが悔やまれる。明日はちゃんと用意しておこう。
備え付けの石鹸で髪と身体を洗うと、湯船に飛び込んだ。今日は本当に飛び込んだ。誰もいなかったので。
「……はぁ……」
湯船に溶けながら思考のクロスを一気に広げる。
今日は時間の勝負だ。効率に魂を売りたくはないが、如何ともし難い時はある。
水面を見つめていると、湯気とともにぷっこりと光の粒が浮かびあがった。
いいゆだねぇー
「今日はありがとう。せっかく実況をお願いしたのに、出番がなくてごめんね」
かもろーおいしかったからおっけー
厨房でもらった鴨のロースト。切れ端だけで良いと言ったのだが、小さなスライスも二切れつけてくれたのだ。
ほんの少し物欲しそうな雰囲気をまとった甲斐があった。ありがたい。
「明日もお願いすると思う。夕食のメニューは明日確認するね。ちなみにお魚料理はどう?」
むにえる?がおいしいってきいたー
「ムニエル……ピンポイントで出るかな……」
むにーむにー
「お邸で出なかったら、どこかのお店で食べましょう、ムニエル。それ以前に明日が魚かもわからないし」
むにむにむにー
これはもう完全に語感で遊んでいる。
湯気の間をさまよいながらむにむに言っている精霊を指でつついて適当に遊びつつ、今日一日を振り返る。
「……ペンダント」
一番取り掛かりの良い手がかりはこれだろう。
マルセラ嬢のお世話をしている間は、ペンダントの働きと彼女の揺れに注視する。
魔道具……精神に干渉する魔道具なら、期間と強度によってはかなり危険だ。
明日の湯浴みの時間で解析にかけたい。ただ、見える範囲に置いてるから、工夫が必要。
次にあの公爵家の御令嬢……あ、そうか。これに関してはブロウスさんに聞けば良い。これはこの後にでも早速。
そして――マルセラ嬢。
時間がない中で少しずつ積み上げてきた信頼関係を壊さず、話をさせるにはどうするか。なるべくなら、口を無理に割らせたくはない。残り三日とはいえ、自然に話を引き出すには……
「ああ!」
良いものがあるじゃないか!しかしどう加工するか……手持ちの荷物の中でどうにかできるかも。
大きくこの三つだろう。伯爵家についても確認したいことはあるが、それは今じゃなくてもいい。ブロウスさんからなにか聞けるかもしれないし。
「よしっ!」
ざばん、と勢いよくお湯をまき散らしながら立ち上がる。今日も温まりすぎたか、一瞬ふらりと立ち眩みがした。
「おっとっと……」
ミリィきをつけてねー
精霊が肩にちょこりととまった。
「そうね、気をつけなくちゃ。ありがとう」
今日の果実水はベリー系だった。くそ、容器がないから持ち帰れない。時間を惜しまず一度帰るべきだったか。
悔しいので二回おかわりした。急にお腹がたぷたぷになって、なんだかおかしい。
耳に通信魔道具のイヤーカフをセットした状態で、公衆浴場を出る。
ブロウスさんに発信すると、すぐに応答があった。
「こんばんはブロウスさん、ミリィです。随分と遅いお時間までお仕事なさってるんですね」
『それは君もだろう、ミリィ。それで、何かあったか』
「お伺いしたいことがあります」
『手元に控える準備をする。少し待ってくれ』
街を歩きながらなので、目から入る情報に意識を奪われ内容を忘れてしまわないよう、先に内容の頭出しをしておく。
ちなみにこのイヤーカフも先生特製である。傍受対策も万全、通話中は会話が周りに聞こえないように周囲にノイズが発生するという特別仕様だ。
『待たせた。内容を頼む』
「ありがとうございます。お話したい内容は大きく二つ、ヴァレーヌ公爵家とハーグレイヴ伯爵家についてです」
『ヴァレーヌ公爵家?なぜ』
「ハーグレイヴ伯爵家の御息女が学園でそれなりに親しくしているようなのですが、唇の動きを読んでいたら他国の言語で独り言を言っていたので気にかかりました。おそらく海の向こう……ダジリス大陸の言葉ではないかと思います。公爵閣下はともかく、ご夫人があちらご出身の方なのではないかと思ったのです」
『ああ……ヴァレーヌ公爵閣下は宰相で私の直属の上司にあたる。閣下も夫人も出身はメルセオンだ。だが、閣下は留学先でセイランディア王国の国王陛下とご一緒だったこともあって懇意だな。過去には家族でセイランディアに旅行したことがあるとも聞いた』
セイランディア王国はダジリス大陸にある貿易国だ。
「なるほど」
『セイランディア王国出身の令嬢がひとり、我が国でメイラーン伯爵家の養子になっている。三ヶ月ほど前だ』
「まあ、それはなかなかホットなトピックで」
『確か王立学園に転入していたはずだ。公爵閣下の御息女……リュシア様との関わりはわからないが、知り合いであってもおかしくない』
「ちなみにリュシア=ヴァレーヌ様に御婚約者は」
『我が国の王太子殿下だ』
「なるほど……政略ですか」
『それを聞くか?』
「小さな情報ひとつでも、今は欲しいんです」
『……政略ではあるが、お二人は仲睦まじいと聞いている』
「ありがとうございます。何か新しい情報があれば、いつでも良いので教えてください。
次にハーグレイヴ伯爵家ですが、私の勘が正しければ、帳簿に不正がある可能性があります」
『……聞こう』
「現物は押さえていないので確定ではありません。しかし警備系魔道具の購入数と設置数が合いません。細かいところでちょろまかしているのではないかと感じました。家令の態度が大変悪かったので」
『ハハハ、根拠はそこか』
「あと、伯爵が御息女……マルセラ嬢に対して、リュシア=ヴァレーヌ様に取り入れと朝食の席で命じていました。今やっておかねば後々差し支える、と」
『……差し支える』
「はい、そこが気になりました。まあ短期雇用の私がいる場で、そんなことを口にしてしまうのも如何なものかとは思いましたが、今はおいておきましょう。
マルセラ嬢はリュシア嬢に対して良い印象は抱いていないように感じました。あと、伯爵から肌身離さず持つように、と、ペンダントを着けさせられています。おそらくあれは魔道具です」
『魔道具?何のために』
「マルセラ嬢か、それとも本人以外か……誰に対して作用するものかはまだ割り出せていません。明日隙を見て解析するつもりです。結果は共有したほうが……良いですよね?」
『頼む』
「わかりました。ああ、あと長子であるマルセラ嬢と、弟君であられるご長男に年の差があるように感じたのですが、二人とも母親は現夫人ですか?」
『ああ。死別や離縁はないはずだ。養子だという話も聞いたことはない』
「なるほど、ありがとうございます。こちらからはそんなところでしょうか……ああ、ファクトリアから何か問い合わせなどは」
『ない。過去一年遡ったが、特にそういった話はなかった』
「ありがとうございます。こちらも、何かわかれば共有してください」
『わかった。宰相閣下には共有してある。閣下もスベリンゴの自白剤については寝耳に水といった感じだった。ハーグレイヴ伯爵はここ半年で急に距離を詰めてきたらしい』
「……半年」
『おそらく娘同士の関係も把握していると思う。王太子の婚約者だからな。誰かしらついているだろう』
「確かにそうですね」
『君のことは「とある協力者」としか報告していない。……ああ、敵に回してはいけないとは言い添えてある』
「不穏な言葉を聞いた気がしますが」
『気のせいだろう。引き続きよろしく頼む』
「こちらこそお願いします。では」
通信を切り、一つ息をつく。
顔を上げると、食料品店がまだやっていた。飲み屋も多いから、長く開けているのかもしれない。
少し買い物をして戻ろう。
ミリィのおなかちゃぽちゃぽおとするよー?
「……果実水をたくさん飲んだの。恥ずかしいから言わないで」
ちゃぽちゃぽしあわせだよー
「それでも恥ずかしいのよ」
ちゃぽちゃぽー
「……もうっ」
砂糖と紅茶、牛乳を買い、宿に戻る。
受付で尋ねると、長期滞在者のためにミニキッチンがあり、宿泊者なら誰でも使えるという。
急いで部屋に戻ると、材料を持ってキッチンへ向かった。
なにつくるのー
「スパイスティー。久しぶりに飲みたくて。あともう一つは……秘密兵器」
ひみつへいき?
「後でひとつあげる」
紅茶を煮出す脇で『秘密兵器』を手早く仕込む。
弱火にかけると、程なくして甘い匂いが広がった。
じゅるり
「後でね」
弱火でコトコト。焦げ付かないように気を配りながら煮込む。あまり火を通しすぎると効き目が落ちる。あと三日、もし使わなければ一人でこっそり部屋で食べれば良いだろう。
「これ、一人で食べたら、ひとりごとが増えるのかしら……」
ミリィはひとりごとおおいよー
「そう?」
くちからもれてるー
「やだ!気をつけなきゃ」
熱々の出来上がりを消毒したビンに詰める。入り切らない分は精霊と私で分け合った。……ひとりごとが増えたか記録魔道具を回してみたから、明日にでも通勤がてら確認しよう。
キッチンが使えるから、明日はムニエルを作ることもできるだろう。食料品店は朝に魚を選んでそのまま奥に置いておいてもらえることを確認した。これなら鮮度を気にせず朝、買い物ができる。
殿下には手短に宿に戻ったことを報告し、支度を整えて床に就いた。
……今日も一日、よく働いた。
スパイスティーのお陰もあって、意識はすぐに眠りの世界に沈み込んでいった。




