10 ぎらぎらでずごごごー
11/3 この話の公開が漏れていたため割り込みで投稿しています!申し訳ありません!
馬車の中で殿下への報告文を作る。時間がないので端的に。今日は通話ができるかわからないことも書き添えておく。
送信し終えて外を見ると、学園の塀の脇を走っていた。まもなくだ。
少しずつ生徒が校舎から出て来ていた。
お嬢様が出て来た。一緒に別の御令嬢が数名……そのうち一名に侍っているように見える。
伯爵が『取り入れ』と言ったのは、おそらくこの御令嬢だろう。周りの話を聞いているようで聞いていないように見える……相手にしていないということか。
中心にいる御令嬢を観察する。唇の動きを見て話を読んでいると、相槌とは別に何かを独りごちた様子が見えた。
「……!あれは……」
その御令嬢は、この国の公爵家の紋章がついた馬車に乗り、取り巻きたちの見送りのもと出発した。
その後、マルセラお嬢様はこちらを見て私に気付く、気付く……ああ、そうか、気配を主張させていないから気付かないんだ。こちらから近付き、今朝馬車に同乗した時の気配を再現する。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
「あっ、ええ。お迎えありがとう」
今、何も目に映していないように見えた。お嬢様は私を認識するとほっとしたように表情を緩め、こちらにカバンを差し出した。両腕を差し伸べてこれを受け取る。
「それでは、帰りましょう」
「お嬢様、お手に触れてもよろしいですか」
車中。行き同様に黙り込んでいたお嬢様に静かに声をかける。
「……何」
「御心がここにないようにお見受けいたしました。触れられることでそこに意識が向きます。
現実から逃避することは悪いことではございませんが、理由にもよります。……お許し、いただけますか」
「……ええ」
向かい合い座っていた座面から降り、片膝をつく。そっとお嬢様の左手を取り、白い手首の内側に指先を添えた。
表情を確認しながら、意識を集中させる。
手早く脈を診ると、そのまま両手でお嬢様の左手を包み込んだ。
指先に伝わってきた鼓動は、まるでお心を表したかのように細かった。
「お嬢様は戦っていらっしゃるのですね」
「……戦う?」
「お邸でも学園でも、戦っていらっしゃる。……差し出がましいことをお聞きいたしますが、朝食の席で旦那様に『取り入れ』と言われていたのは、先ほどの公爵家の御令嬢でしょうか」
「……そうよ」
お嬢様が深く息をついた。
「リュシア=ヴァレーヌ様。ヴァレーヌ公爵は議会の議長をなさっているの。……気に入られて便宜を図ってもらえるようにしろ、とお父様にはずっと言われているわ。それこそ、子どもの頃から。でも最近になって急に頻繁に言うようになって」
お嬢様の手の甲をそっとさする。無意識に力んでいたのだろう、さすることによってその力が緩んだ。
「それはお辛いですね。リュシア=ヴァレーヌ様の反応はいかがでしょうか?」
「……あの人、私たちを見下しているのよ、公爵家だからって。どの家に生まれるかなんて選べないのに……たまに聞いたこともないようなよくわからない言葉も喋ってるし」
それだ。
先ほど見た、リュシア嬢の独り言。
あれはこの国の言葉ではなかった。唇をきつくすぼめるあの形は、確か海の向こうの……。
……調べる必要がありそうだ。
現在のお嬢様の沸点を確かめるために、ひとつ問いを投げかけてみる。
「マルセラお嬢様ご自身は、リュシア様と仲良くなさりたいですか?」
「……そんなこと聞いてどうするのよ。私たちは貴族、思ってもないことだってそれらしくしなきゃいけないことがあるのよ!?」
やはり怒りに触れてしまったか――これは想定内。そして、声に滲み出る疲労感。これもおおよそ、想定内。
ひとつ息を吐く。失望と受け取られないように、敵ではないという信用を得るために、細心の注意を払いながら。
「失礼いたしました。本音と建前。口になさることとは別に、秘めていらっしゃる本心があることは承知しております。
ただ、それを飲み込まずに表に出す場があるだけで、心はわずかながら軽くなるものなのです」
お嬢様の手を包み込む自分の手に、ほんの少し力を込める。そして、不安を隠せなくなったその眼差しを、真っ直ぐに見つめ返した。
「……少しでもお嬢様のお心を晴らせるように。
どうか、お手伝いさせてくださいませんか、マルセラお嬢様」
マルセラ嬢の手に力が入ったのを感じ、私は包みこんでいた自分の手を離し、座席に座る。
その後、邸に到着するまで、馬車の中では一切会話は交わされなかった。
邸に戻り、お部屋に向かうお嬢様の一歩半後ろを黙ってついて歩く。
揺さぶりはかけた。この後の彼女の動き次第――。
マルセラ嬢との距離をさらに二歩分確保すると、髪の中にいる可愛いお手伝いさんに小さく声をかけた。
「起きてるわよね?お願いがあるのだけれど」
小声でお願い事をすると、精霊が髪から顔を出す。
ろーびーだよぉ
「今晩は鴨のローストらしいの。それで手を打たない?」
すてきかもー!!
鴨も好きそうで良かった。ほっと息を吐く。
精霊たちは手伝いを頼んだらご褒美をあげる。これが良い関係を築くために重要だと先生に教わった。
勝手に精霊は寄ってくるし、手伝いたがるが、対価が欲しいからというわけではないらしい。
しかし、手伝ってもらった以上、お礼を返す。それが礼儀。
精霊を手に乗せ、お嬢様との距離を詰める。部屋のドアを開ける時に、さりげなく精霊をお嬢様の髪に潜り込ませた。
お召し替えが終わると、お嬢様はソファに腰を下ろした。
「お茶をお入れしましょうか」
「お願い。ミルクをたっぷり」
「かしこまりました。支度をしてすぐに戻ります」
お嬢様の髪からふわりと光の粒が飛び出した。私のスカートに引っ付いたのを確認して、一礼し部屋を出る。
「調べてくれてありがとう。どうだった?」
あのねーぎらぎらー
「ギラギラ?それはお嬢様のお心?それとも他の何か?」
ぺんだんとー
「……そう。ペンダントがギラギラするの?お嬢様の口からもやもやが出る時、ペンダントは?」
ずごごごー
ずごごごー……この子の擬音は独特で翻訳に工夫が必要だ。
「ずごごごーって、何かが出ている?」
すいこんでるー
「……吸い込む」
きらきらももやもやもずごごごーってする
「ありがとう。お嬢様とお話しする時に、実況できる?」
じっきょー?
「今ずごごごしてる、とか、お嬢様がもやもやだ!とか」
するするー
「助かるわ。よろしくね」
お茶のワゴンを押しながら部屋に戻る。
「失礼いたします」
ノックをして部屋に入ると、お嬢様は心ここに在らずといった感じだった。
壁際でお茶の支度をして、お嬢様の前に静かにお出しする。そしてすぐ、壁際に下がった。
心が整うのを、息を潜めて、待つ。
今日が無理でも、まだ三日ある。
この日は何もなく、お嬢様は静かに一人でお茶をなさった。
そしてそのまま夕食を終えて夜のお支度を整えられたところで、本日の暇をいただいたのだった。




