01 やればできる子、小リスのミリィ
――私の主は過保護である。
「メルセオン王国、ですか」
「ああ。正直行かせたくないのだが」
執務机に両肘をつき、右手で頬杖をつく主は、左手に持った紙をひらひらとさせながら少し不満げに目を細めている。
「何故でしょう?治安が悪いだとかそういう話は記憶にありませんが」
「水面下で動いているらしい。それを調べて来いと、……王妃が仰せだ」
「ああ、なるほど。王妃殿下が。……それでは仕方ありませんね。行って参ります」
私は幼い頃、瀕死の状態で戦場に倒れていたところを殿下に拾われた。
私を拾ったことをきっかけに世直しを決意された殿下が、足がかりを作るために奔走されている間、私はほぼ万能な養親、『先生』のところで、一人で生きていけるようにという殿下の願いのもと、実に様々な教育を受けた。
それらを余すことなく吸収し育った結果、大体のことはやればできる子になり、現在殿下の右腕として働いている。
ちなみに仕上がりを見た殿下は『一人前にしてやってくれとは頼んだが、これは違う』と言い、先生ともども一晩のお説教をくらった。解せない。
ああ、自己紹介がまだだった。私の名前はミリィ。
たまに後見人でもある養親の姓を名乗ることもあるけれど、基本的にはただの「ミリィ」。
我が主であるルイス=ソルヴィアン王兄殿下は、御主人様と呼ぶと何故か少し不機嫌になる、寡黙で可愛らしい人だ。
背が高く厳つい殿下に対し、私は小柄。熊もしくは大猿の殿下に対し小リスのようだとよく言われる。まあ拾われたばかりの頃は殿下の肩によく乗せてもらっていたので、あながち嘘ではない。
「具体的にはどんな感じなのでしょう。王妃殿下からお話を伺いますか」
「いや、やめておけ。何を聞いてもはぐらかされるだろう。あれは適当な理由をつけてお前を殺したいだけだからな」
「はあ、難儀な方ですねえ。邪魔だと思われるならご自身で手を下せばよろしいのに、まったく肝が小さい。
……そういえば、陛下のご様子は」
私の質問を受けて、殿下の眉間にシワが寄る。
「やはり思わしくない。早くあいつに診せたいが、あいつ曰く今ではないらしい。お前が薬を運んで、飲むところまで見届けてくれているから、まだ安心できる」
「先生がそう仰っているなら間違いないですね。……不在の間、陛下へのお薬をよろしくお願いいたします」
「わかった。お前もしっかり準備して行け。定時報告は一日五回。朝昼夕方、晩に就寝前だ」
「……多過ぎます、殿下」
***
ソルヴィアン王国からメルセオン王国までは三日かかる。街道を抜ける馬車の揺れとともに、車窓から見える景色がゆっくりと流れていく。
時間がない中でルイス殿下が揃えてくださった資料は数十ページ。徹夜作業だっただろう書記官の皆さんに心の中で頭を下げながらページをめくった。
メルセオン王国は比較的歴史の浅い国。近隣国の文化を取り入れつつ急速に発展している。
元々は別の王国だったが、およそ百年前にクーデターが起き、新しい王朝が興った。
今は議会制か……不正が起こるとしたら議員である貴族あたりだろう。商人もいるようだから、その線もある。
「しかしまぁ、相変わらずふんわりとしたご命令ですね」
子ども向けの謎解きゲームの方がまだ具体性がある。目立たない私をここまでとことん嫌ってくれる人は王妃殿下しかいない。
「いっそ清々しい。……さて」
根回しのない状態で放り出されてしまったからには、取り掛かりから自分でなんとかしなければならない。
出発から三日目。お昼前には着けるかと思っていたが、トラブルにより、馬車を降りた頃には陽が西に傾き始めていた。
これは動くのは明日からだなあ。まずは登録を急いで済ませよう。
「使用人の求人があれば良いけど、なければ冒険者……どっちも登録だけしておこうか」
「へえ、シルヴァロンの使用人養成学校出てるの。あそこの卒業生ならすぐ良いところ紹介できるよ」
使用人斡旋所で受付の男性に卒業証明のピンバッジを渡すと、読み取り機にかけながらこちらに人の良さそうな笑顔を向けてきた。
「ありがとうございます」
いま話に出たシルヴァロンの使用人養成学校とは、ユジヌ公国の観光地シルヴァロンにある、複数の国の貴族や商会が出資して作った大規模な養成機関だ。難ありの人間も見事に矯正されると評判で、入学は容易、しかし卒業認定のハードルがかなり高いことで知られている。
私はここの上級使用人学科の家令専攻コースを首席で卒業している。……他にもいくつかある専攻コースも、全て任意で履修した。だって、殿下のためにいつ何が必要になるかわからないもの。
成績はどれも秀。しかし、角が立ってはいけない、とピンバッジの記録は『任意履修済、実務可能』。これは先生が『世の中色々めんどくさいからねぇ』と言いながら書き換えてくれた。言うまでもないが、書き換えは犯罪である。
「おや、しかし家名のセス、は確か」
「はい。幼少の頃よりお世話になりまして、血縁はないですが名乗る許可をいただいております。後見人でもありますので必要であれば問い合わせていただいて構いません」
「いやいや、経歴も十分だ。そこまでしないよ。しかしこれだけ優秀だと辞める時に泣かれるだろう」
「あはは、まあ旅しながらその先々で働いてるので『またご縁があれば』なんてサラッと流してます」
「今ってそういう働き方が流行って来たね。羨ましい限りだ」
「えへへ。明日の午後にまた来ますね」
そう告げて使用人斡旋所を出た。
そのまま冒険者ギルドへ。
「登録、お願いします」
受付にギルドカードを出す。
「はいはーい、ちょっと待ってねー」
私からカードを受け取り、読み取り機にかけた受付の女性の顔が驚愕に染まる。声を上げそうな勢いだったので、人差し指を口の前に当てて「しっ」と微笑みかけた。
「サクッとこなせる手頃なものはありますか?」
採集依頼をひとつ。同時の受注も可能だと言われ、一通り張り出されていた依頼に目を通してギルドを出た。
街の雰囲気は、悪くない。出店も多く、活気もある。
「……そもそも王妃様が何を企んでるのか見つけてみろ、みたいな嫌がらせ任務の可能性もあるからなぁ……めんど」
ああ、さすがに最後まで口に出すと角が立つから心の中に留めよう。同じ女として王妃殿下のお気持ちは全く理解できないわけでもないが、あまり理解したくないというのが本音である。
夜の街はまた見るとして。今はまず。
「宿!」
シャワーブースではなくきちんとバスタブのある宿。大浴場があればなお良し。これも毎回調べてくれる書記官の方々に頭が下がる。
リストの中から立地や周辺のお店事情なども確認しつつ、狙った宿屋に入る。
残念ながら浴室付きの部屋に空きはなかった。しかし近くに公衆浴場があるという!
内心ガッツポーズしながらドミトリーを取った。どうせ、しても二、三泊なのだ。大風呂が約束されている以上個室を取る理由はない。
私に割り当てられたのは入口すぐのベッドだった。奥には二段ベッド。こちらは長期の連泊客なのだろう、荷物が全て広げられ、縄張り感がすごかった。
この部屋は私とこの主の二人だけのようだ。
外套を壁にかけて荷物を軽く整理する。
「お風呂!」
リュックを簡易金庫に入れると、着替えなど最低限の荷物を持って再び街へ出た。
お待たせしました。たくさんご感想をいただきましたシゴデキガール・ミリィの物語になります。
サクッと短編、読み切りスタイルで……と思っていたのに、いやいやとんでもない、結構な文字数になりました、なっています(現在進行形)
どうぞお楽しみいただけますと幸いです!




