駿作の決意と遥のパニック
佐伯の言葉に動揺した遥は、次の日、駿作の保護を拒絶する。
「片桐さん。もう、私に関わらないでください。あなたの『守る』は、私をもっと怖がらせているだけです」
駿作の顔から、一瞬で表情が消えた。彼にとって、遥の拒絶は「母親と同じ裏切り」を意味した。
「ほう。私の優しさが、あなたを怖がらせる?…分かった。やはり、純粋さも、恐怖も、ただの裏切りの予備軍だ」
彼はそう言うと、遥の肩を掴み、静かだが、有無を言わせぬ力で壁に押し付けた。遥はパニックに陥り、体が激しく震えだす。
「見てみろ。これが、男の力だ。あなたは、私に触れられただけで、こんなにも震える。あなたの恐怖は、私を支配し、私の憎しみを正当化する!」
駿作は遥の恐怖を、自身の女性不信を肯定するための道具にしようとしていた。
遥は、恐怖で呼吸ができない中、彼の目を見た。そこに、憎しみと冷たさの奥に、泣き出しそうなほどの孤独を見つけた。
遥は、震える手で、駿作の頬にそっと触れた。それは、彼女にとって、トラウマと恐怖の境界線を、自ら乗り越えようとする、命がけの行動だった。
「…ちがう。あなたは、私の恐怖を…利用しないで。私を…ただの臆病者で終わらせないで」
その触れられた瞬間、駿作の全身の力が抜け、遥の肩を掴んでいた手が静かに離れた。彼の顔に浮かんだのは、長年隠し続けた、少年のように傷ついた表情だった。
「私は…私は、どう愛していいのか、分からないんだ。誰も、私を裏切らない方法を、教えてくれなかった…」
彼は、初めて遥に、そして自分自身に、心の奥底の弱さを晒したのだった。




