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交差する傷  作者: 輝久実


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7/11

不器用な庇護

遥の男性恐怖症を知った後、駿作の行動は大きく変わった。

彼は、社長の不適切な経理処理が原因で税務調査の危機にあることを理由に、顧問料とは別に「緊急特別監査費用」を受け取り、集中的な税務調査対策として、今後数週間、経理部近くの会議室に常駐することにした。彼の存在は、会社全体にとって「危機を救うプロ」の象徴となった。

彼は会議室を占有し、遥を含む経理部の社員に対し、膨大な量の資料提出と厳格な時間管理を求めた。これは、遥の周囲に他の男性社員が群がる隙を与えないための、周到な計算だった。

遥は駿作の指示で、経理部フロアのすぐ隣にある空きスペースで、山のような資料整理をすることになった。そして、駿作自身は、常に空きスペースを見渡せる会議室の窓際で、社長への報告資料を作成していた。

彼の庇護は、完璧な業務上の論理で武装されていた。

ある日、藤井が、資料整理中の遥に業務外の食事に誘おうと声をかけてきた。


「川北、こんな時間に一人かよ。今度の土曜、飲みに…」


その瞬間、会議室のドアが静かに開き、駿作が顔だけを出し、藤井の名を呼んだ。


「藤井君。その経理の数字を扱う手を止めて、何をしていますか?今期特別損失が出たプロジェクトの試算表の作成が遅れていますよ。その遅延で発生するであろう会社の『潜在的な損失』は、君が責任を取れるのか」


藤井は、まるで幽霊でも見たかのように顔色を変えた。駿作は、遥には一切目を向けず、あくまで「会社の数字の番人」として、藤井の業務上の弱点を突き、彼を追い払った。

遥は、彼が自分を守ってくれていることに気づいていた。しかし、それは恐怖を乗り越える手助けではなく、「会社の利益と、私の支配下にある人間の保護」という、駿作特有の傲慢で歪んだ愛情表現に近かった。

遥は、この庇護が自分をより無力な存在にしていると感じ、堪らず彼のいる会議室へと向かった。


「片桐さん…ありがとうございます。でも、もう、私一人で大丈夫です。あなたの『守る』は…」


駿作は遥を冷たい目で見つめた。

「大丈夫?あなたは私の前で震えた。あなたの恐怖は、私には見える。それはまだ、終わっていない。いいか、川北さん。私は裏切る女が嫌いだ。そして、無力な人間も嫌いだ。私の庇護が必要な間は、私の指示に従え」


彼の言葉は、「あなたを裏切らない唯一の男」であろうとする、彼自身の孤独な決意を映していた。

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