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交差する傷  作者: 輝久実


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6/11

トラブルと協力

数日後。二人の間の空気が、微かに張り詰めたものから、「敵意の混じった共同作業」のようなものに変わり始めた頃。

経理部に、社長の甥であるという若い男性社員、藤井が、急な配属でやってきた。彼は態度が大きく、遥を「おとなしくて扱いに便利な女」

と見なしていた。

「おい、川北。この資料のコピー、急いでやれよ。お前、仕事遅いんだから、休憩なしでやれ」

遥は反射的に体を強張らせた。その指示は、単なる業務命令ではなく、威圧的な男性の圧を感じさせた。

さらに、ある日の夕方。遥が経理資料を運んでいると、藤井がわざと体をぶつけてきた。

「おっと、ごめんごめん。お前が隅っこを歩くのが悪い」

彼は悪びれもせず笑い、遥の腕を掴もうとした。その瞬間、遥の高校時代のトラウマがフラッシュバックした。彼女の視界が歪み、立っていることもできず、手に持っていた機密性の高い経理ファイルを床に落としてしまった。

藤井は舌打ちをして、散らばった資料を踏みつけようとした。

「おい、何やってんだ、この…」

その時、冷徹な声が響いた。

「そこまでだ、藤井君」

ドア枠に寄りかかっていたのは、駿作だった。彼の声は静かだが、誰もが従わざるを得ないような、絶対的な威圧感を放っていた。

「私の顧問先の機密書類を、素人が踏みつけるのは、業務妨害に当たりますよ」

藤井は怯んだ。

「な、なんだよ、片桐さん。これはただの…」

「ただの、ではありません」

駿作は藤井にゆっくりと近づき、彼の耳元に囁いた。

「私の仕事は、会社の数字を扱うことです。そして、会社の数字は、人間の行動の裏付けだ。藤井君。君の行動は、帳簿外の『不適切な経費』として、私がきっちり監査させてもらいますよ」

駿作は、数字を扱う専門家としての絶対的な強さで、藤井の心理的な弱点を突き、彼を追い払った。

遥は、まだ床に座り込んだまま、震えが止まらない。駿作は藤井を追い払った後、遥の方へは行かず、散らばった資料に目を向けた。

「あのファイルは、明日朝九時の監査に必要だ。持ち場を離れるな。私が処理する」

彼はそう言い残すと、散らばった資料を一枚一枚、素早く、そして丁寧に拾い集め始めた。その手つきは、彼の「仕事への真摯さ」を遥に再認識させた。

資料をすべて回収し終わった後、駿作は立ち上がり、遥に視線を向けた。

「川北遥。あなたは、男性恐怖症ですか」

遥は何も答えられなかった。ただ、涙が溢れてくるのを感じた。

「私は…」

駿作は、少しだけ沈黙した後、冷たい口調のまま続けた。

「私は、女性不信だ。そして、あなたは私と同じ、ただの臆病者だ。…誰かに怯えて、自分を閉ざしているだけだ」

「そんなこと…」

「嘘をつけ。その震えが、全てを物語っている。あなたは、過去に男に何かをされた。私は、過去に女に何かをされた。…私たちに必要なのは、愛ではない。裏切らないと証明してくれる、ただ一人の人間だ」

駿作はそう言い放ち、ファイルを抱えたまま、遥を残して立ち去った。

遥は、自分の最大の秘密を、この最も恐れていた男に、仕事上のミスという形で知られてしまったことに絶望した。だが同時に、彼の口から出た「裏切らないと証明してくれる、ただ一人の人間」という言葉が、孤独な彼女の心に、深く響いたのだった。

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