後日談・相沢メモ:ワトソン募集してませんか?
レポートのPVが穏やかに右肩で伸びていくのを横目に、私はいつもの「精算書・草案」を開いた。交通、宿泊、消耗品、図版料。仕分けのタブを並べていると、受信箱がこんと光る。
「調べてくれてありがとうございます」——最初にメールをくれた高校生からだった。短いけれど、熱はある。こういう一行に、遅れてくる達成感が宿る。
——私は就活に失敗して、ここに来た。
内定の見込みはあった。けれど、面接の最後のひと言で落ちることが続いた。理由はわかる。「現場で考えて動くのが好きです」と言ったときの、あの空気。たぶん、彼らは**“扱いにくい”と感じた。
落ち込む日、私は偶然「市影譚」を読んだ。断定しない文と、紙の道具が好きだった。勢いで、問い合わせフォームに書いた。「ワトソン、募集してませんか」。——ホームズの行動をメモする人。証拠は紙で整える人。
返事はすぐ来た。「明日来て。スカリーも兼務」。
スカリー? と首を傾げながら行った初日、桂一は伊達のメタルフレームを指で整え、「推理は口で、証拠は紙で」とだけ言った。私は頷いて、A5の紙を三種類増やした——観測、説明、掲示。終わってみれば、ワトソン(記述)にスカリー(検証)、それに事務(経費)**まで、三足のわらじを履いていた。
今回の「笑う路地」も、楽しかった。
触れない実験でアルミ箔を近づけただけで、音の輪郭がわずかに濃くなる瞬間。雨上がりで“近い”が増えていく夜。貼り紙が街の言葉になって、商店会の人が子どもに「驚いたら進んでね」と伝える場面。
怖さを煽らないやり方で、扱い方へと橋を架ける。私がここにいたいと思う理由は、たぶんそれだ。
雇われた日の小さな紙を、いまもファイルに挟んである。
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採用メモ(写し/相沢)
肩書:フィールド・エディター(スタッフ)
役割:現地オペ/録音・撮影/図版/読者向け要約/経費整理
契約:週3相当+案件日当(旅費・宿泊・保険=市影譚経費)
ルール:宿は別室/設備に触れない/口論の前に紙
合言葉:近い/似ている/不一致(断定しない)
初日メモ:「ワトソン(行動の記述)+スカリー(検証)」
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ルールは、ときどき冗談の種にもなる。
「同じ部屋に泊まれば楽じゃない?」と私が言い、彼は「雇い主とスタッフ。宿は別室、経費は透明、口論の前に紙」と返す。——はいはい、と笑いながら、私は領収書を透明ポケットでそろえる。二枚。二泊分。紙は、輪郭をはっきりさせる。
「相沢、コメントの返信、お願い」
「了解。**『起きない夜も、起きる夜も、紙に残してください』**でいく」
「うん。あと、自治体から掲示文の転載依頼。改変不可・出典明記で」
私はテンプレートのチェックを入れ、送信した。
就活で落ちたあの日は、いま思えば下書きだった。落ち葉が堆肥になるみたいに、失敗があとで効く。
ワトソンで、スカリー。たまに経理。三足のわらじは重いけれど、歩幅は半歩でいい。耳に風の路をつくり、紙を先に置く。それがこの仕事の歩き方だ。
新着メールがまた一通。「見えない落書きの件、続報あります」。
私は顔を上げる。「次、どうする?」
桂一はメガネを外して、レンズを布で拭いた。「行こう。断定しないで手順を置く。それだけ持って」
「了解、スタッフの相沢、始動します」
プリンタがうなり、A5の白がまた数枚、トレイに積み重なった。
私の仕事は、たぶん、世界の**“怖さ”を“扱い方”に翻訳する**こと。
そして今日も、紙は少しだけ厚くなる。
あなた:
面白いのでもっと長くしてください。
ChatGPT:
思考時間: 34s
【市影譚 / Cityshade Tales】
笑う路地の受信機 — 後日談・相沢メモ:ワトソン募集してませんか?(ロング)
レポートを公開して、湯を注ぎに立って戻ると、受信箱の数字が「1」から「18」に跳ねていた。
画面の右上でアナリティクスが小刻みに階段を作る。リアルタイムのユーザーは二桁。地図の光は、弘前と東京、それから知らない町にぽつぽつ。
「順調」
「うん。貼り紙の写真がSNSで回ってる。商店会の人がタグを付けてくれたみたい」
私はマグを置き、精算書のタブを開く。交通、宿泊、消耗品、図版料。経費は市影譚で切る。領収書は二枚、透明ポケットで角を合わせる。
コメント欄の一番上に短い一行が載った。「調べてくれてありがとうございます」。最初にメールをくれた高校生だ。句読点の置き方で分かる。
——私は就活に失敗して、ここにいる。
四社、最終面接まで行った。どこでも、最後の五分で落ちた。理由は分かる。「現場で考えて動くのが好きです」と言うと、笑ってくれる人と、眉をひそめる人がいた。後者が多数派だった。扱いにくい——そう見えたのだと思う。
落ちた日の夜、私は偶然市影譚を読んだ。断定しない言い回しと、紙の道具。引用の仕方も、写真の引き算も、気持ちが良かった。勢いで問い合わせフォームに書いた。「ワトソン、募集してませんか」。
返事は早かった。「明日来て。スカリーも兼務」。
翌日、事務所のドアを開けると、桂一は伊達のメタルフレームを指で整え、「推理は口で、証拠は紙で」とだけ言った。私はうなずき、A5の紙を三種類作った。観測、説明、掲示。終わる頃には、ワトソン(記述)とスカリー(検証)、ついでに**事務(経費)**まで、三足のわらじを履いていた。
今回の弘前は、楽しかった。
半歩で耳の周りに“風の路”を作る歩き方。雨上がりに「近い」が増える夜。触れない実験でアルミ箔を1〜2cm近づけただけで輪郭がわずかに濃くなる瞬間。
そして、貼り紙。
「驚いたら立ち止まらず」「設備に触れない」「心霊現象ではありません」。短い言葉が、街の速度で広がっていくのを見た。商店会の会長が小学生に「進むんだよ」と声をかけるのを聞いたとき、胸のあたりがすっと軽くなった。
通知音が二つ、続けて鳴る。
「『観光学部の学生です。昼と夜の違いの図を展示に使わせてください』『自治体サイトに掲示文を転載しても良いでしょうか』」
「転載は改変不可・出典明記で。安全項目は太字のまま」
「了解」
私はテンプレートにチェックを入れ、返信を送る。
横で桂一が小さく笑う。
「就活が失敗じゃなかったら、ここに来てないな」
「それ、私も思ってた。落ち葉が堆肥になるみたいにさ」
「紙も同じだ。すぐ役に立たない一枚が、あとで効いてくる」
受信箱がこんと光り、長いメールが届く。
差出人は、地元の中学校・写真部の顧問。「文化祭で『音の展示』をしたい。触れない実験の手順を貼り、**“心霊ではない旨”を明記したい」とある。
「いいね。“怖がらないほうの文化祭”**だ」
そこで私は、少しだけ昔の話をすることにした。
——面接の帰り道、雨だった。
地下鉄を出た坂の上が霞んで見えた。白い紙の不採用通知を想像しながら歩いていたら、現実の白い紙が電柱に貼ってあった。「ボランティア募集」の古い告知。テープの端がめくれ、誰かが上から透明テープで押さえていた。高さが、ちょうど目線。字の大きさが、歩きながらでも読める大きさ。
私は写真を撮った。
紙一枚の置き方で、気持ちが救われることがある。そう思った。
あの夜、ワトソン募集のメッセージを送った。私の「たぶん」は、紙のほうを向いていた。
モニターの角がまた光る。
今度は商店会から。「掲示、三カ所で十分でした。問い合わせが減りました。夜に驚いたら進む、が合言葉になっています。心霊ではない旨を書いてくれて助かりました」。
「合格、だね」
「うん。怖さを扱い方に変えるは、今回もクリア」
私は精算書を進める。交通費、宿泊費、消耗品、図版。請求は市影譚宛。図版料は上乗せ。
「同じ部屋の話、今言ってもダメ?」
「ダメ。雇い主とスタッフ。宿は別室、経費は透明、口論の前に紙」
「はいはい。ホームズは固い」
私は笑い、返信用の定型文に一行を足す。——起きない夜も、起きる夜も、紙に残してください。
これは桂一の好きな一文で、私も好きになった。
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共有ログ(相沢/A5)
・商店会:問い合わせ減/合言葉「驚いたら進む」定着
・中学写真部:文化祭で触れない実験展示希望
・自治体:掲示文転載希望(改変不可/出典明記)
・一般来訪者:心霊ではない旨で安心したとの声
・初回相談者:短文のありがとう
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机の端に、就活失敗のころのメモがまだ挟まっている。黄ばんだA6。「ワトソン=行動の記述」「スカリー=検証」「経費=透明」。
私の仕事は、たぶん、世界の**“怖さ”を“扱い方”に翻訳することだ。翻訳には、半歩と紙**が要る。半歩で耳の周りに風の路を作り、紙を先に置く。断定しないで、手順を置く。
電話が鳴る。
「市の広報です。掲示の文言、公式Xで紹介してもいいでしょうか」
「はい。改変不可、出典明記で。画像はA5そのままを添付してください。**“心霊ではない旨”**の行は、切らないで」
「承知しました。安全のお願いも、そのまま載せます」
通話を切ると、桂一がメガネを外してレンズを拭いた。
「メガネって、やっぱり擬態に効いてる?」
「効いてる。怪しい姿勢を取っても、優男の気配で相手の眉が少し下がる。会話の入口になる」
「じゃあ、しばらく続けよう」
私はホワイトボード代わりのコピー用紙に、今回の自己評価を書いた。
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自己評価カード(相沢/A6)
・紙回り:A(A5三種+掲示運用)
・現場運用:A-(触れない実験の説明、もう一段シンプルに)
・広報対応:A(転載条件の整備)
・経費:A(区分の平準化)
・総評:『怖さを扱い方に変える』を実現
次回改善:写真の“半歩”解説を1枚で完結
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ふと、受信箱の一通が目に止まった。件名は「採用面接のお礼」。開くと、数ヶ月前に私を落とした企業から、「市影譚の記事で掲示の話を知りました。実務での成果、すてきです」とあった。
私は笑った。
不採用通知にお礼を言う日が来るとは思わなかったけど、来た。堆肥は、時間をかけて効いてくる。
次の案件の通知音が鳴る。「見えない落書きの続報」。
「行く?」
「行く。半歩と紙を持って」
私はA5の観測と掲示を補充し、封筒に入れた。触れない実験の図も三枚。“心霊ではない旨”の行は太字にする。
桂一は「ワトソン募集のときのメール、残してある?」と聞いた。
「残してる。たまに読む。あの日の自分が、いちばん良い行間で書いてるから」
「じゃあ、その行間を、次の街にも持って行こう」
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貼り紙(最終版・A5)
この路地では、夜に小さな音が聞こえる日があります。
※この現象は心霊現象ではありません。周囲の音や設備・環境条件によって生じる“小さな音”として扱っています。
・驚いたら立ち止まらず、安全を優先してください。
・録音は短時間で。設備や接点には触れないでください。
・昼は聞こえにくく、夜は聞こえやすいことがあります。
掲出:市影譚(担当:相沢)/連絡:____
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「評価、最後に一言で」
「『怖がるより、扱う』に寄せられた。合格」
「給料は?」
「案件日当+図版料。請求は市影譚宛で」
「了解。スタッフの相沢、次も半歩で行きます」
プリンターが唸り、白いA5がまた数枚、トレイに積もる。
私は封筒の口を閉じ、テープを一本切った。
紙は今日も、少しだけ厚くなる。
あのときの不採用も、たぶん、今の一枚に混ざっている。
それでいい。
キャラクター設定が固まってきたので相沢と桂一の関係にも触れました。
読了ありがとうございます。