AIRPORT ONE SHOT : 『 METAL MAN PART 2 』
前回までの METAL MAN は――。
MITを卒業しながらも、羽田で整備士として働く牛嶋涼。
だが彼を待っていたのは、冷たい視線と嘲笑だった。
「昨日の作業記録、記入漏れがあったぞ。ほんとMIT出が聞いて呆れるよ!」
「……すみません。」
それでも牛嶋は黙々と手を動かし、胸の奥に秘めた計画を進めていた。
秘密のガレージでAI〈RYN〉と交わす言葉――。
『おかえりなさい。今日も帰りは遅かったですね。』
「ただいま、RYN。……さあ、続きを始めるか。」
組み上げられていく銀色のアーマースーツ。
最低評価とされた研究の果てに生まれた“コアアーク”が、今その心臓部として脈打ち始める。
「……完成だ。」
『最低評価の産物が、今やアーマースーツを動かす心臓部です。』
その時、警察無線が告げた緊急情報――。
『大井ふ頭で指定暴力団と中国マフィアの麻薬取引を確認。』
「……ようやく出番か。」
鋼鉄の外骨格が彼の体を覆い、青白い光が闇を切り裂く。
名もなき整備士は、ついに立ち上がるーー。
夜の大井ふ頭は、潮のにおいと油の匂いが混ざり合い、冷たい風が波止場を吹き抜けていた。巨大なコンテナが積み重なり、点々とした投光器の光が地面をまだらに照らしている。その間を黒いワゴンとトラックが並び、人影が密やかに動き回っていた。
「確認しろ、品物に間違いはないか。」
龍崎組の男が低い声で言う。
「問題ない。上海から直で持ってきた。」
中国マフィアの一人がケースを開け、白い粉の袋をちらりと見せた。
緊張感が漂う取引の空気。その上空を、金属の影がひっそりと移動していた。
コンテナの影に身を潜めた牛嶋涼は、アーマースーツのHUDを操作し、ズームで現場を観察する。
「人数は……龍崎組が八人、マフィア側が六人。武装もしてるな。」
『銃器の種類は小型拳銃と短機関銃のみです。』
RYNの冷静な声が耳に響く。
「なら、ちょうどいいや。」
龍崎組の男が頷き、分厚い封筒を差し出す。
「これで契約成立だな。」
マフィアの男がそれを受け取り、満足そうに笑った。
だが次の瞬間、足元の鉄板がわずかにきしみ、乾いた音を立てた。
「誰だ!?」
組員の一人が懐中電灯を向ける。光の束が闇を裂き、コンテナの影に潜む牛嶋の姿を捉える。銀色の装甲が光を反射し、胸の中央で青白く輝くコアアークが浮かび上がった。無機質なバイザーに映る懐中電灯の光は、まるで仮面の怪物の眼光のように不気味に揺らめく。
「な、なんだあれは!?」
牛嶋は一歩前に出て、低く響く声で告げた。
「……見たぞ。お前たちの取引を。」
「クソっ、お前は何者だ!」
組員の一人が叫ぶ。
牛嶋はわずかに間を置き、バイザーの奥で苦笑した。
「……あ、そういや、まだ名前考えてなかったな。」
『名前くらい考えてから来ればよかったのでは?』
RYNがくすっと笑うようにからかう。
「……じゃあ、アイアンマンは?」
『それは著作権に引っ掛かります。』
「だよな……。」
牛嶋は小さく息をつき、肩を竦めた。
そして一歩踏み出し、鋭く言い放った。
「もういいや。お前たち、ここできっちり終わらせてやる。」
『決めゼリフですか?』
RYNの皮肉混じりの突っ込みに、牛嶋は苦笑しながら拳を構えた。
次の瞬間、組員とマフィアが一斉に雄叫びを上げ、牛嶋に襲いかかってきた。最初に飛びかかってきたのは鉄パイプやバットを振り回す男たちだ。鈍器が風を切る音が響く。しかし牛嶋は一歩も退かない。
『右後方から三人、同時に来ます。』
RYNの警告に合わせて牛嶋は振り向きざまに肘を振り抜き、一人を薙ぎ倒す。すぐに脚部スラスターを短く噴射して横に跳び、迫ってきた二人をまとめて蹴り飛ばした。鋼鉄の音が骨を砕くように響き渡る。
さらに牛嶋は左腕のユニットを起動。青白い火花が散り、拳を握るたびに電流が走る。次に殴りつけた男は痙攣し、絶叫を上げて地面に崩れ落ちた。
リズムを刻むように彼の拳と脚が繰り出されるたび、敵がバッタバッタと倒れていく。電気ショックと打撃が交互に襲い、まるで雷鳴のような衝撃音が闇に響いた。
『前方二人、左の男はバット、右は素手。左を先に。』
RYNの指示に従い、牛嶋は左の男のバットを腕で受け止め、逆にひねり上げて地面に叩き伏せる。その瞬間、装甲の掌から電流が走り、男は白目を剥いて意識を失った。その勢いで右の男に正拳を叩き込み、電撃をまとった一撃は空気を焦がしながら敵を宙へ吹き飛ばした。
「ぐあっ!」と呻き声を上げた男がコンテナに激突し、動かなくなる。鉄パイプを振り下ろした別の男の腕を牛嶋は素早く掴み、捻じ曲げると同時に手甲から放たれたスパークが炸裂し、男は絶叫して地面に崩れた。拳を打ち込むタイミングは鼓動の四拍子と呼応し、電撃の閃光がリズムを刻むかのように瞬いた。
さらに二人が背後から組みつこうとした。
『背後から接近、回避を。』
RYNの声と同時に牛嶋は腰をひねり、肘鉄を突き込んで一人を吹き飛ばし、もう一人には後ろ蹴りを叩き込む。その瞬間、ブーツの底からスパークが走り、相手は悲鳴を上げて地面に転がった。
組長とマフィア側の幹部格が顔を見合わせ、舌打ちしながら身を翻した。混乱に乗じ、彼らはトラックの影へと逃げ込んだ。若頭も血相を変えて後退し、部下を盾にしながら退散した。
ついに銃声が混じり始め、閃光が視界を埋める。しかし牛嶋はスーツの腕部シールドを展開、火花を散らしながら突進した。鼓動が速まるにつれ、動きはさらに研ぎ澄まされていく。
波止場には息を呑むような静寂が広がった。
牛嶋は荒い息を整えながら辺りを見回し、低く呟いた。
「……片付いたな。」
『いかがですか? 初めての実戦の感想は。』
RYNが軽口を叩く。
「……想像以上にハードだったな。スーツがなきゃ確実に死んでた。」
『それでも顔は妙に楽しそうに見えますが?』
「気のせいだ。」
牛嶋は息を吐きながら、ヘルメットの奥で苦笑した。
ふと周囲を見渡すと、親玉の姿が見えないことに気付く。
「……ボスがいないぞ、どこへ?」
『恐らく、混乱に乗じて退避したと思われます。』
「……ちくしょう。」
牛嶋は唇を噛み、拳を強く握りしめた。
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その頃、若頭の運転する黒塗りの車の後部座席では、龍崎組の組長と中国マフィアの幹部が肩で息をしながら座っていた。まだ埠頭を抜け出せず、コンテナ群の間を縫うように車は全速で走り抜けていく。窓の外を流れる投光器の光と赤い警告灯が、彼らの険しい顔を断続的に照らしていた。
「くそ……あれは一体なんだ。」
組長が低く唸る。
マフィアの幹部は額の汗を拭いながら、震える声で答えた。
「あんなの見たこともねえ……。」
「もっと飛ばせ、早くここを抜けろ!」
若頭がハンドルを握る手に力を込め、アクセルを踏み込んだ。タイヤの悲鳴が埠頭に響き渡り、車は闇の中を必死に走り続けていた。
その瞬間――。
目の前に銀色の影が現れた。牛嶋だった。胸のコアアークが青白く輝き、闇を切り裂くように立ちはだかる。
「逃げられると思うなよ。」
牛嶋が低く言い放ち、右腕を大きく振り抜いた。鋼鉄の拳がボンネットに叩きつけられ、金属が激しい音を立ててへこむ。衝撃で車体は前方に跳ね上がるように横転し、地面を滑りながら火花を散らして止まった。
車体は煙を上げながら横倒しになった。ドアを蹴破り、組長と若頭、そしてマフィアの幹部が這い出てくる。組長と若頭は怒声を上げながら牛嶋に殴りかかったが、その動きはあまりに遅く、牛嶋は一蹴りで二人を容易く吹き飛ばした。
残ったマフィアの幹部は拳銃を抜き、必死に引き金を引いた。弾丸はスーツの装甲に弾かれ、火花を散らす。しかし弾倉が空になると、幹部は血相を変えて背を向け、逃げ出そうとした。
「逃がすか。」
牛嶋は低く呟き、拳を彼に向ける。HUDが赤いターゲットマーカーを表示し、標準を合わせる。次の瞬間、装甲のユニットから麻酔弾が発射され、幹部の首筋に命中した。幹部は呻き声を上げ、そのまま崩れ落ちて気絶した。
『見事な仕留め方です。……ですが少し派手な気がしますが。』
RYNの冗談交じりの声に、牛嶋は苦笑しながら拳を下ろした。
「どうとでも言え。」
牛嶋が反論するように言ったその時、遠くからパトカーのサイレンが幾重にも重なって響いてきた。赤い光が埠頭の奥で点滅し始めている。
「……まずいな。」
『近づいてきています。ここで捕まれば正体がバレますよ?』
「そんなわかりきったこと言うな。」
牛嶋は吐き捨てるように言いながらも、視線を夜空に向ける。
『飛行モードでの撤退を推奨します。今ならまだ間に合います。』
「わかってるよ。」
牛嶋は低く呟き、背中のスラスターを展開させた。青白い光が噴き出し、次の瞬間、轟音とともに彼の身体は空へと舞い上がった。夜空を駆け抜け、東京都内の上空へと飛翔していった。
牛嶋は胸の奥に込み上げる高揚感を抑えられなかった。
「夢みたいだ。」
眼下には東京タワーが夜景に浮かび上がり、ネオンと無数のヘッドライトが街を鮮やかに染めている。煌めく都市の光を背に、彼はさらに高く、さらに遠くへと飛んでいく。
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「そろそろ帰るか。」
牛嶋がそう呟いた瞬間、HUDに赤い警告が表示された。
『警告。メインスラスターのエネルギー残量、3%。』
「……は? 今かよ!」
牛嶋の声と同時に、スラスターの噴射音が弱まり、急速に高度が落ちていく。ビル群の明かりが迫り、風切り音が耳をつんざいた。
『安定飛行は不可能です。制御不能まであと数秒。』
重力に引きずられるように、牛嶋の身体は夜空から急降下していった。眼下に広がるのは無数の街灯と、光に照らされた広大な金属スクラップ場。
「うわー!」
次の瞬間、轟音と衝撃が夜を揺るがした。牛嶋はスクラップの山に叩きつけられ、金属片が雨のように降り注いだ。火花が散り、煙が立ち込める中、牛嶋はかろうじてスーツの中で意識を保っていた。
牛嶋はスーツの装甲に覆われた手を震わせながら、ゆっくりとヘルメットを外した。
『どうやら燃料計算が必要でしたね。』
「今さら言うなよ……はあ、最悪。」
牛嶋は苦笑混じりに吐き捨てた。
METAL MAN




